コロナ禍で広がる労働市場の不平等、日本社会の不安定化リスクに

欧米に続き日本でも第3波のコロナ感染拡大が起きる中で、感染抑制と経済復調のバランスを調整する対応へのメディアや国民への説明に、菅政権は苦戦しているように見えます。

第3波到来といっても多くの国で起きていることであり、また欧米と比べれば圧倒的に日本の人口対比感染者数は少ないままです。欧州各国のように広範囲な経済活動制限の必要性は低いため、日本の現状は深刻であるとは思われません。地域の医療事情に応じた適切な対応によって、現在の第3波への対応は充分対処可能とみられます。

米欧対比でかなり抑制されているものの、感染者数の増加によって、一部地域では医療体制が脆弱になっていることが、日本のコロナ問題の本質であり我々が最も問題視すべきでしょう。


感染被害の割に経済的な損失が大きい日本

また、日本では、コロナ感染の被害だけではなく、経済損失のコストが相対的に大きくなっていることが重要な問題だと思われます。

日本を含めた世界各国は、春先の全面的な経済封鎖が終わってから7~9月には経済が回復に転じました。日本の経済パフォーマンスは世界ではどう位置付けられるでしょうか。

主要国の実質GDPを、コロナ前の2019年10~12月期と比べて、2020年7~9月期にどの程度まで戻ったかを以下で比較します。

コロナ被害が深刻だった米国では昨年10~12月期と比べて-3.5%、フランスも-3.5%まで経済活動は戻りましたが、これらに比べると日本は-4.2%GDPが縮小しており経済の戻りは鈍いです。英国-9.9%、スペイン-9.8%とより深刻な経済縮小に苦しんでいる国もありますが、感染被害が相対的に小さかった割には日本の経済的な損失が大きく、そして経済回復が鈍いと評価できます。

日本では、経済ショックを和らげそして正常化させる政策対応が不充分で、かつ迅速に実現しない問題があったとみられます。コロナ感染抑制と経済活動制限のバランスの調整がうまくいかず、経済活動が縮小したコストがより大きくなっていると言えるでしょう。

失業率の上昇は限定的

一方、経済復調が明確な米国と比べて日本は経済停滞が顕著ですが、労働市場に目を転じると、経済的な悪影響は米国と比べても小さく、この点はポジティブに評価できます。

昨年末から2020年10月までの失業率の上昇幅を各国で比較すると、日本は2.2%から3.1%と+0.9%悪化しましたが、米国+3.4%、オーストラリア+1.9%などより悪化幅は限定的です。そして、ドイツ+1.3%、フランス(9月まで)+0.9%など、雇用対策が重視された欧州諸国と同様の失業率悪化にとどまっています。

日本では、大きな経済ショックに見舞われても、特に多くの大企業は正社員の解雇が制限される慣例が強いため雇用調整に踏み切らず、企業が雇用維持に努めたことが要因の一つです。

また、2019年までに失業率が2%前後まで低下し労働市場の需給が改善して、人手不足に直面する企業が増えたことも企業の雇用削減を限定的にしました。安倍政権下で実現した金融緩和強化がもたらした、労働市場改善のバッファーが効いているということです。

また、財政政策が充分かつスムーズに発動されたとは言い難いですが、雇用調整助成金の拡充が、企業の雇用確保を支援した効果もあったとみられます。

一般会計から支給金額の上乗せが行われる中で、雇用調整助成金の支給決定金額は11月までに2.2兆円に達しています。2008年のリーマンショック時には、失業率は3.8%からほぼ1年間で5.5%まで一気に上昇しましたが、当時と比べて失業率上昇は抑制されています。

当時は麻生政権下において、財政政策による経済下支えが極めて限定的にしか行われませんでしたが、安倍政権で実現した対応は当時よりは効果を発揮したと評価できます。

コロナ禍のダメージは一部の産業や非正規労働者に集中

ただ、日本の失業率上昇は、一部の産業や労働者層に偏って起きている特徴があります。

2019年末から2020年9月までに、雇用者数は全体では100万人減少していますが、正規社員は同期間に+23万人増えています。雇用調整助成金を利用している大企業が、このサポートで正社員を確保していると見られます。

対照的に、いわゆる非正規社員は-123万人と大きく減少しています。コロナ禍によって大きくダメージを受けた、外食などのサービス産業の事業環境悪化が、非正規社員の減少を招きました。

日銀による企業金融支援などで企業倒産件数は抑制されていますが、一方で休廃業・解散企業の数は2020年10月までに前年対比で21.5%と大きく増えており、サービス業などの中小企業の休廃業が非正規労働者の雇用削減につながっています。

安倍・菅政権のコロナ問題への対応において、迅速かつ充分な財政支出によって経済を安定化させたかどうかに関しては、労働市場の調整をこれまで限定的にした点では評価できます。ただ、雇用対策の恩恵が、大企業を中心とした正社員労働者をに偏っている現状は、今後社会を不安定化させるリスクがあります。

このため、コロナ被害を受けたセクターへのサポート政策として、コロナ感染拡大の一因になったと批判されるGoto事業の政策的な効果は大きいでしょう。大幅な売上減少に直面している産業を幅広くサポートすることは、非正規社員に偏った労働市場の調整を和らげるからです。

そして今、大規模な追加的な財政政策の発動よって、コロナ抑制と経済正常化を両立させることが必要な局面にあると思われます。仮に、財政政策が不充分にとどまり2021年の経済復調が後ずれすれば、安倍政権によって実現した「労働市場回復のレガシー」を食い尽くすことになるでしょう。

特に経済的な被害を受けた勤労者への配慮を行わずに重視している規制改革だけに邁進すれば、「国民のために働く」ことを目指している菅政権への国民の期待が今後低下しかねません。このシナリオを筆者は警戒しています。

<文:シニアエコノミスト 村上尚己>

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