走り続けているからこそ いつでも「自分に戻れる」場所を

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池田エライザ インタビュー

どんな時に自分の心が動くのか、大事にしたいと思うものは何なのか。大人になると、日々の忙しさや周りの声に流されることなく、自分の本音だけに向き合って物事を決めることは、難しいものです。

地域の「食」や「高校生」というテーマを連動させた、“青春映画制作プロジェクト”「ぼくらのレシピ図鑑」シリーズの第二弾として制作された『夏、至るころ』(2020年12月4日全国順次公開)。今作で初監督を努めた池田エライザさんは、生まれて初めて人生の岐路に立つ少年たちの悩み葛藤する姿を、福岡県田川市という雄大な自然の中で、繊細にたくましく描きました。

誰にでも訪れる、高校生活最後の夏という刹那的な瞬間。この時期を映画のテーマに選んだ理由として、「今一番声をかけてあげたい世代だった」と話す池田さん。自身が17歳の時は、立ち止まって自分に向き合う時間もないほど、すでに大人の社会の中で戦っていたそうです。自分でレールを敷き、走り続けてきた中で、池田さんはどうやって「自分自身」を失わずに進めたのでしょうか。その支えとなっている想い、そばにいてくれた映画について、お聞きしました。

前に進み続ける人生の中で、

生まれて初めて立ち止まる17歳という時

― 今作は、高校3年生の夏、生まれて初めて人生の岐路に立ち、揺れ動く少年たちの姿が描かれていました。そんな主人公たちを大きく包むような、福岡県田川市の自然、伝統的な和太鼓の音、そこで暮らす人々のあたたかい眼差しも印象的でした。実際に、田川市に行ってからシナリオを考えたのでしょうか?

池田: はい。お話をいただいて、まずシナリオを書くための取材として田川市に伺いました。田川市に住む、中学生・高校生と、そのご両親、20代の方など、いろいろな世代の方たちに十数名ずつ集まっていただいて、毎回1時間ずつ座談会をしたんです。

― どんなお話をされたんですか?

池田: 田川市の好きなところとか、住んでいてどんなことを楽しいと思ったり、悩んだりしているのか。そういう、地元の人たちの田川市に対する想いや言葉を聞いて、それをもとにシナリオを作っていきました。

― もともと、自分の中であたためていたアイデアやストーリーなどもあったのでしょうか。

池田: ありました! 映画を撮りたいというのは、いつの間にか自然と思うようになっていて。頭に思い浮かんだストーリーを、短編の小説やプロット(物語の要約)の状態に落とし込んで、メモ書きのように残しているものもたくさんありました。今でも、たくさん書き溜めています。でも今回の映画に関しては、そういう自分が温めてきたアイデアは、一度全部捨てようと思ったんです。

― それはなぜですか?

池田: 映画を観ることも大好きなので、こういう演出してみたいとか、ちょっと尖ったこともしてみたいとか、やりたいアイデアはいろいろあったんです。“いい感性してるじゃん”って思われたかったり(笑)。でも、今回のプロジェクトの依頼を受けて、田川市に行ってそこに暮らす方たちと直接お話したら、今回は自分のやりたいことを詰め込むのは違うな、と思い直して。

だから、今回は「みんなの想いを丁寧にラッピングする」感覚というか…ギフトみたいな気持ちで、映画を作ろうと。田川市に住む方たちには、この映画を観て、改めて自分たちの町を誇らしく思っていただきたかったし、映画館に来てくださった方たちには、ぜひ自分のために観てもらえたら嬉しいな、という気持ちで撮っていましたね。

― 自分のために映画を観る、ですか。

池田: 映画を観た後の時間が、5分でも10分でも、自分に向き合う、自分のことをいたわる時間になればいいな、と思っているんです。

― まさに今作でも、主人公たちが一度立ち止まり、自分の人生や幸せについて、向き合う様子が描かれていました。

池田: この映画でリリー・フランキーさんが演じる、主人公・翔(倉悠貴)の祖父である古賀正勝のように、人ってみんな、大人になっても自分にあったかもしれない“別バージョンの人生”に思いを馳せたり、今と比べて悩んだりしていると思うんです。前に進み続けていく人生の中で、「あれ、このまま流されていくと自分はどこに行くんだろう」と生まれて初めて立ち止まるのが、高校3年生くらいかなと。その瞬間を描きたかった。

― だから「高校3年生の夏」という時間を切り取ったんですね。

池田: 今まで当たり前のように続けていたことに、自分の意志はあったのか、何が自分にとって幸せなのか、と考え始める時期。そうやって立ち止まった時に、初めて自分がいる場所を思い知るんですよね。

― 今作でも、突然受験勉強に専念する幼馴染を見て、自分自身の進む道について、初めて向き合うようになる翔の姿が描かれています。

池田: 17歳くらいって、ずっと閉鎖的な環境にいて、社会なんて見たこともないのに、急に大人になることを求められて、焦ったり足掻いたりしますよね。私もあの時代は、かっこ悪いことも命がけで必死に向き合っていたと思うし。「恥ずかしい」とか「痛い」と思うようなことも、全力でやるような時期じゃないかと思うんです。

私にとって、今一番、手を差し伸べる…と言ったらおこがましいですけど、声をかけてあげたいと思う人が、「17歳くらいの世代」だったとも言えると思いますね。

忙しく走り続けてきた中で

「自分自身」に立ち戻ることができる場所

― 主人公たちと同じ高校3年生の頃、池田さんはどんなことに悩んだり葛藤したりしていましたか?

池田: 私は、17歳くらいの時はもう仕事ばかりしていました。ファッション誌のモデルの仕事もしていたし、学校の文化祭も体育祭も参加したことがなくて。立ち止まって考える時間もないくらい、忙しかったですね。自分の本質に向き合うとか以前に、自分でレールを敷き続けて進んでいくしかなかった。

― 立ち止まることなく、行き先を設定し続けていく。

池田: そうですね。例えば、SNSとか自撮りの写真を撮るとか、本当は苦手なんですけど、今の時代で戦っていくためには必要なんだ、と必死でやっていました。「池田エライザ」っていう他人みたいな存在を、“たまごっち”みたいに大きく育てて進んでいくためには、どうレールを敷いていったらいいだろうって、考えていたというか。

― 高校生の頃には、大人の社会の中で戦っていたんですね。

池田: だから、今作の主人公たちを見て、羨ましい気持ちもありました。心が動いて興味の持ったことをやる、という時間を自分自身にあまり築いてあげられていなかったので。でも一方で、私がずっと抱えていた理不尽な想いや、悔しい気持ちが成仏していくような瞬間も、今回の映画にはあって。

― それは、どのシーンでしょう?

池田: さいとうなりちゃんが演じた都が、翔や幼馴染の泰我(石内呂依)と学校の夜のプールに忍び込んで、自分の本音に向き合うシーンです。

― 都は、音楽をやるために東京に出ていたけど、その夢をあきらめて故郷である田川に戻ってきた少女ですね。翔や泰我からすると、将来に向かって一歩先を進んでいる存在でした。

池田: 登場人物それぞれに自分の気持ちが重なる部分はあるんですけど、その中でも特に、都が私の想いを代弁してくれていて。それを私は、古傷に触るような気持ちで書いたんですけど、なりちゃんが100%のお芝居で表現してくれた時に、初めて誰かに共感してもらえた気がしたというか。過去の想いが、成仏したような気持ちになりました。

― 自分にとって表現することとはなんだろう、と自分に向き合うシーンでしたね。忙しく走り続けてきた池田さんにとって、役者や監督、執筆業などを含めて、「表現」とは、どういう存在ですか?

池田: 私、悪口を言わないようにしているんです。そう言うと、ちょっと偽善者っぽいんですけど、例えば、普段ニュースを見ていていろんな気持ちになるじゃないですか。悲しくなったり、もっとこうしたらいいのにと思ったり。そういう想いも、口に出すよりも、全部作品に込めたいというか。

― その感情を、表現することで昇華していく。

池田: そうですね。“もったいないおばあさん”じゃないですけど(笑)、「あれ、つまんなかったよね」とか「あの映画は面白くなかったよね」と言うくらいだったら、「自分で撮る!」と思っていて。そういう性分が、自分の創造性みたいなものにつながっているような気がします。

目まぐるしいこの世の中で、人の意見に同調しているだけだと、何か大切なものを置き忘れてしまいそうで、いつも怖いんです。人のことを裁く権利なんて、本当はないはずなのに、「この人は悪だよ」って言われた時に、気を抜いてたら同調してしまうような仕組みに世の中がなっている気がして。だから、自分の意見や発言には、全部自分の意思を通したい。そうじゃないと、人もついてこないと思うので。

― それは、監督を務める時に、ですか?

池田: 全部ですね、役者などのお仕事も含めて。私は、派手な見た目の印象なのか、衝動的にバーっと動いているように思われがちなんですけど、本当は「私についてこい!」っていう勢いだけでは動けない人間なんです。気弱なところがあるし、地道に準備を重ねないと、人を説得したりお願いができない。だからこそ、ちゃんと自分の芯は持ちたいと思っています。…ってなんか、取材の時っていつも熱くなっちゃって、恥ずかしいんですけど(笑)。

― 自分の芯を築いていく際、何が支えになっていますか?

池田: 昔自分が思っていたこととか、叶えようとしていた夢を忘れないように、いつでも思い出せるようにしています。それが自分を支えているのかも。ずっと素朴なところに向き合い続けているというか。子どもの頃に思っていた夢とか、こういう大人になりたくないとか、そういう気持ちを忘れてしてしまうことが、私は一番悔しいんです。

― その夢は、叶ってきていますか?

池田: 少しずつ(笑)。大切にしたいと思う人と一緒に、ずっと仕事をし続けられていることも、そのひとつだし。いつも、マネージャーさんとかヘアメイクさんとも「一緒に稼ごう!」とか話していて、二人をいい家に住まわせることが私の夢のひとつです! あとは、自分の人生も大切にしたいな、と最近は思うようになりました。

― ずっと未来にレールを敷き続けてきたからこそ、一度立ち止まってみようと。

池田: そうですね。高校生からずっと、「表現って楽しいー!」という感じで走り続けてきたんですけど、よく考えたら、友だちと外食したこともないし、部屋に誰かが遊びに来たこともない、「私ってやばくない?」と思うようになって。最近は、部屋のインテリアも少しこだわってみるとか、“自分の時間を大切にする楽しみ”を見つけたんです。

池田エライザの「心の一本」の映画

― 「映画を観ることも大好き」とおっしゃっていた池田さんですが、自分に向き合う時に、そばにいてくれるような大切にしている映画はありますか?

池田: なんだろう…! 子どもの頃は、映画より小説ばかり読んでいて、ちゃんと自分で作品を選んで観るようになったのは、高校生くらいからなんですよね。だから、原体験としてずっと覚えているのは、スタジオジブリとかピクサーの作品も多くて。中でも、『カーズ』(2006)は100回くらいは観ていると思います。

― 100回ですか!!

池田: 弟が好きで、最初はそれで一緒に観ていたんですけど、一時期、毎日家で流していた時もあって。セリフも全部覚えていたくらい。

― 『カーズ』は、レーシングカー界の若きスター、ライトニング・マックィーンが、レースに向かう途中で迷子になり、流れ着いた田舎町での出会いを通して、自分を見つめ直していくストーリーですね。

池田: ずっと走り続けてきた主人公が、立ち止まって自分について考える話が好きなんだと思います。若い頃から仕事をし続けてきた自分とも重なるので。『カーズ』のマックィーンも、ずっと第一線を走り続けて天狗になっていたけど、素朴で純真な車たちと出会うことで、自分の人生について向き合っていきますよね。そういうところに、惹かれます。

― 忙しい中でも、自分自身に向き合えるような映画なのですね。

池田: そうですね。あと最近は、いろんな社会問題について言及する機会が増えたので、自分とは違う文化の中で生きる人たちのお話を観たい、という思いもあって、そういう目線で映画を観ることもあります。『裸足の季節』(2015)は、すごく良かったです。

― 『裸足の季節』は、トルコの首都から離れた小さな村に住む5人の姉妹が、古い慣習や封建的な思想により、一切の外出を禁じられる中で、自由を取り戻すために奮闘していくストーリーですね。

池田: あとは、役者としてだったら、ジュリエット・ビノシュやドニ・ラヴァン(※)のお芝居からも影響を受けていますし。いろんな映画が、自分を作ってくれている感覚があります。その時の自分の立場によって、観る映画が変わってくるかもしれません。そういえば、『カーズ』は、コロナ禍で「そろそろ観ないといけないな」と思って一度観直しました。

(※フランスの俳優。両名とも、レオス・カラックス監督『汚れた血』(1986)、『ポンヌフの恋人』(1991)に出演。)

― そろそろ観ないと、というのは?

池田: 少し前に、SNSをやめたんです。SNS特有の、数字で評価されていくのがすごく寂しく感じるようになってきて。そうしたら、その時期、原稿の締切とかもあって仕事は忙しかったのに、SNSをやめただけで急に手持ち無沙汰になってしまって。「あ、私結構やばいところまで来ていたんだな」と気づきました。それで、この空いた時間を映画にあてようと思って、初心に戻る気持ちで『カーズ』を観たんです。

― 観た後、自分に向き合ってどうでしたか?

池田: 全力で感動できる自分に、安心しました。「あ、私はまだ大丈夫だ!」って。そういう、自分のコンディションというか、在り様を確認できる作品でもあるのかもしれません。