「許さない」 私の人生を汚し、心を殺した父 性的虐待受けた女性が提訴

 「一度しかない人生なのに、なぜ初めから汚され、心を殺されたまま生きていかないとならないのですか」。広島市の40代女性会社員は、子どもの頃に父親から性的虐待を受け、今も後遺症に苦しむ。被害者の人生に深刻な影響を与え「魂の殺人」とも呼ばれる性暴力。「許すわけにはいかない」。女性は30年以上閉ざしてきた過去と向き合い、法廷で70代の父親と闘う決意をした。(共同通信=小作真世)

女性があふれる感情を書き連ねた手記

 ▽よみがえる記憶

 父親と2人きりの部屋で再生されるアダルトビデオの映像。ひざの上に座らされ、下着を脱がされ、触ってくる指。初めて性行為をされたクリスマスの夜。死ぬかと思うほどの痛み。3年前、運転中に女性の脳裏に次々とよみがえってきたのは、ふたをしていたはずの父親から受けた性的虐待の記憶だった。

 女性は保育園の頃から10年近く、父親から日常的に性的虐待を受け続けた。母親は父親の女性関係が原因で精神を病み、きょうだいからは暴力を振るわれ、家は荒れ果てていた。

 父親は「誰にも言ったら駄目」「好きだからやるんよ」と優しくささやきながら体を触り、なめ、同じようにやれと強いた。嫌がれば威圧的になり、幼い娘を思うがままにした。

 ▽私は性処理の道具

 次第にエスカレートした虐待は、小学4年の時に性行為にまで及んだ。「あいつにとって私は性処理の道具」。抵抗しても力でかなわず、心を殺して耐えようとした。

父親から性的虐待を受け、損害賠償を求め提訴した広島市の女性会社員=11月12日、広島市

 唯一の支えは、祖父母の存在。「普通の子ども」として無条件に注がれる愛情に救われ、祖父母宅で過ごす週末を待ちわびた。だが、「知ったら悲しむ」と被害を打ち明けることはできず、助けを求められる人は周囲にいなかった。

 アルバイトで金をため、20代で実家を離れた。「これまでの恥ずかしいことは誰にも知られちゃいけん」。なかったことにすれば、怒りも憎しみも忘れられる。記憶にふたをし、夢をかなえようと仕事に打ち込んだ。それでもぬぐえない男性への恐怖心や性行為への嫌悪感。女を利用する存在としか思えず、結婚や出産は諦めてきた。

 ▽よりどころを失って

 フラッシュバックの引き金となったのは、祖母の死だった。よりどころを失い、ぽっかりとあいた心に入り込んできたのは、いまいましい虐待の記憶だった。次々とよみがえる光景に止めどなく押し寄せる怒りと羞恥心。「うわあー」。われを失い泣き叫び続けた。

 仕事中にも起きるフラッシュバックに耐えかね、意を決して相談窓口に電話をかけた。「相手にしてもらえないかも」「近所の人にも知れ渡ってしまうかも」。救いを求めたが、他人に打ち明けるのは怖い。担当者の「信じますよ」という一言が、30年以上閉ざしていた心に響いた。

 ▽決意

 記憶のふたが開き、「なかったことにした過去」と向き合う覚悟をした。気持ちが乱れると、あふれる感情を紙に書き連ねた。心理学や虐待の本を手に取るようになった。思い返せば、職場でも交友関係でも人を信用できず、周りを傷つけ、自分を否定してばかり。本に書かれていた性的虐待がもたらす影響の数々は、自分そのものだった。

 「どうしてあんなことをしたの」「今になってそんなこと言うんか」。何度も対話を試みたが、父親の態度は変わらず、反省の色はない。不安も苦しみもすべて怒りになって膨らみ、自分がつぶれてしまいそうだった。「もう守るべきものは何もなくなった。今動かないと、先に進めない」。決意して8月に損害賠償を求め広島地裁へ提訴した。

▽告発と連帯

 NPO法人「全国シェルターネット」共同代表の北仲千里広島大准教授は、性的虐待の被害を「幼少期には行為の意味を理解できず、成長の過程で何をされたのか知る。そのショックで多くの被害者は心身の不調を抱え、生きていくだけで精いっぱいになる」と説明する。

性的虐待の被害を説明する北仲千里広島大准教授=11月20日、広島市

 性暴力を巡っては近年「#MeToo」運動が米国で始まり、日本や海外でも被害を告発し連帯する動きが広がっている。北仲准教授は「被害に遭うことは恥とされてきた。許してはいけない、怒ってもいい、と世間の意識が変わりつつある」と指摘。「相談窓口も増えて実態が知られるようになった。専門のカウンセラーや精神科医は不足しており、人材育成が急務だ」と訴える。

名古屋市での「フラワーデモ」で掲げられたメッセージと花=3月8日午後

 ▽声をあげにゃいけん

 女性は長年、周囲に被害が知られて家族に迷惑がかかることを恐れ、口をつぐんできた。話すことはリスクでしかなかった。だからこそ、声をあげられないつらさも理解している。「被害を話せるのは不幸中の幸い。言えずに苦しんでいる人の思いも背負っていかないと」

 提訴に踏み切ったのは、父親への怒りだけでなく、身近に性的虐待があることを世間に知らせ、被害をなくしたいからだ。やりたい放題の加害者と、泣き寝入りするしかない被害者。周囲が「もしかして」と気付けば、被害に遭っている子どもを救えるかもしれない。「人間らしく生きていくため、苦しむ他の被害者のため、私は声をあげにゃいけん」

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