鍵山優真は“自分らしさ”で世界へ飛躍する。デニス・テンをなぞらず唯一無二の存在へ

ユースオリンピックで金メダルを手にし、ジュニアながら全日本選手権、四大陸選手権で3位。昨季その才能をいかんなく発揮してみせた鍵山優真には、まだどこかあどけなさが残っていた。だがグランプリシリーズ初出場にして優勝を果たしたNHK杯で見せた姿は、貫録すら感じさせるものだった。シニア1年目の17歳には、世界に飛び出していく意気込みと躍動感があふれている――。

(文=沢田聡子、写真=Getty Images)

17歳の鍵山優真が挑む、世界的に著名な振付師の難解なプログラム

初出場のグランプリシリーズとなる2020年NHK杯で優勝した鍵山優真が滑ったプログラムは、ショート・フリーともにローリー・ニコルが振り付けたものだ。シニアデビューシーズン、17歳の鍵山は、世界的に著名な振付師が手がけたプログラムに挑んでいる。

鍵山が今季ショートで使用する『Vocussion』は、チェリスト、ヨーヨー・マが率いるザ・シルクロード・アンサンブルによる曲で、フィギュアスケートファンには故デニス・テンが2015年四大陸選手権で優勝した際、フリーで演じた曲としてなじみ深い。テンはニコルが手塩にかけて育てたスケーターの一人であり、そのフリーもニコルが振り付けたプログラムだ。美しいスケーティングで世界に愛された名選手を連想させる曲をあえて選んだニコルの選択には、鍵山に寄せる大きな期待を感じる。

故デニス・テンも滑った『Vocussion』を自分のものに

打楽器によって奏でられる独特のリズムが魅力的な『Vocussion』は、一般的にはシニア1年目のスケーターにとって簡単な曲ではないだろう。しかし、シニアデビュー戦となる関東選手権(10月2~4日)で鍵山が滑った『Vocussion』は、既に彼のプログラムになっていた。このショートを初披露した9月のアイスショー「ドリーム・オン・アイス」後、鍵山はニコルとリモートでやりとりして少し振り付けを変えている。

「(振り付けで)気に入っているところは、ほぼ全部。自分が今までやったことないような動きだったり、いろんな振り付けが入っているので難しいんですけど、曲も楽しいので自分も音楽に乗って楽しく動ける。やっぱりステップが、ちょっと難しいかなと思っていて。トウステップが結構多くて、そこでよくつまずいちゃったり」
「最初はローリー・ニコルさんのイメージがちょっとつかめていなくて大変だった部分はあったんですけど、最近は音楽や振り付けにも少し慣れてきて、ちゃんとイメージにも合わせられるようになったので、そこはよかったなと思っています」
「(鍵山が)自分から『こういう動きをやってみるのはどう』という提案もあるので、そこで(ニコルが)『あ、いいね』って言ってくれたり、そういう時もあります」

初めてこのショートを滑る競技会となった関東選手権でマークした98.46という高得点、そして41.33という演技構成点に、鍵山は驚いていた。

「まだ完全に滑り込めてはいなかったので、演技の点数での部分、演技構成点がちょっと出ないかなと思っていたんですけど、100点間近までいけたのは正直びっくりしました」

鍵山の中に宿る“火種”。佐藤コーチが口にする言葉の意味

1992年アルベールビル五輪・94年リレハンメル五輪に男子シングル日本代表として出場した父・正和コーチに幼少時から仕込まれたスケーティングの伸びやかさに加え、鍵山には音楽に対し体の奥から自然に反応する能力があるようにみえる。

難曲とも思える『Vocussion』を楽しげに滑る鍵山を見て思い出すのは、鍵山を指導しておりプログラムの振り付けもしてきた佐藤操コーチが、昨季の全日本ジュニア選手権で優勝した際に語っていた、“火種”という言葉だ。

「振付師としてすごく楽しみだなと思うのは、自分から気持ちが乗ってきて、本当に心から踊っていること。それはまだブラッシュアップがかかっているものではないですから、シニアに通用するとは私も思っていないし、本人もそれは分かっていると思うんです。でも振付師として見ると、あの子の中にはすごく(踊りの)火種がある」(佐藤コーチ)

既に2014年ソチ五輪で銅メダリストとなっていたテンが2015年四大陸選手権で滑った『Vocussion』は、観客の反応を楽しむような余裕がある演技だ。しかし、シニア1年目の鍵山はその伝説的なプログラムをなぞろうとはしていないようにみえる。曲を自分なりに解釈し、それに基づいた表現をしようとする鍵山の意志こそ、佐藤コーチの言う“火種”ではないだろうか。テンの成熟した演技に対し、鍵山の『Vocussion』には、これからシニアの世界に飛び出していく意気込みと躍動感があふれている。

フリーの楽曲を変更し、4度の転倒で号泣した東日本選手権

関東選手権で優勝した時の鍵山の合計点は世界歴代5位相当の287.21(非公認)というハイスコアだった。しかし、約1カ月後の東日本選手権(11月6~8日)を前にして、鍵山と佐藤コーチはフリーのプログラムを変更するという異例の作戦に出る。関東選手権で滑ったフリー『ロード・オブ・ザ・リング』は佐藤コーチが振り付けているが、ショート同様フリーも名選手に数々のプログラムを提供してきたニコルの振り付けによるプログラムに変えたのだ。自らが手がけて高評価を得たフリーを、あえてニコル振り付けのプログラムに変える提案をした佐藤コーチには、鍵山がシニア1年目で躍進するために、妥協することなくすべての手段を講じる強い覚悟があったのだろう。

コーチと話し合いながら鍵山自身が選んだのは、衛星で繰り広げられる先住民と人類の戦いを描く大作映画『アバター』の曲だった。初披露となった東日本選手権の際、テレビ放送で鍵山が語ったところによれば、映画を見ることで不思議な世界観をつかもうとする鍵山に、ニコルは「ふわふわしているように演技してほしい」と要求したという。

東日本で滑った初披露の『アバター』で、鍵山はジャンプだけでなくコレオシークエンスでも転倒し、演技後号泣している。やはり、シーズン途中でフリーをハイレベルなニコルのプログラムに変更する企ては簡単ではなかった。だがその果敢な挑戦は、3週間後のNHK杯(11月27~29日)で結実することになる。

今まで見たどのプログラムとも違う。『アバター』を滑る鍵山の意志

ショート首位で迎えたNHK杯・フリーでは、東日本で4度転倒し破綻してしまった『アバター』を大きなミスなく滑り切った。全身緑色の衣装が、鍵山が言うところの不思議な世界観を示しているようだ。映画の壮大なテーマを表す曲に鍵山のよく伸びるスケーティングが乗り、リンクいっぱいに力強く広がっていく。

私見だが、「今まで見たどのプログラムとも違う」と強く感じさせるフリーだった。もちろんどのプログラムもすべて異なるのは当然なのだが、鍵山というスケーターを、誰とも似ていない個性としてアピールしようという強い意志を感じるのだ。その意志はニコルだけではなく、おそらく鍵山自身のものでもあるのだろう。まだ真新しくもある『アバター』は、しかしこれから鍵山本人とともに成長していく予感が漂う、スケールの大きいプログラムだ。

鍵山のNHK杯・フリーの得点は188.61、演技構成点ではすべての項目で8点台の数字を並べ、高い評価を得た。会場で行われた優勝者インタビューで、変えたばかりのフリーの出来について問われた鍵山は「かなり良かった方だと思っていて」と振り返っている。

「でもちょっと東日本でコレオステップ(シークエンス)転んじゃったので、コレオの部分は少し慎重になったんですけど、でも最後のステップシークエンスや他の表現力の部分は、かなり良くできたかなって思っています」

「まだ完全にシニアの滑りはできていない」。さらなる飛躍を誓う

また金メダリストとして臨んだ記者会見では、ニコルの振り付けによるフリーで表現力は発揮できたかと問われ、手応えを語った。

「そうですね、ジャンプのつなぎの部分や最後のステップの部分で、その曲調に合わせて体の動きや表情をうまく切り替えることができたので、自分的にはすごく頑張ったかな」

さらに、昨季の全日本選手権と今では自身のどこが違うかという質問に対しては、表現力に対する高い意識をのぞかせている。

「ジャンプだけじゃなくて、表現力もすごく意識して練習してきたので、そこがまず去年とは少し違うのかなと思っていて。でもまだ完全にシニアの滑りはできていないので、もっとそういう部分は練習していきたい」

NHK杯での鍵山は、ショートでは名スケーターと同じ曲を使いながらも独自の個性を見せ、フリーでは誰とも似ていないプログラムを滑り切った。グランプリシリーズでの優勝という結果とともに、世界にその表現力を印象づけた鍵山優真のシニアでの戦いは、始まったばかりだ。

<了>

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