女性誌変革した「ミセス」休刊の理由 コロナは紙の文化を駆逐するのか

By 江刺昭子

 先の見えないコロナ禍が出版界を直撃、歴史のある雑誌が休刊に追いこまれている。1926年に創刊された日本最古の総合カメラ雑誌『アサヒカメラ』が7月号で休刊、女子大生ファッションを流行させた75年創刊の『JJ』が12月発売から不定期刊行を発表し、実質的な休刊になった。女性向けの総合ライフスタイル誌『ミセス』も来年4月号をもって休刊する。

ミセス2021年1月号(ミセス編集部提供)

 『ミセス』はかつて、わたしが編集部に籍をおいた雑誌であり、残念でさびしい。「よくがんばったね、ご苦労さま」という気持ちもひとしおだ。『ミセス』が雑誌界に果たした役割を中心に、紙の雑誌の過去を振り返り、いまを考えたい。(女性史研究者=江刺昭子)

 ■足に落とすとけがをする

 『ミセス』の発行元は、学校法人文化学園が運営する文化出版局で、高度成長期の1961年に創刊した。当時、既婚女性向けの女性誌は、「婦人4誌」と呼ばれた『主婦の友』、『婦人倶楽部』、『主婦と生活』、『婦人生活』で計約500万部を占めていた。『ミセス』はそこに割って入った。

 雑誌作りのソフトとハード両面で新基軸を打ち出し、70年頃には60万部を超える大雑誌に成長した。総ページの4分の1近くを広告が占め、足に落とすと、けがをしそうなほど重かった。販売収入を広告収入がうわまわった日本で初めての雑誌とされ、広告収入が月4億と言われた時期もある。

 「ミセス」という異色のネーミングは当初は違和感があったが、まもなく既婚女性を指す一般名詞になり、その後、片仮名や横文字タイトルの雑誌が氾濫する先駆けになった。

 「婦人4誌」の定番だった芸能スキャンダル、皇室、セックス記事を扱わず、ファッションや美容、食、インテリア、旅を中心に、高級かつ上品な「朝の雑誌」をコンセプトにした。

池内淳子さんを表紙に起用したミセス創刊号。アングルも表情も斬新だ

 欧米の雑誌にならってアートディレクターシステムを採用。1人のアートディレクターのデザイン哲学で1冊の視覚的表現を統一し、あかぬけたビジュアル雑誌を作り上げた。

 ハード面も斬新だった。それまでの雑誌はA5判とB5判が主流だったが、ワイドなAB判(縦がB判、横がA判)を実現した。製本でも針金綴じではなく無線綴じにすることで見開きの誌面が広くなり、より写真が映えるようにした。

 ■負のスパイラルに陥る

 70年代から90年代にかけては「雑誌バブル」の時代だった。女性誌が数えきれないほど創刊され、広告の受け皿となって、より大きな判型や無線綴じはあたりまえになる。ターゲットの読者層も、社会階層や年齢、内容別に細分化され、「総合」をうたう「婦人4誌」は次々と消えていく。最後に『主婦の友』が休刊したのは2008年だった。

 この頃にはネットメディアの伸張が著しくなり、女性誌に限らず紙の雑誌がどんどん部数を落とした。街の本屋さんが激減し、駅の売店も減っていった。それは今も続く。

「JJ」12月号。不定期刊になる

 出版業界紙『新文化』編集長の丸島基和氏によると、雑誌の市場規模は1996年がピークで1兆5600億円だったが、2019年には5600億円になり、1兆円が消えたという。

 広告がネットに流れて激減したことが大きかった。電通によると、紙の出版物全体の広告費は19年まで15年連続で減少している。何とか食い止めようと広告獲得を目的にした誌面作りが増え、それを嫌った読者が離れ、広告をしても反響がないから広告主が離れる―という負のスパイラルに陥っている。そこにコロナ禍が追い打ちをかけた。

 日本雑誌協会によると、『ミセス』の場合、20年7~9月期の発行部数は5万8000部で、10年前の同時期(約7万4500部)から2割以上落ち込んだ(実売部数はさらに少ない)。関係者によると、他誌がデジタル化して紙媒体と並行するところが多いなか、その動きについていけず、コロナで広告の収益率がさらに落ちた。

 『ミセス』にはまた、他誌にはない特殊な事情もある。発行元が独立した企業ではなく、学校法人文化学園であることから、他の出版社が展開しているような通販やイベントとの連動、さらに他業種との連携による相乗効果を求めることが難しかった。そして、コロナ禍で留学生が来日できず、学校経営自体も見直される状況になっていたという。

 ファッションページの撮影にはモデル、カメラマン、スタイリスト、美容やヘアデザイナといった多くのスタッフが必要であることから、クラスター発生の危険性もあった。撮影がストップし、隔月刊にするなどして、しのいできたが、力尽きた。

 ■生き残れるか「紙の文化」

 現在、紙媒体の女性誌はミス向け、ミセス向けなど合わせて約100誌ある。ジェンダーが問われる今、「女性誌」という括りの雑誌の賞味期限がいつまで持つのか。各誌の生き残りをかけた模索が続く。

 雑誌は時代の空気を映しとる。パンデミックで人びとの生活環境も行動も大きく変化しつつある。それは価値観まで変容させるかもしれない。どのような雑誌が読者のニーズに応えられるのか。

 今後、デジタル化が加速することは疑いないが、それは紙の文化を完全に駆逐してしまうのか。紙の本や雑誌、街の本屋さんを愛する身としては、それらが生きながらえることを祈るのだが。

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