新型コロナの影響で果物が食べられなくなる? ニュージーランド、日本人に人気のキウイも【世界から】

南島のクロムウェルという町は果物の産地として有名。町にはこんな巨大オブジェが© Avenue (CC BY-SA 3.0)

 南半球にあるニュージーランドはそろそろ夏を迎える。国産の果物が多く出回る季節だ。イチゴやモモ、アンズ、ネクタリン、ブルーベリー、プラム、サクランボと種類も豊富。ちなみに日本人になじみ深いキウイは3~5月ごろに収穫されるので少しずれていることになる。おやつ代わりに食べたり、大量に手に入った時はマフィンやパイに入れたり…。果物は人々の暮らしに彩を添えている。

 しかし、今夏は品薄で価格が上がることが懸念されている。意外に感じられるかもしれないが、これも新型コロナウイルスの影響だという。ニュージーランドの果物は、質の高さで定評があり、海外にも輸出されている。国内だけでなく、輸出収入へも大きな影を落とすことは必至というのが大方の見方だ。(ニュージーランド在住ジャーナリスト クローディアー真理=共同通信特約)

 ▽人手不足が深刻化

 ニュージーランド人はイチゴに目がない。クリスマスに楽しむお菓子「パブロバ」のトッピングにもイチゴは欠かせない。パブロバは、ニュージーランドで発案されたお菓子といわれる。タマゴの白身をふんわりと焼き上げたメレンゲのお菓子で、イチゴと泡立て生クリームを乗せる。この国の文化と旬の果物が見事にコラボした一品といえる。

 9月下旬、夏に旬を迎える果物の中で最も早く収穫時期を迎えるイチゴの栽培農家が悲鳴を上げた。労働者が大幅に不足しているので、せっかく実ったイチゴが収穫できないのだ。北島にある同国最大の都市オークランド南部でイチゴ農家「ペリー・ベリーズ」を経営するフランシー・ペリーさんは、ニュースサイト「スタッフ」の取材に「このままでは約250トンものイチゴが収穫されることなく、畑で腐ってしまうことになる」と切羽詰まった状況を説明した。日本の総務省が行っている「家計調査」によると、イチゴの年間購入数量は1人当たり767グラム。なんと、約32万6千人分が廃棄される恐れがあることになる。

 フランシーさんいわく、イチゴの収穫は経験豊富な労働力が必要なのだ。フランシーさんの農場では、ニュージーランド人のほか「ワーキングホリデーメーカー(WHM)」や「リコグナイズド・シーズナル・エンプロイヤー(RSE)プログラム」を通して入ってくる季節労働者に任せている。RSE季節労働者は、太平洋地区にあるサモアやバヌアツ、ソロモン諸島などから出稼ぎにくる人たちだ。

 国内の園芸業者をまとめる代表組織「ホーティカルチャーNZ」は2019年に、RSE季節労働者に対してアンケートを実施。これをまとめたものを7月末に「リコグナイズド・シーズナル・ワーカー・サーベイ2020年」として発表した。それによれば、全ての季節労働者の割合は次の通りとなっている。ニュージーランド人46%、WHM21%、RSE33%―。全季節労働者の半分以上がWHMとRSEだったわけだ。

 今、果樹農家はどこも深刻な人手不足に悩まされている。次々と収穫時期を迎える旬の果物は、どんどん収穫していかなければ追いつけない。自然は人間の都合に合わせてくれない。収穫を逃せば、腐って捨てるしかない。

収穫されないために地面に落ちてしまったリンゴ

 ▽重労働なのに低賃金

 国民の健康を守るため、海外旅行者が国境を超えてコロナを持ち込まないことを目的に、ニュージーランド政府は3月19日に「国境封鎖」を導入し、現在も維持している。基本的にニュージーランド国籍者・在住者以外は誰も入国できない。経済への影響を懸念する人々は最近、各地で定期的にデモをするようになった。サモア政府は10月中旬に、農作物の収穫作業を希望する人を含め、2000人の人材を送り込む準備が整ったことを明らかにしている。それでもニュージーランド政府は断固として国境を開こうとしない。

 コロナがもたらした不況が原因で失業している人は多いはずだから、国内で働き手が見つかるのではないかと考えがちだ。しかし、そううまくはいかない。収穫作業は重労働であるにもかかわらず賃金が安いからだ。先の調査報告書によれば、収穫を担当する場合、ニュージーランド人とWHMは初回が時給19・37NZドル(約1390円)でRSE季節労働者は19・96NZドル(約1430円)。国内最低賃金の18・90NZドル(約1350円)と、ほぼ同じだ。日本でいえば、いわゆる「3K」の仕事ともいえそうな職務内容なのに最低賃金に毛が生えた程度。これでは、やりたがる人がなかなか出ないのもうなずける。

 ▽季節労働者はダメ?

 業界から政府への働きかけも行われた。例えば10月中旬には、ペリーさんの「ペリー・ベリーズ」を含む14の大規模生産者が、経験を積んだ収穫者の不足が原因で、今夏は作物が収穫されることなく畑で腐ってしまう可能性があると、共同で「警告文」を発表している。そして、特別措置を講じてRSE季節労働者に入国を許すよう政府に嘆願している。入国後に義務付けられている14日間の隔離もきちんと行うと約束しており、政府が用意した施設がいっぱいなら、各生産者で用意するとも提案している。

 ここまで食い下がるのには理由がある。

 5月末には映画「アバター2」の撮影隊が、6月中旬にはヨットレース「アメリカズカップ」のクルーが、政府から特別許可を得て、海外から入国していたのだ。14の生産者は、こうした人たちが入国できるのに、重労働に従事しニュージーランド人の食卓に食べ物を届けてくれる人たちの入国が、なぜ許されないのか理解できないと憤る。「警告文」には「季節労働者は明らかに重要ではないのですね」といった、政府をやゆするような一文も見られた。

 政府は3月末から約1カ月間行われたロックダウンと国境封鎖が原因で、母国に帰り損ねたWHMが1万3000人、RSE季節労働者が6700人とどまっていることを確認している。引き続き季節労働者として働き、人手不足に一役買ってくれればという思惑もあるのだろう。それぞれについて、ビザの延長措置を取っている。

パブロバにはイチゴをはじめ、たくさんのベリー類をトッピングする© Kgbo (CC BY-SA 4.0)

 ▽求人情報を工夫

 業界側も人任せにはしていられないと必死だ。何とか作物収穫の仕事に就いてもらい、人手不足を解消しようと求人専門のウェブだけでなく、自社のホームページなど、ネット上のそこここに求人情報をちりばめている。

 例えば、T&Gによる「フレッシュワークス」。T&Gは高級生鮮食品の流通、販売、輸出を手がける老舗的存在の企業だ。ホームページで同社傘下の農場での仕事を紹介している。仕事に経験は必要ないとうたい、トレーニングを提供するという。

 また「ピック・ティキ」と呼ばれるオンライン・サービスもある。これは学生時代に果物の収穫作業のアルバイトを行った女性2人が開発したものだ。国内の学生と、主にリンゴとナシの生産者をマッチングしてくれる。双方が仕事についての希望や条件を明確に提示できるのが特徴。国内のリンゴと洋ナシの生産関連企業からなる会員制の組織「ニュージーランド・アップル・アンド・ペアーズ」のお墨付きだ。

 ▽将来にも暗い影

 ニュージーランドの大手銀行「オーストラリア・ニュージーランド銀行(ANZ)」で農業関連の投資研究などに携わる「アグリカルチュアー・エコノミスト(農業経済学者)」のスーザン・キルスビーさんは、今夏、作物を例年通り収穫できないことは将来に響くと警鐘を鳴らす。今まで高く評価されてきたニュージーランドの野菜や果物の評判が落ちる可能性があるというのだ。

 政府に「警告文」を提出した14の生産者も同じ意見だ。RSEの季節労働者が特別措置を受けられず、人手不足で作物が畑で腐ってしまった場合、その影響は1シーズンのみで終わるようなものではないだろうと予測する。そうなると、出回る野菜や果物の数や種類は減る。市民はまず価格が上がることを覚悟しなくてはならない。海外でも同様だろう。ことによっては輸出相手国の信頼を失い、市場からの撤退を余儀なくされるかもしれない。

 さて、まずはこのクリスマス、筆者の家庭のパブロバにはいくつのイチゴが乗せられるだろうか。

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