大統領を演じるアリアナ・グランデが白い衣装を選ぶ訳:新曲「positions」に込めたメッセージ

Photo: Courtesy of Republic Records/YouTube

2020年10月末にサプライズリリースされ、アルバム、シングルともに全米全英1位を記録したアリアナ・グランデの『positions』。特に注目され公開1か月でYouTubeでの再生回数が1.2億回を記録している同曲のミュージック・ビデオを中心に、上智大学 外国語学部英語学科 教授の小川 公代さんに解説いただきました。

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ジョー・バイデンが次期米国大統領に選出されたことにより、初の女性副大統領カマラ・ハリスが誕生することとなり、今世界中で大きな話題となっている。「私が最後ではありません。これを見つめている全ての小さい女の子が、この国は可能性の国だと理解するからです」という彼女のスピーチは多くの感動を呼んだ。女性初、黒人初、そしてアジア系初の副大統領となり、エスニック・マイノリティの政治的指導者としての活躍も期待される。いずれ近い将来女性大統領の誕生もありうるのではないだろうか。

まるでこのことを予見するかのように、アリアナ・グランデの最新作「positions」のミュージック・ビデオでアリアナ自身が女性大統領を演じているためか、カマラ・ハリスの演説姿はすでに奇妙なデジャブ感がある。世界55の国と地域のiTunesで1位を獲得している話題の楽曲だが、11月3日の米国大統領選挙まで2週間と差し迫った時期に、このビデオが公開されたことは大きな意味をもつだろう。

アリアナは、デビュー当時から圧倒的な歌唱力で人気を博し、「ネクスト・マライア」(第2のマライア・キャリー)」とも呼ばれている。「Break Free feat. Zedd」や「Problem feat. Iggy Azalea」、「Baby I」など有名曲が多数あり、また数々のセレブとの交際報道が取りざたされてきたことから、「恋多きディーヴァ」としての異名も持つ。

メディアが映し出してきた恋多きセレブとしてのアリアナ・グランデがもっとも印象深い人々にとっては、「positions」で大統領を演じるアリアナには違和感を感じるかもしれない。だが、ここ数年の彼女の政治的な活動を知るコアなファンにとってはまさに期待どおりの演出となっている。前半は黒いドレスを着て公務に追われるアリアナが、後半になると白い衣装に身を包んで大統領としてメディアの前に登場する。

米国史上最年少の下院議員となった「AOC」ことアレクサンドリア・オカシオ=コルテスだけでなく、ヒラリー・クリントンの勝負服も「白」である。また、副大統領の演説をするために姿を現したカマラ・ハリスも、全身アイボリーホワイトの出で立ちが印象的だった。「positions」のアリアナの白い衣装はまさにハリスの姿とも重なり合い、予言的でさえある。ビデオの「グランデ大統領」の演出は、大統領選挙直前という公開時期を踏まえても、また楽曲の歌詞や彼女が選んだ衣装やメイクを見ても、保守派のトランプ政権に揺さぶりをかけようとする意図があったことは明らかである。

 

1. アリアナの政治的関心

アリアナは、デビュー当時から政治的な関心を公に表明していたわけではない。様相が変わったのは2015年あたりからだろうか。アリアナはメディアの報道のされ方について怒りを募らせていた。2015年の6月8日にSNS上で「女性が、男性の過去や未来の所有物のように見なされてばかりの世界に生きるのに疲れた。私は……誰のものでもない。私は私。誰だってそう」と女性に対する偏見についての思いを認めた長文を投稿した(*1)。 そこには、セックスを話題にするだけで女性は尻軽扱いされるのに、男性は王様扱いされることに対する不満が書き綴られていた。

アリアナの政治的な関心は2016年以降加速度的に増していく。たとえば、ヴィクトリア・モネとのコラボレーションで発表した楽曲「Better Days」は、「ブラック・ライヴズ・マター」運動の支持を表明するものだった。同年、アメリカで起こった警官による2人の黒人男性の殺害と、テキサス州ダラスで起こった5人の警官の射殺事件に見られるような「暴力やヘイト」に対する抗議を示す内容になっている(*2)。

さらなる転機は2017年5月22日に訪れた。イギリスのマンチェスターでの公演で自爆テロが発生し、そのことで精神的に酷く打ちのめされた。『VOGUE』誌のインタビューでは、犠牲者の死や遺族、負傷者に対して胸を痛めながら、アリアナ自身もPTSD(心的外傷後ストレス障害)と闘っていることを告白した(*3)。 この経験から、暴力や銃規制の問題に真剣に取り組むようになったという(*4)。 2018年にはワシントンDCで行われたブラック・ライヴズ・マター (BLM)の平和的抗議デモに参加し、今年6月にもロサンゼルスで実施されたデモに参加し、段ボールの「Black Lives Matter」と書いたプラカードを掲げながら行進した。

積極的な政治支援を行うアリアナは昨年、約2年ぶりの世界ツアー「スウィートナー・ワールド・ツアー」をスタートさせるとともに、彼女のファンがコンサート会場で有権者登録をできるようする「ヘッドカウント」とのパートナーシップを結んだ。選挙に投票する前に必ず登録する必要がある有権者登録ができる特設コーナーを、ツアー会場に設置した(*5)。

アリアナの出身がフロリダ州であることも多いに関係しているだろう。今回の大統領選挙でも共和党と民主党の支持率が拮抗する州(とくに郵便投票を許していた州)は、開票に多くの時間を有した。伝統的にいずれかの支持層が盤石な州とは異なり、勝利政党が変動する州を「スイング・ステート」という。今年の大統領選挙では、フロリダ州を含め、アリゾナ州、ジョージア州、アイオワ州、ペンシルバニア州などが激戦州だった。

2000年の大統領選挙の例を挙げると、共和党のジョージ・W・ブッシュが民主党のアル・ゴアと大接戦となり、僅か5票差で前者が勝利した。これを見ても、一票がどれほど尊いかよくわかるだろう。激戦州のフロリダ出身のアリアナだからこそ、若者への呼びかけに対して真剣になるのかもしれない。

 

2. 性規範への挑戦――「スイッチ」の意味

最新作の「positions」には、「あなたのためにポジションを変えるから / Switching the positions for you」という歌詞がある。この「ポジションを変える」という「スイッチ / switch」は複数の解釈が可能だろう。性的な意味で考えるとセックスの体位かもしれない。あるいはひょっとすると、愛する人のために夢のキャリアを捨てて家庭に入ることも厭わないと言いたいのかもしれない。大統領の激務に追われるアリアナと、台所でピザの生地を作っているアリアナのシーンが切り替わる度に映像が“逆さ”になる。

しかし、このビデオを、今の時代を生きる女性の在るべき姿を映し出そうとするフェミニストとしてのアリアナの積極的な試みであると考えるならば、男性と女性の不均衡の「逆転」、あるいは米国のみならず世界に根強く残る性差別の「風刺」であると考えられる。

ただし、アリアナが大統領として登場するときも、家庭で料理をしているときも、彼女が唇にポイントをおいたメイクをしている点に矛盾を感じる視聴者もいるだろう。しかし女性のメイクで興味深いのは、オカシオ=コルテスが、“権威への抵抗”の象徴として「赤い口紅」をあえて着けていることである。

オカシオ=コルテスは、地味な色のネイルにしなさいと言われた最高裁判所の陪席判事ソニア・ソトマイヨールが赤色のまま校務に臨んだことをツイッターで賞賛し、自らも赤い口紅を着けているのだと述べた(*6)。アリアナの口紅のメイクは、必ずしも性的魅力をアピールする目的だけではなく、オカシオ=コルテスやソトマイヨールにインスパイアされたものなのではないだろうか。

また、ビデオのなかでアリアナが着用するケープやパールはジョン・F・ケネディ大統領夫人ジャクリーン・オナシスの女性らしさを思わせ、プラットフォームのハイヒールもセックスシンボル的な要素として捉えられるだろう。しかし、だからといって、「性的な関心を認めている女性」は軽く見てもよいという見方に迎合しているのではない。むしろ、アリアナはそういう性差別を根底から覆そうとしている(*7)。

 

3.マイノリティと多様性

今年6月12日、トランプ政権はLGBTQに対する医療サービスの提供を医療従事者などが拒否できるルールを公表した。「人種、肌の色、国籍、性別、年齢、障害に基づく」差別を禁止する現在の医療保険制度改革法を侵すとも言えるこのルールに対し、アリアナは「本当に最低」とインスタグラムのタイムラインに投稿し、政治判断に異議を示した。

ゲイであることを公表している兄のフランキーを通じて知り合ったLGBTQの友人たちとの友情を大切にするアリアナは、2015年にアメリカ最高裁が同性婚を認める画期的な判決を下したときも、紫色のハートとケーキの絵文字で飾ったメッセージをツイートした。

10月30日に「ザック・サング・ショウ(Zac Sang Show)」に出演したアリアナは、トランプとバイデンという二人の候補者について、「どちらもストレートで白人の老人男性」であると形容し、米国は「多様で美しい人々で構成される国」なのに、この現状を「どう正していけばよいのだろう」と疑問を呈した(*8)。

「ストレート」というのは、LGBTQではない「ヘテロセクシュアルの」という意味である。しかも、白人で男性という特権をもつ二人の政治家が未来の米国社会の鍵を握るということに、アリアナは失望感を隠せなかった。今回のミュージックビデオでは、「ストレート」ではないスタッフや女性が大半を占めるホワイトハウスの会議室で、大統領のアリアナが職務にあたる様子が映し出され、多様性が尊重される政治のヴィジョンが描かれている。カマラ・ハリスの副大統領就任が「ストレートな白人の老人男性」主導型の政治に変化をもたらすことが期待される。

アリアナ自身イタリア系アメリカ人であり、彼女が意識する女性政治家のオカシオ=コルテスもプエルトリコ系で、ソトマイヨールもヒスパニック系の祖先を持つエスニック・マイノリティである。このビデオの出演者のラインアップも興味深い。「Better Days」でコラボレーションしたヴィクトリア・モネだけでなく、トランスジェンダーなどセクシュアル・マイノリティの権利を擁護することで知られる編集者の友人タイラー・フォードも出演している。多様性ということでいうなら、今のコロナ禍を支えてくれているエセンシャルワーカーの貢献を称えることにも余念がない。最後にアリアナが郵便局員にメダルを授与している場面はとても印象的である。 

多様性を重んじる社会になってほしいと切に願うアリアナは、2016年の警官による黒人男性射殺事件の後で次のような投稿をした。

「この困難な時代に、前に進むことができる唯一の道は、愛の力によるものだということを忘れてはなりません。音楽とは、肌の色、ジェンダー、性別、年齢、人種、宗教に関係なく感じることができる世界共通語です……私たちを1つにするのです。憎しみに対し、憎しみで打ち勝つことはできません。打ち勝つことができるのは愛だけです。ちょうど闇に対して光だけが打ち勝つことができるように」(*9)

ミュージックビデオでアリアナが身に着ける白い服にもおそらく同じような祈りが込められている。オカシオ=コルテス、ヒラリー・クリントン、次期女性副大統領のカマラ・ハリスも、歴史的な節目を迎える行事では全身白の服装を身に纏った。白の装いには政治的な意味があるからだ。それは「サフラジェット」、つまり女性参政権者へのオマージュである。女性参政権者たちは行進する際に全身白のドレスを着ていた。

サフラジェットたちはドレスやコルセットを脱ぎ捨ててパンス姿に変えることはせず、「頭からつま先まで白」という視覚的なインパクトで女性の権利を訴えることにした。それによって、過度に男性的であることに対するバッシングを避けることができると考えたからである。また、「白い衣装を身に纏う」行為は、今でも人種や国籍の差異を越えて共有される政治的ジェスチャーとして機能している(*10)。 なお、アメリカで女性が選挙権を持つことができるようになったのは1920年で、今年でちょうど100年を迎えたばかりである。

このミュージックビデオのアリアナのファッションを見て、性的な魅力を演出しているだけだと考える人がいるなら、それは彼女の意図を誤読している。アリアナはこれらの衣装やメイクなどを通じて、女性はセクシーであり、かつ同時に政治的であっていいのだということを主張しているのだ。そしてそれは、女性らしい魅力は彼女らの意見の価値を損なうものではないというメッセージでもある。「positions」は若者に政治への関心を持ってもらいたいというアリアナの強い願いが込められた作品だといえる。

Written By 小川 公代

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アリアナ・グランデ「positions」
2020年10月30日発売
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脚注

  • 「アリアナ・グランデのすべてがわかる? 恋多きディーバの恋愛遍歴をクローズアップ!」BY VOGUE JAPAN(2015年6月19日) https://www.vogue.co.jp/celebrity/celebscoop/2015-06/10/ariana-grande
  • 「アリアナ・グランデ、黒人射殺事件を受けて新曲“Better Days”を発表」(2016年7月13日)https://nme-jp.com/news/23096/
  • Sheena McKenzie, “Ariana Grande talks about her PTSD after Manchester attack” https://edition.cnn.com/2018/06/05/health/ariana-grande-ptsd-vogue-interview-intl/index.html
  • “Ariana Grande Gets Political: Who Has She Decided to Endorse for the 2020 Presidential Election?” (November 22, 2019) https://www.yahoo.com/entertainment/ariana-grande-gets-political-she-https://www.yahoo.com/entertainment/ariana-grande-gets-political-she-011336236.html
  • 「アリアナ・グランデ、“ファンの未来”のために「〇〇コーナー」をツアー会場に設置」(2019年3月22日)https://front-row.jp/_ct/17259929
  • https://twitter.com/AOC/status/1081284603850174467
  • Kelsey Stiegman「アリアナ・グランデが新曲『Positions』に込めたメッセージとはファッション、権力、性的関心…… 女性はすべてを求めていい!」https://www.ellegirl.jp/celeb/a34475017/arianagrande-positions-politics-201026-hns/
  • Sam Joseph Semon Daily Mail “Ariana Grande has hit out at the ‘straight, white, old men’ running for election when the country is made up of ‘so many diverse, beautiful people’” (November 4, 2020) https://www.dailymail.co.uk/tvshowbiz/article-8914177/Ariana-Grande-hit-straight-white-old-men-running-election.html
  • 「アリアナ・グランデ、黒人射殺事件を受けて新曲“Better Days”を発表」(2016年7月13日)https://nme-jp.com/news/23096/
  • Sophie Shaw, “The History of Women Wearing Suffragette White The Color Represents A Century-Old History of Women’s Rights Activism” (February 5, 2020) https://www.crfashionbook.com/fashion/a26261899/the-history-of-women-wearing-suffragette-white/

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