消してはいけない

 童謡「ぞうさん」を書いた詩人まど・みちおさんに「けしゴム」という短い一編がある。〈じぶんでじぶんを/けしたのか/いまさっきまで/あったのに〉。消しゴムは鉛筆の文字を消しながら、それ自体も削られ、消えていく▲詩のように、さっきまであったものを消したのかどうか。菅義偉首相は就任したとき、コロナ対策で「感染防止と経済の両立に全力を挙げる」と確かに誓った▲それなのに「感染防止」と「両立」の二つが、どうも鮮明に見えない。先ごろ打ち出された73兆円規模の経済対策は、来年度のうちに「コロナ前の経済水準」に戻すことに重きを置く▲「Go To トラベル」事業は延長するという。大阪市、札幌市への「入り」は一時除外、2市からの「出発」は自粛を求め、東京都は年齢などで区切って自粛-と、このところ動きが慌ただしく、「臨機応変」と言うよりも「行き当たりばったり」の方が合う▲初めは66%ほどだった内閣支持率が、最近の調査で50%ほどに落ちた。感染予防にこそ重きを、という世論の反映でもあり、「経済、経済…」と脇目も振らず突き進むような首相への不安の表れかもしれない▲政権が「両立」の約束を自ら打ち消せば、寄せられた期待を自ら手放し、失いかねない。「けしゴム」の詩が戒めに読める。(徹)

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