問われる菅外交、「対中国包囲網」視界不良 2月のバイデン氏との初会談が試金石

By 内田恭司

 菅政権の外交課題が鮮明になってきた。バイデン米次期政権が目指す「国際協調による中国抑止」に貢献する一方、対日接近の姿勢を明確にする中国との関係をどう進めていくのか。「民主主義」を旗印にする米国と、独自の勢力圏形成を図る中国との対立は続くのは確実で、両国のはざまで日本が難しいかじ取りを迫られるのは間違いない。菅義偉首相は、2021年2月ごろとなる初の日米首脳会談で構想を示す必要がある。(共同通信=内田恭司)

 ∇従来答弁繰り返す

 

 参院本会議で答弁する菅首相=11月30日午後

 「中国との間にはさまざまな懸案がありますが、主張すべきは主張し、行動を強く求めることが重要です」。11月30日、参院本会議での菅首相の答弁だ。尖閣諸島周辺で領海侵犯を重ね、香港民主派やウイグル族の弾圧を続けるなど、内外で高圧的行動を強める中国の抑止は国際的な課題だ。しかし、首相は従来通りの答弁を繰り返しただけだった。

  11月12日に行ったバイデン次期大統領との電話会談でも、初の対話だったとはいえ、中国を巡っての踏み込んだやりとりはなし。「自由で開かれたインド太平洋実現へ連携したい」と、安倍前政権からの基本的な外交方針を伝え、10分あまりで終了した。

 外交で実績を重ねた安倍晋三前首相と、対中強硬姿勢で臨んだトランプ米大統領の退場の隙間を縫うかのように、中国はアジア太平洋地域での覇権確立へ歩を進める。

  ASEAN諸国や日本など15カ国による経済連携協定(RCEP)に署名し、環太平洋連携協定(TPP)への参加意欲も表明。11月24日、王毅国務委員兼外相を新型コロナウイルスの流行が広がる日本にわざわざ派遣し、菅首相、茂木敏充外相と相次いで会談させたのは、「日米関係にくさびを打ち込むため」(日中外交筋)だったのは明白だ。

 11月24日の会談後、記者の前に立つ中国の王毅国務委員兼外相(左)と茂木外相=東京・飯倉公館

 一方の米国。バイデン氏は、新国務長官にオバマ政権で国務副長官を務めたブリンケン氏を内定。同盟国などとの連携を強め、対中包囲網を築く姿勢を鮮明にした。12月1日には、トランプ政権が発動した制裁関税を維持し、圧力政策を続ける考えも表明した。

  米中両国が早くも角突き合わそうとする中、菅政権はどう対処していくのか。首相は「日本外交の基軸である日米同盟を一層強化していく」と強調するが、外務省幹部によると、米国を「盟主」とする対中包囲網の構築は容易でない現実が浮き彫りになってきた。

 ▽日韓関係改善も喫緊の課題

 日本政府は大統領選後、杉山晋輔駐米大使の下、在米公館をフル稼働させてバイデン氏側の外交スタッフや議会関係者らに接触し、情報の収集・分析に努めた。その結果、バイデン次期政権は「米中の完全分離は困難」と考えていることが明確になってきた。

  どういうことか。米中の経済的なつながりが深いため、米経済の回復のためにも米中関係のさらなる悪化は回避したいとの認識が、今後の対中外交方針のベースにあるということだ。それゆえに「インド太平洋地域への『米国の関与』は弱まらざるをえず、中国に対して安全保障面で小さな譲歩を重ねる恐れがある」(外務省幹部)のだという。

  次期政権が民主党最左派との抗争や、大統領選で深まった「米国の分断」という深刻な問題を抱えて内向きになれば、関与を弱める方向に作用する。 日本としては、アジアへのプレゼンスを維持し、中国には毅然(きぜん)とした対応も辞さない米国の姿が望ましい。実際、日本はそうした米国を押し立て、連携して中国に対峙(たいじ)する在り方を希求してきた。しかし、もはや米国にはそこまでの体力がなく、日本が「力の空白」を埋めざるを得ない状況が、いよいよ現実味を帯びてきたのだ。

 外交分野に詳しい自民党ベテラン議員が話す。「日本側の大使館スタッフに対し、バイデン氏側は既にいろいろな見解を示してきている。交渉が始まった在日米軍駐留経費の将来的な負担増や、防衛費のさらなる増額もそうだ。バイデン氏は韓国びいきで、日韓関係の早期改善も重要な課題として挙げてきている」。 こうした状況は首相官邸に伝えられており、12日付で外交担当の内閣官房副長官補に外務省の滝崎成樹氏が就いた。前職のアジア大洋州局長は要職で「通常ならラインを外れることになる官邸行きはない」(政府関係者)異例の人事だ。

 冨田浩司氏

  態勢強化は明白で、さらに、杉山氏の後任の駐米大使として、米民主党とパイプがある冨田浩司駐韓大使を内定した。

 冨田氏は事務次官やナンバー2の外務審議官を経験しておらず、こちらは相当異例な「2段飛び」(同)の抜てき人事だ。

 ▽2021年、民主主義サミット開催?

 このように菅政権も、手をこまねいて待っているわけではない。国際協調による対中包囲網構築をにらみ、オーストラリアとの連携

強化にも動いた。安倍前政権はTPPに加え、自由で開かれたインド太平洋(FOIP)構想や、日米豪とインドによる4カ国連携(QUAD)を主導したが、推進力となったのは「日豪の結束」だった。

 11月17日、モリソン豪首相との首脳会談に臨む菅首相=首相官邸

 バイデン政権下でもこの結束を最大限に生かす考えで、歩調を合わせるモリソン首相が11月17日に来日。日豪両首脳は会談後の共同記者発表で「民主主義といった基本的価値と戦略的利益を共有する『特別な戦略的パートナー』として、FOIP実現に取り組んでいく」と訴え、連携強化をアピールしてみせた。

  だが、菅首相からは今のところ、これ以上の発信はない。12月4日の記者会見は内政問題に時間を費やし、外交分野では踏み込んだ発言はしなかった。

  先の自民党ベテラン議員が話す。「菅総理には、日豪の準同盟を軸に対中包囲網を主導するくらいの意気込みが欲しい。2020年は米国が議長国だったG7サミットは開かれないが、バイデン氏が21年『民主主義(D)サミット』として、新たな枠組みで開催する可能性がある。日本は後押しすべきだが、官邸や外務省からは何も聞こえてこない」。

 Dサミットは、もともとバイデン氏が20年1月に提唱したもので、民主主義の主要先進国が結束し、中国に圧力をかける構想だ。バイデン氏側を探ると、構想は生きており、G7に豪印、韓国を加えた「D10」の枠組みが浮上しているという。G7の次期議長国である英国や、オーストラリアはこの動きを先取りし、新秩序の構築に積極姿勢を見せている。

  しかし、こうした動きは菅政権内からは見えてこない。米欧は既に、韓国を国際連携に必要な「アジアの主要なミドルパワー」に位置付けているが、日本にその認識は薄く、韓国も加わるD10に懐疑的だ。バイデン氏側からの日韓関係改善の要請には、国際法無視の韓国に問題があるとして、次期政権に理解を求める対処方針を固めているという。

 12月8日、米東部デラウェア州での会合で演説するバイデン次期大統領(AP=共同)

 ▽手招きする中国

 「戦略眼に欠ける日本」(自民ベテラン議員)に対し、中国は誘いの手を差し伸べる。先の外相会談では、日中間のビジネス往来再開や、防衛当局間によるホットラインの年内開設など、日本が求める案件であえて譲歩し、日中関係強化を演出した。

  ホットライン開設は日本が長年求めてきたもので、東シナ海で思わぬ事態が起きた際に、リアルタイムで意思疎通を図れるため、安全保障上の意義は大きい。

  次のステップは、棚上げとなっている習近平国家主席の訪日だ。会談では議題にならなかったとしているが、茂木、王両氏は1対1で話す時間を約30分取った。ここで訪日問題を話し合ったのは確実だ。日中外交筋は訪日時期を「2022年春」と見立てる。

  東京五輪を終え、菅政権が衆院選を経て本格政権になってからとの読みだ。22年は日中国交正常化50周年にあたる。自民党内では保守系を中心に、人権問題を理由に習氏訪日に反対する意見が根強いが、1年半後に向けて流れはできつつあるように見える。

  バイデン次期政権が目指す対中包囲網で役割を果たしつつ、日中関係の進展も図る。菅政権の狙いがそんなところにあるのは間違いないが、かじ取りは難しい。視界不良のまま、不慣れな「バランス外交」に踏み出せば、やがて立ち位置を見失い、取り巻く安全保障環境のさらなる悪化を招かないか。菅政権は、一刻も早く明確な外交構想と基本的なスタンスを示すべきだ。(おわり)

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