withコロナの企業のあり方・働き方 地方移転・移住による事業のリジェネレーション:第3回SB-Japanフォーラム

サステナブル・ブランド ジャパンは11月17日、「withコロナの企業のあり方・働き方 地方移転・移住による事業のリジェネレーション」をテーマに「第3回SB-Japanフォーラム」をリアルとオンラインで開催した。コロナ禍で多くの企業がリモートワークを中心とする新しい働き方に切り替わり、本社や機能の一部を地方へと移転させる企業もあるなど、ビジネスを取り巻く環境が大きく変わっている。フォーラムでは、コロナ以前に本社機能の一部を地方に移転していたYKK APと、「移住サラリーマン」や「複業家」として地方に根付いた働き方を実践する2氏の事例を通して、Regeneration(再生)をキーワードとするこれからの社会のあり方を考えた。セッションのナビゲーターは青木茂樹 サステナブル・ブランド国際会議 アカデミック・プロデューサー。(廣末智子)

岩渕公祐・YKK AP取締役 副社長 管理担当
磯田周佑・小豆島ヘルシーランド経営企画室 室長
中村龍太(複業家)・サイボウズ社長室長 コラボワークス代表 自営農家 IoT試験圃場長

YKK AP 、2拠点体制がコロナ禍で奏功

YKK APは東日本大震災をきっかけに2012年から東京・千代田区神田和泉町にある本社機能の富山県黒部市への一部移転をスタートさせた。黒部市はもともと同社の技術が集積した製造・開発の主要拠点であり、首都圏直下型地震の恐れのある東京が機能不全に陥った場合でも、常に企業を正常に機能させ、事業の持続的な成長が果たせるよう、BCP(事業継続計画)対策の観点から、リスクを分散させる意味合いで2拠点体制とすることとしたのだ。

YKKグループの国内従業員数は約1万7800人。このうち約45%に当たる8000人が富山県内におり、本社機能の一部移転に際しては、社員の住環境や街づくりの整備にも力を入れた。2015年1月に、黒部市に省エネで快適な集合住宅「パッシブタウン」を2025年までに250戸建設する予定で着工し、現在約半分が完成、社員はもちろん地域の人も居住する賑わい空間が創出されているという。

同社の岩渕公祐・取締役副社長(管理担当)は「黒部は技術の総本山であり、パッシブタウンには住宅メーカーや設計者の方々を招いて、その技術を社会に発信している。また自社製品の生活者としての検証の場にもなっており、商品開発にもつなげている」と、パッシブタウンの、社員の住環境として以上の企業価値についても言及した。

コロナ禍においても、本社機能の2拠点体制が功を奏している。黒部に社長を本部長とする対策本部を即時立ち上げたことで、感染が拡大する拠点での対策として、オフィスでは在宅勤務を原則とし、製造部門でも自家用車か社有車による通勤とするといった指示がスムーズに出せ、「黒部を中心に方針を発信することで、営業活動、生産が大きく滞ることなく、円滑に機能した」という。同副社長は「企業の継続にはやはり、社員力が最も重要。今後も常に危機感とスピード感を持って社員の安全を最優先に考え、在宅勤務、フリーアドレスや、フレックス制といった新しい働き方を提供していきたい」としめくくった。

移住サラリーマンであることに誇り

「移住サラリーマンであるっていうことに誇りを持っています。地方で生計を新しく作るのは難しい。東京で培ったノウハウで活躍の場所があるのは素晴らしいこと。サラリーマンの立場のまま地方に移住できるということも今後必要になってくるのでは」と話すのは、香川県の小豆島で、島の名産、オリーブの6次産業化を手がける小豆島ヘルシーランドで働く磯田周佑氏だ。

横浜市出身の磯田氏は大学卒業後、旧KDD(現在のKDDI)に入社。ロンドン勤務なども経て35歳を過ぎたころ、社会人大学院(MBA)に挑戦した。そこで今の会社の創業者に出会ったのをきっかけに2013年4月にKDDを退社、家族とともに小豆島へと移住した。農業の経験もオリーブについての知識もなかったが、現在は経営企画室室長として、古民家の再生など新しい事業づくりを担当している。業務としては、計画の立案やプレゼン用の資料づくり、資金調達の交渉など、東京にいたころとそれほど変わらないが「それが良かった」と噛みしめる。というのも、家族と共に移住する場合は特に、環境に馴染めるかどうかといった問題もあって一から生計をつくっていくことは難しいからだ。

もっとも同じデスクワークであっても、大企業とは違って、川上から川下まですべてを自分でやらねばならない。このため、〝移住サラリーマン〟としての7年半を、「仕事の幅も奥行きも広まったし、深まった。なんでもできるようになった。非常に成長したと思う」と振り返る。そもそも大学院で地域のデザインについて学び、「その日本の課題の先進エリアに行ってみよう」という思いもあって移住を選んだ磯田氏だが、前職では人間関係などに悩みメンタルに不調をきたした経緯もあった。今、島の生活を通じて、その原因の一つが見えてきたような気がするという。

「何より働くことの意味が変わりました。今は自分の仕事がうまくいけば、それがリアルに島の発展につながる実感がある。人口が激減している中で、Uターン、Iターンで若い人を呼ぶこともできるし、コンビニやスーパー、病院や学校を維持していくことができる。自分の頑張りが10年後、15年後の島の生活に直結していて、何のために仕事をしているのかということが非常にわかる。前はそれがなかったのかもしれない」

今年、賃貸住宅を出て、コンテナハウスを自分で建てた。離れは、民泊としての貸し出しも検討しているという。「移住に関して、こういう形がうまくいく、といったテンプレートはないと思う。目的や方向性がうっすらと見えたら着地してしっかり頑張っていけばいい。うまくいっているなという実感が持てたら、それが幸せになっていくのかな」。これから移住を考える人へ、言葉を送った。

自分らしい資産・資本のポートフォリオを

一方、〝復業家〟としてさまざまなメディアで紹介されるのは、千葉県印西市在住で、サイボウズ 社長室長の中村龍太氏だ。もともとはNECやマイクロソフトに勤めていたが、2013年、49歳の時にサイボウズとダンクソフト(東京・千代田)に同時に転職。その後、NKアグリ(和歌山・和歌山市)の提携社員の形で就農もした。さらに今年、コロナ禍でサイボウズの仕事がリモートワークとなったのを機に、自営農家としてIoTを駆使した農業を展開、同時に自身が代表を務める企業、コラボワークスを立ち上げた。まさに〝3足のわらじ〟を履く、独自の働き方のスタイルが〝複業家〟と呼ばれる所以だ。

毎朝7時半から隣の家の草刈り。9時からは自宅の一室でサイボウズのリモートワークが始まる。一息ついたところで近くの畑へ。ITで管理しながら栽培している野菜の世話をする。畑の中では、仲間たちとともに手づくりで建設中のビニールハウスのリモートオフィスが完成間近だ。緑豊かな自然の中で新しいアイデアが次々に湧いてくるという。

中村氏曰く、〝複〟業は、副業と違い、位置づけがすべて並列で、「自分らしい個性的な経験を積む」ことを目的とする。その結果、収入に限らず、スキルや信頼が得られる。また複業は「すべての価値創造活動を対象」とし、例えば介護や育児など、収入を得られなくとも「ありがとう」をもらえるものはすべて含めて定義しているという。このような複業は同氏に、農業の知識をもたらし、さらにIoTとの掛け合わせでスキルが高まり、人脈が広がった。モチベーションは向上し、収入も増えた。幸福度は高まり、貢献できる喜びも感じているが、なにより「将来のキャリアプランを豊かにする」ことができたのが大きいという。一方、企業にとっても、採用力の強化やオープンイノベーションの創造、生産性、マネジメント力の向上など、複業のメリットは多岐にわたる。

同氏は、マイクロソフトを辞め、複業に転じたばかりの2013年ごろと、複業に特化した2018年時点での自分自身を、金融資産・人的資本・社会資本の3つの観点から捉えたポートフォリオを図式化している。それを見ると、2013年時には金融資産が一番多く、人的資本、社会資本も含めてマイクロソフト以前に培ったもの一色だった。それが2018年には人的資本と社会資本が大きく増えたことが一目で分かる。

「人的資本、社会資本がたまると、その信頼やスキルに対して収入もついてくる。そこには時差があるので、まずはこっち(人的・社会資本)を貯めましょう、という経験を自分は今、しています。資産、資本は環境を変えるだけで増える側面もあるので、2拠点居住などを通じて、金融資産と人的資本、社会資本の3つのポートフォリオを上手に、自分らしく組んでいく時代でもあるのかなあと思う」

最後にこれからの企業のあり方として、何をやるかを先に決めない、例えばファンクションを決めて、そこにできる人をあてがうのではなく、企業としてのパーパスを考え抜いた先にある組織のニーズと、個人のニーズとを調和させることの重要性を指摘した。

青木プロデューサーは、「今、単にリモートワークへと切り替わったり、地方への移住が見直されているといったことではなく、資本主義の大きな転換点に差し掛かり、新しいビジネスをどうつくりあげ、デザインしていくのかが問われているのを強く感じた。これからは自然資本や地域との関係性、人的ネットワークなど、財務諸表には表れないもの、そして、何のために会社があり、働き手は何のために働くのかというパーパスを共有し合うことこそが大事だ」と語った。事例発表の後にはワークショップも行われた。

次回のSBJフォーラムは来年1月19日、「コロナ禍を通じてのパーパス深化と組織風土進化〜企業のあり方の Regeneration〜」をテーマに開催する。

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サステナブル・ブランド ジャパンの法人会員コミュニティ「SB-Jフォーラム」にご興味のある方は事務局までお問い合わせください。
SB-Japanフォーラム事務局(株式会社博展) 
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