いじめ自殺の真相究明阻む「私立校の壁」 「常軌逸した」長崎・海星高を一時、県が追認した理由

By 石川 陽一

第三者委員会の報告書の写し(画像の一部をモザイク加工しています)

 2017年4月に長崎市の私立海星高2年の男子生徒=当時(16)=が自殺した問題は、第三者委員会の「いじめが自死の主たる要因」という認定を学校側が拒絶したまま、2年が過ぎた。教頭だった武川真一郎(たけかわ・しんいちろう)校長は当初、遺族に「突然死ということにしないか」などと偽装を提案。私立校を監督する長崎県学事振興課も「突然死までは許せる」と追認したことが発覚し、謝罪に追い込まれた。現在の同課は態度を改め、いじめを認めるよう説得を続ける。だが、私立校は独自性が尊重されることから、法的な拘束力のない「お願い」にとどまるのが現状だ。(共同通信=石川陽一)

 ▽学校側を全面擁護する当時の県学事振興課の参事

 生徒は17年4月20日、長崎市内の公園で自らの命を絶った。現場には「学校にいくたびにトラウマの如く頭痛がする」「友達と話す機会も減り、dis(ディス)られるのを恐れ、緊張する」などといじめを示唆する遺書が残されていた。遺族側によると、4月27日、武川氏が生徒の父親(53)に、マスコミ対策として「突然死ということにしないか」と持ち掛け、翌日も「転校したことにもできる」と提案した。

長崎市の私立海星高(画像の一部を加工してあります)

 5月4日には、加害者とされる同級生の実名入りでいじめ被害を訴える手記が見つかり、遺族は学校側への不信感を強めた。原因究明と再発防止を要請すると、弁護士ら有識者5人による第三者委員会が設置されて7月から始動したものの、クラスでの話し合いや全校保護者会での公表は「調査結果が出るまでは動けない」などと理由を付けて拒み続けた。

 「自殺を無かったことにするつもりなのでは」と危惧した遺族は18年1月31日、県学事振興課の当時の参事(現県立高校長)ら県職員2人と共に武川氏と面会。共同通信が入手した録音データでは、当時の参事は「突然死まではぎり許せるけど、転校というのは事実と反するので(武川氏は)言うべきではなかった」と発言した。

 その席で遺族は、学校側が一部の保護者にしか自殺を公表していないことも問題視したが、当時の参事は「全校保護者会を緊急でやる必要はなかった。亡くなった事実が広がっていないので」。

 19年4月が時効となっていた日本スポーツ振興センター(JSC)への死亡見舞金の申請を学校側が拒んでいたことに対しては「いじめが主原因と証明が無いと最終的には(見舞金が)出ない」「理屈で言えば、(時効の)2年が迫った段階ですれば良い」と説明。

 遺族が学校側に加害者とされる同級生への指導を求めると「第三者委の結果が出ないと個別の指導はやっぱり厳しい」「海星としては、いじめをなくそうという教育をやってきた意識がある」などと学校側の擁護に終始した。

 文部科学省のガイドラインは「学校が噓をつくと信頼を失いかねない」と明記。自殺を「事故死や転校などと伝えてはならない」と定める。同省の担当者も「『突然死』の肯定は、いじめ防止対策推進法の趣旨を理解していないと言わざるを得ない」と語った。

 生徒の母親(48)は「遺族の主張を全て打ち消し、ひたすら武川氏の肩ばかり持った。当時の参事は海星高の共犯者となって、隠蔽(いんぺい)を助長したと思っている」と話す。

自殺した私立海星高2年の男子生徒の命日を迎え、長崎県庁で記者会見する両親=4月20日

 ▽「帰宅後に亡くなったから学校の管轄外」と校長

 遺族の意向を無視した学校側を、誰もとがめないまま、月日は進んだ。そして、18年11月19日、第三者委の報告書がまとまった。生徒は一貫校の海星中3年時から同級生におなかの音をからかわれるなどのいじめを受け、海星高に内部進学後は教員による理不尽な指導もあったと認定。「いじめが自死の主たる要因であることは間違いない」と結論付けた。

 「学園が自主的に取り組むべき課題は数多く存在したが、調査は本委員会に任せるとし、再発防止策の検討などの取り組みを何ら行っていない」「本件が重大事態であるという認識が不十分で、大切な生徒を預かり、育てる自覚に欠ける」。学校の対応を批判する文章が並び、生徒へのいじめ教育や教職員のいじめに対する認識も不足していると指摘した。

 さらに、生徒が残した手記に加害者として実名を挙げた同級生への指導や、第三者委によるいじめ防止を訴えるメッセージの全校生徒への配布、今回の問題を検証した上で具体的な対策案を遺族に文書で示すことなどを学校側に求めた。

 報告書でやっと息子の死が報われ、良い学校になってくれる―。そんな両親の期待はあっさりと裏切られた。19年1月、学校側は報告書を拒絶することを通知。内部進学生の保護者を対象にした翌2月の説明会で、武川氏は「ある人のノートに名前が出てるだけで(同級生を)呼び出して、何を言うのか。人権侵害だ」「(生徒は)帰宅後に亡くなっているので、はっきり言うと学校の管轄外」などと主張した。

 文科省のガイドラインが望ましいとしている調査結果の公表も当初は拒み、報告書が完成してから約1年後の19年11月、ようやく学校のホームページに掲載。ただし、約1週間で削除された。「お知らせ②」との見出しで、クリックして初めて報告書と分かるようになっていた。第三者委のメンバー5人の実名を挙げた上で、「いじめの行為が特定されておらず、論理的飛躍がある」「報告書には問題があり、理解できない」と主張する見解文が添えられていた。

 学校側はその後、第三者委に報告書の根拠や裏付けとなった資料の開示を要求し、長崎簡易裁判所に調停を申し立てた。ヒアリングなどの調査で誰がどのような回答をしたかの特定につながりかねないため、第三者委はこれを拒否。調停は不成立に終わった。

 遺族は弁護士や県を通じて報告書の受け入れを求め続けているが、現在に至るまで学校側の態度は変わっていない。自殺原因についての見解も示されたことはない。

釈明の記者会見をする長崎県の大田圭総務部長=18日午後、長崎県庁

 ▽行政介入できず、でも億単位の助成金

 共同通信が11月17日に当時の参事の「突然死」追認発言を報じると、県は翌18日、釈明の会見を開いた。大田圭(おおた・けい)総務部長は「海星高の提案はマスコミから遺族を守るためだった」との見解を示した上で、発言自体は「不適切だった」と認めた。「ガイドラインは学校側が守るべきものであり、県は対象にならない」とも強調し、「自殺の公表を望む遺族の意向を把握していなかった」と説明。一方、遺族によると、両親は追認発言があった会合の約2カ月前にも当時の参事と面会。生徒の遺書や手記を示した上で「海星高の対応は納得できない」と訴えており、「意向を知らなかったはずはない」という。矛盾だらけの苦しい言い訳が続き、当時の参事の処分については「事実関係を確認した上で必要性を検討する」と述べるにとどめた。

 県は同日、遺族に陳謝したが、当時の参事は現れなかった。生徒の父親は「大田氏の主張を聞くと、問題の本質が理解できていないと思う。発言した本人に出てきてほしかったし、形だけの謝罪なら必要なかった」と切り捨てた。母親も「当時の参事が無罪放免なのは納得できない。法律やガイドラインもろくに知らず、いじめ自殺の偽装に加担するような人が県立高校の校長をやっているのは恐ろしい。通っている子供たちがかわいそう」と憤った。

 一方、19年4月に着任した県学事振興課の現在の男性参事は、定期的に海星高を訪問し、再三に渡って文書や口頭でいじめを認めるよう求めている。父親も「現参事は遺族の心情に寄り添ってくれている。最初からこの人が対応に当たってくれていれば、学校側はここまでひどい態度を取れなかったのではないか」と全幅の信頼を寄せる。

 ただ、私立校は公立校と比べて独自性が尊重されている。文科省のガイドラインは、子どもが自殺していじめが疑われる場合の調査主体を公立校は教育委員会と想定。私立校は学校法人としており、行政は介入できない。

 同省によると、いじめ防止対策推進法は、学校側が調査結果を受け入れない状況を想定していないという。同省の担当者は「法の理念に従わない私立校には地方自治体の担当課が指導するべきだが、強制力はない。言うことを聞かない場合は、当事者同士で解決してもらうしかない」と話す。

 海星高に対して行政は「お手上げ状態」となっている。が、同校は税金を財源とした助成を受けている。長崎県の公金支出情報公開システムによると、19年度は海星高を運営する学校法人海星学園に計約6億2千万円を県から交付。奨学金や就学支援金も含まれるが、このうち約4億6千万円は学校法人を対象とした補助金だ。県学事振興課によると、いじめ防止対策推進法には罰則規定がないため、違反してもこのお金をカットすることはできないという。

尾木直樹さん

 教育評論家の尾木直樹(おぎ・なおき)さんは「第三者委の報告書を受け入れない海星高の態度は常軌を逸している。調査結果の尊重は常識で、拒否するのは裁判の判決に従わないのと同じ。法治国家の日本で教育機関を名乗る資格はない」とばっさり。「いじめ防止対策推進法を改正し、違反時の罰則規定を設け、第三者委の結論に一定の効力を持たせるべきだ。行政の過度な介入は私立校の自主性を脅かす恐れもあるが、法の理念に外れた行為は見過ごせない」と訴えた。長崎県に対しては「解決に向けて、有識者による専門の対策チームを設置してはどうか」と提案した。

 ▽取材を終えて

 私立校への取材の難しさを感じた。海星高は今回の自殺問題で一度も記者会見を開いておらず、共同通信が11月4日付で送付した質問状にも回答していない。校内で情報を統制しているため、ほとんどの生徒や教職員は詳しく事情を知らず、幹部は逃げ回る。県に情報公開請求をしても、学校側が出した書類は全て黒塗りか開示拒否だった。

 記事を書けたのは、遺族が会話を克明に記録していたからだ。もし学校トラブルに見舞われている人がいたら、自衛のためにも録音を心掛けてほしい。

 海星高では、19年5月にも校内で別の男子生徒が自殺した。きっと内部にもこの学校はおかしいと感じている人はいるはずだ。心ある関係者は勇気を出して声を上げてほしい。表だって動けないのなら、告発でも良い。共同通信長崎支局はお電話をお待ちしています。全ては二度と犠牲者を出さないために。(終わり)

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第三者委「いじめ自殺」報告を拒絶する長崎・海星高 遺族に向き合わず、隠蔽体質示す会話記録の一部始終https://www.47news.jp/47reporters/5561926.html

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