コロナ禍の今。「一人の時間」を確保するべき理由

©株式会社マイナビ

「一人でいるのが好き」と言うと、周囲から変な偏見の目で見られることがあります。

「あの人は、内向的で、人との交流もせずに、家にこもってゲームや読書ばかりしているのだろう」と。

もちろん、中には、そういうタイプの人間もいるでしょう。しかし、それは一部であって全部ではありません。

それでもまだプライベートで「一人が好き」と言うだけなら、誰に迷惑をかけているわけでもないので問題視されません。

しかし、仕事場などで「私は一人で仕事する方が向いてます」ということを表立って発言してしまうと、「あの人は協調性がない」「チームワークに向かない」などとレッテルを貼られることが多いです。

仲間外れなど職場いじめの対象にされたり、やりがいのある仕事を回してもらえないというデメリットが発生したりするかもしれません。

今回は「一人が好き」という志向性から、人間の外向・内向について考えてみましょう。

■「一人が好き」という言葉から生じる誤解

「一人でいることが好き」や「一人で仕事する方がはかどる」というものは、実際はその人の能力とは関係ありません。あくまで性格的な志向性の問題です。

また、「一人が好き」というのは、「誰かと一緒にいると苦痛」とは同義語ではありません。ましてや、「一人で仕事するのが好き」だからといって、仕事において他の誰とも交流をしないわけでもありません。

にも関わらず、どうしても「一人が好き」系の発言は、周囲から大きな誤解を受けやすいことは確かです。

人間は社会的な動物です。誰とも関わらず、単独で生きていけるものではありませんし、人との関わりの中で物理的にも心理的にも相互の恩恵を受けながら生きていくものです。

一人一人はひ弱な人間でも、力を結集すれば大きな物事を成し遂げられるということ自体は誰も否定しないでしょう。

しかし、学校でも職場でも、あまりに、この「チームワーク偏重主義」になりすぎると、いろいろと弊害が発生していくことになります。

■「外向的な人間」と「内向的な人間」

人間には、「外向的な人間」と「内向的な人間」がいるといわれます。

一般的に世間では、行動が活発で発言力もある「外向的な人間」の人口の方が圧倒的に 多いというイメージがありますが、実際そうではありません。

ビッグファイブ(※)などで診断をすると、外向的な人間の比率というのは全体の50%程度、多くても60%内に落ち着くといわれています。

つまり、内向的な人間も外向的な人間も、ほぼ半々程度存在するということです。

※ビッグファイブとは……アメリカの心理学者ルイス・R・ゴールドバーグが提唱した、個人の性格に関する学説。ビッグファイブによると、人の個性は「開放性」「誠実性」「外向性」「協調性」「精神不安定性」という5つの因子によって分類できるとされています。

◇未既婚男女の「外向性率」

僕は、ビッグファイブの診断形式にのっとり、「内向的か外向的か」について、未既婚男女で違いがあるかどうかを調査したことがあります(対象:一都三県の20~50代未既婚男女1,600名/2018年実施)。

その結果、それぞれの外向性率は以下のようになりました。

未婚男性:44%未婚女性:40%既婚男性:50%既婚女性:58%

未婚より既婚の方がわずかに高いのですが、それほど大きな違いはありません。

また、既婚女性に比べて、未婚女性の外向性率がかなり下のように見えますが、だからといって「内向性だと結婚できない」という因果はありません。

上記割合を2015年時点の国勢調査での配偶関係別人口と掛け合わせると、内向性で結婚している20~50代女性の数は875万人もいます。

つまり、内向性と結婚とはあまり関係はないのです。

◇アメリカ人の3分の1は「内向型」

ちなみに、この外向性と内向性の人口比率ですが、これは、何も日本人だけに限りません。

著書『内向型人間のすごい力』などを書いたスーザン・ケインによれば、社交的で自己主張が激しい外向型のイメージがあるアメリカ人であっても、実際にはその3分の1以上が内気でシャイな内向型人間なのだそうです。

アップルコンピューターをスティーブ・ジョブズと共に開発したスティーブ・ウォズニアックも、マイクロソフト社を起業したビル・ゲイツも内向型人間でした。

■人間は内向的・外向的行動を使い分けている

そして、極端な内向性人間もいなければ、極端な外向性人間もいません。大体、「どちらかといえば内向的」「どちらかといえば外向的」という位置付けになります。

例えば、友達と大勢でバーベキューをやるより、家で静かに本を読んで考えにふけるのが好きという女性がいたとしましょう。

そういう人は内向的ではあるといえますが、そんな彼女も365日ずっと家に引きこもっているわけではありません。仕事のために外出をし、時にはグループワークをすることもあるでしょう。

得意・不得意などがあるにしても、私たちは日常生活において、場面に応じて、無意識に内向的・外向的行動を使い分けているものです。

もし、「私は内向的人間なので、家の外には絶対に一歩も出られない」という人がいたとしたら、それは病院への受診が必要になるかもしれません。

つまり、内向的であるからといって、それが他人とのコミュニケーション力がないことを意味するわけではないし、ましてや、恋愛や結婚ができないということでもないのです。

また、「一人が好き」と言っている人が、必ずしも内向的ということでもありません。

■内向的な人が向いている仕事とは

もちろん仕事の内容によっては、外向的である人が向いているものもあります。営業職とかは口下手では困る場面もありますから。

しかし、仕事は外向的な人間だけが集まっていればうまくいくということはないのです。

それは、外向的なリーダーの下で、内向的な人間は手足として働くからという上下関係でもありません。そもそも、外向的な人間だけがリーダーとしてふさわしいわけではないからです。

歴史的なリーダーとして名高いガンジーは、自らを無口で内気な人間だと言っています。表舞台に立つことを嫌っていたにも関わらず、彼は結果的に民衆のリーダーとなっていきました。

物を考える仕事、例えば、哲学者などは内向的な人間の最たるものでしょう。進化論を唱えたダーウィンも、パーティーに行くより、森の中で思案することを好んだそうです。

現代的な職業でいえば、デザインを考えるグラフィックデザイナーなども内向的な人に向いています。

■コロナ禍で気付いた「一人の時間」の大切さ

内向的な人間は、決して孤独な人間などではありません。むしろ、前回の記事で書いたように、自己の内面と向き合うことで、自己の「一人十色」の可能性を拡充している人であるともいえるのです。

「一人が好き」ということは、言い方を変えれば「一人であっても不安にならない精神的自立」を得られている人であり、むしろ周りに誰かがいることでしか充足感を得られない人の方が、心理的に自立できていないということかもしれません。

コロナ禍において、ステイホームの掛け声と共に、在宅勤務・テレワークなどで終日自宅にいることで、結果として家族と一緒の時間が増えました。

それによって家族の絆が深まったというご家庭もあったでしょうが、逆に「いつも一緒」という物理的条件を突きつけられて、かえってストレスが高まった人もいます。

家族であったとしても、けんかすることもあるでしょう。24時間いつも一緒で、逃げ場がなくなると、それはそれで息が詰まるのです。

実は、テレワークだ、ステイホームだ、という行動をしたおかげで、それ以前の何気ない日常行動の価値が見えてきました。

誰とも一緒にいない時間と空間が、人間にとってどれだけ価値のあることかを個々人が再認識するきっかけになったのではないでしょうか。

電車での通勤時間に関しても、体力的にも効率的にも通勤時間がなくなった方が良いことのように思えますが、あの往復時間は誰もが束の間「一人になれる」貴重な時間だったとも言えます。

「一人は寂しい」とか「自分は完全に外向型人間だ」と思っている方も、意識して、一日何分かでも一人の時間を作ってみてはどうでしょうか。

「一人でいる時間」は、心のレジリエンス(回復力)になるかもしれません。

(文:荒川和久、イラスト:coccory)