景気低迷の中、なぜ不動産が高騰するのか 韓国、文政権の政策も追い打ち【世界から】

不動産の店頭に掲示されている物件情報。足を止めて見入る人も多い=原美和子撮影

 新型コロナウイルスによって、世界各国の景気が落ち込んでいる。筆者が住む韓国ではさらに深刻になっている。もともと低迷が続いている経済に追い打ちを掛けた格好になっているからだ。そんな韓国では何とも不可解な現象が起こっている。

 それは、不動産価格の高騰だ。中でも、ソウルや釜山といった大都市ではその動きが顕著となっている。好景気に転じる気配がまるで感じられない中、不動産価格だけが「バブル」を思わせるような上昇を見せるという矛盾した動きの背景には韓国の特殊な住宅事情や文在寅政権の不動産政策が絡んでいることがうかがえる。不動産高騰をめぐる韓国の状況を伝えていく。 (釜山在住ジャーナリスト、共同通信特約=原美和子)

 ▽「特殊」な不動産事情

 韓国の住宅事情は日本とは大きく異なることが特徴として挙げられる。賃貸物件を借りるにあたり、月々の家賃を払うのではなく契約期間である2年分の「保証金」をまとめて先払いする「チョンセ」という方式が長らく一般的であった。保証金は地域によって差があるものの、ソウルの人気エリアでは日本円でおよそ7千万円になるものもある。

 契約期間が終わり、契約を更新しなければ保証金は全額返却される。それでは、大家はどうやって賃貸経営を成り立たせるのだろうか? 実は、預かった保証金を利率の良い金融商品に投資して得た利子を収入とするのだ。かつての韓国は5%以上などの高金利だった故に大家はチョンセで十分に利益を得られた。それで生計を立てられる者も多かったほどだ。

 しかし、長引く景気の低迷や物価の上昇などにより近年では金利が下がっている。今年8月現在では0・5%だ。それゆえ、保証金を投資に回しても利子を満足に得られなくなっている。影響で、チョンセの物件数は減少しつつある。

 代わりに増えているのが「ウォルセ」という契約タイプの物件だ。これは、保証金が少ないものの家賃が発生する。物件やエリアによって異なるが、例えばソウル市内のワンルームをウォルセで契約をした場合、日本円で保証金は100万円程度で月々の家賃は5万円といった感じになる。

 持ち家として家を所有する人たちも「一生のすみか」としてではなく、「良い条件で売り、買い替えをできる機会があれば新たな場所に移る」と考えている人が多い。つまり、転売をしながら住み替えを考えているのだ。

 このような感覚は日本では理解し難いだろう。だが、韓国において不動産とは「資産」としてよりも「投資」としての意味合いが強いのが実情だ。

アパートが立ち並ぶ街の風景=韓国釜山市、原美和子撮影

 ▽政策転換でさらに高騰

 「投資」としての側面が強いことを象徴するかのように、韓国ではこれまでアパート(日本の大世帯型のマンションと同等)を所有したら、それを担保にもう一軒アパートを購入することでさらなる利益を得ることがごく普通になっている。一種の「財テク」として確立しているのだ。これが過度な不動産の高騰を引き起こしている要因の一つになっていることは間違いなさそうだ。

 こうした国民の不動産投資とそれによる価格高騰を抑制すべく文政権は6月に「ローン審査の厳格化」と「建築規制の強化」さらに「アパートを複数所有する者への課税強化」を打ち出した。ところが、その場しのぎの「焼け石に水」のような政策転換はかえって国民の反発を招き、不動産のさらなる高騰を呼び込むことになった。

 筆者が暮らす釜山市内でも6月を境に緩やかだった不動産価格が急な高騰を見せた。筆者が居住するアパートの住民専用の会員制交流サイト(SNS)でも不動産価格の話題で持ち切りとなった。SNS上では周囲アパートとの価格がどれほど違うのかなどについて盛んに意見交換されている。韓国の人々がいかに不動産投資に関心を持っているか痛感させられる。

 釜山市で不動産業を営む金さん(仮名)によると、上昇傾向にあった価格はこの1カ月でさらに1・5~2倍に跳ね上がったという。その地区で再開発の計画が発表されたことへの期待が見込まれたものと金さんは推測する。

 それでも、現在の状況については「私たち不動産業者ですらここまでの高騰は予測ができなかった。もし、わかっていたら物件を買い占めていただろう。高騰は今がピークではあると思うが、先が見通せないというのが正直なところだ」と戸惑いを隠せない。不動産をめぐる異様な盛り上がりは終わりが見えないという印象だ。

 ▽文政権に募る不満

 家を所有する人にとって、今回の不動産高騰は喜ばしいように思える。しかし、恩恵を受けているのは一握りというのが現実だ。一方、賃貸住まいをしている人やこれから住宅を購入しようと検討していた人たちにとっては、人生の計画を狂わされたとも言える。

不動産情報アプリの画面。表示されているソウル市南部の江南(カンナム)地区ではアパート価格が軒並み1億円以上に上昇。中には2億円を超える物件もあることが分かる

 11月にはソウル市内に住む30代の夫婦が不動産購入と資金繰りをめぐる意見の相違から夫が妻を殺害した上、自殺するという事件が起こった。事件の詳しいいきさつは捜査中としながらも報道では「不動産高騰がついに家庭内の殺人事件まで引き起こした」とセンセーショナルに取り上げられていた。

 実際にチョンセでアパートに住んでいる人からも「(今回の)事件は極端な事例であるが、ひとごとではない。次の契約更新までまだ2年弱残っているとは言え、このままの状態が続けば、次回の更新時に大家からチョンセの保証金を大幅に値上げされるだろう。また、もし、大家が家を売ると言えば、出ていかなくてはならない。そうなった場合、他の物件を探すにも、自分たちの家を買うにしても今の状態ではとてもできない。不安で仕方がなく夫婦ともどもストレスが半端ない」という嘆きが聞かれる。

 今年結婚したばかりという30代の新婚夫婦も「新婚のため今は小さいサイズの家にウォルセで住んでいる。この先、もし子どもが生まれて手狭になった場合は引っ越しをしなくてはならないが、家を見つけられるかとても不安だ」とため息交じりに話す。

 このような人々の不安は文政権に対する批判や恨み節にもつながっている。「李明博政権、朴槿恵政権の時にも経済がよかったとは言えず、不満もあった。それでも、自分たちの生活について今ほど不安を感じるようなことはなかった。それが、生活を脅かされているという実感につながっている」という切実な声も上がっている。

 コロナ禍による経済へのダメージは韓国のみならず世界的な規模で、年末から来年にはさらに厳しくなるという見方もある。不動産の高騰によるダメージがこれ以上、広がらないことを願うばかりである。

© 一般社団法人共同通信社