変幻自在 老舗企業の挑戦 望洲楼 幕末に宿屋創業 料亭として発展 地震で「100畳の間」倒壊 高台の眺望と会席の味守る 接触少なくウィズコロナ最適

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明治初期のころに撮影された全景。東南海地震で丘の頂上の”100畳の間”の建物は倒壊した

 料亭の望洲楼(本社半田市)の創業は安政2年(1855年)。米軍司令長官ペリーが黒船で来航した2年後のことだ。4代目成田新左衛門(なるた・しんざえもん)が宿屋「中口屋」を開業したのが始まりという。”幕末の三筆”といわれた京都の書家である貫名海屋(ぬきな・かいおく)が宿泊の折に「望洲楼」と命名し、その名を使っている。地域の産業の盛衰はあるが、昔ながらの趣を残し、和の食文化を伝え続けている。