「鬼滅の刃」を見届けて つらい戦い、記者も一緒に駆け抜けた

 「鬼滅の刃」の最終23巻が発売された。東京都内の書店では1~22巻の売り切れが続出し、古書店では定価を超える値段で売られている場面にも遭遇。アニメを公開中の映画館では、あるキャラクターの死を惜しみ、多くの人がすすり泣く声がこだました。漫画、アニメ史上空前のヒットとなった本作品の魅力を識者に取材した記者の立場で、今の思いをまとめてみた。(共同通信=平川翔)

 ▽情報量と疾走感

売り場に並べられた「鬼滅の刃」の最終巻となる23巻を手にする人たち=12月4日午前、東京都渋谷区

 12月4日午前、都内の書店に足を運ぶと、入り口の前に特設コーナーが設けられ、レジには行列ができていた。男女ともに買い求める人の年齢は幅広く、心なしか皆そわそわしているように見えた。

 最終巻の展開には、とてもはらはらさせられた。何度か泣きもしたが、「とにかく良かった!」と思える結末だった。登場人物たちとともに、つらい戦いを駆け抜けたような気分になった。まだ余韻を反芻(はんすう)しており、読み返したら違う感想になるかもしれない。

 作品全体を通しての一番の印象は、情報量の多さと疾走感だ。たとえば序盤、主人公の竈門(かまど)家が鬼に襲われ、一介の少年だった炭治郎が「鬼狩り」となるために修行を始めるシーン。同じ週刊少年ジャンプに連載された「HUNTER×HUNTER」では、主人公が「一人前」になるための「ハンター試験」に合格するのが第37話なのに対し、鬼滅では同様の試験を受ける「最終選別」が第8話で終わってしまう。とにかく展開が速い。

 テレビで放映されたアニメは、単行本の7巻までの内容。30分の放送時間に対し、週刊連載およそ2話分が対応している。アニメ版は美しい作画でキャラクターが繰り出す剣技がビジュアル化され、ストーリーもかみ砕いて説明されており、原作を読むのが難しい低年齢の子どもたちにも浸透している。

 単行本では本編のほかに作者の吾峠呼世晴(ごとうげ ・こよはる)さんによる「大正コソコソ噂話」というおまけページが付いている。ここで明かされる背景設定も濃厚だ。物語には書き込めなかったとする話はどれも興味深く、作品に深い奥行きを与えている。さらに巻末には、おなじみのキャラクターが舞台を変えてわちゃわちゃ騒ぐセルフパロディー「中高一貫☆キメツ学園」も収録。本編、ウラ設定、2次創作が全て詰まっている。

 ちなみに「大正コソコソ噂話」は19巻以降「長文で時間的にも厳しいため」として、手書きからタイプ打ちに変わっている。そんなところからも読者は、限界ぎりぎりで展開する物語の疾走感を作者と共有したような気分になる。

手にした「鬼滅の刃」第23巻を凝視したまま、微動だにしない男性=12月4日、東京都渋谷区

 ▽キャラクター人気

 特筆すべきなのが、各キャラの人気だ。共同通信は11月、大学教授など各界の有識者5人に「鬼滅」の魅力を語ってもらうインタビューを敢行。その結果、「推し」に挙げたのはそれぞれに異なる人物だった。

 取材中、作品について雄弁に語っていたのに、好きなキャラの話になるととたんに口数が少なくなる方もいれば、蛇柱(へびばしら)の伊黒小芭内(いぐろ・おばない)が「推し」だとして、蛇が描かれたコートを着てインタビューに臨んでくださった方もいた。

 登場人物は個性派ぞろいで、皆が言いたいことを言い合うあまり、会話がかみ合わないことも多い。ただ、それぞれに背景が描き込まれ、その人物がなぜそう振る舞わざるを得ないのか納得させられる構成になっている。

 敵も味方も、強い人物であればあるほど、壮絶な過去を持っている。鬼になるか鬼狩りになるかは、まさに紙一重。人間だったころ、あまりにも過酷な境遇ゆえに「闇墜ち」してしまった鬼のつらい話には、借金を背負った人たちの悲しい人間模様を描く「闇金ウシジマくん」のような読後感を覚えた。

 一方、そんな剣士たちの素顔をコミカルに描くタッチも見事だ。映画館などの関連グッズ売り場はいつも盛況。ダイドーが発売した鬼滅キャラデザインの缶コーヒーは10月の発売後、約3週間で5千万本が売れたといい、同社の業績予想を大幅に引き上げる立役者になったほどだ。

 ▽個人的には

 取材を通して感じたのは、大の大人同士で1~2時間、難なく語れる、本作品の懐の深さだ。しかも人によって語る内容はばらばら。引き合いに出される作品も「ジョジョの奇妙な冒険」や「デスノート」などジャンプ掲載作にとどまらず、「ポーの一族」や手塚治虫の「ブッダ」などバラエティーに富んでいた。

 個人的に好きなキャラは、鬼でありながら主人公を手助けする珠世(たまよ)さんだ。「守っていただかなくて大丈夫です。鬼ですから」と話す、りんとした姿。因縁の相手を追い詰めたときの「さぁ、お前(まえ)の大嫌いな死がすぐ其所(そこ)まで来たぞ」と告げる切れ味。「離れたくない」と過剰に慕ってくる相棒の愈史郎(ゆしろう)との関係も含め、ほれぼれする。

 私事ながら、6歳になる息子と共通の趣味ができたこともうれしかった。第1話の惨劇で恐れをなしてしまわないか心配だったが、作画の美しさのおかげか、録画したアニメ全話を何度も見返している。

映画「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」が映画史を塗り替える勢いの大ヒット=10月16日、東京都新宿区

 保育園への送り迎えの途中は、繰り返し鼻歌で「紅蓮華」を口ずさんでおり、映画「無限列車編」にも2度連れて行かれた。見終わった後には、炎柱(えんばしら)の煉獄杏寿郎(れんごく・きょうじゅろう)のせりふをまねて「うまいうまい」と笑っていた。

 息子が単行本を読めるようになったら、アニメ化されていない9巻以降で活躍する剣士たちの魅力にも気付くだろう。「長男だから」と気負うことなく、何かに打ち込む集中力や人を思う気持ちを学んでくれたらと思う。(おわり)

© 一般社団法人共同通信社