「32年間全力で走り抜けてきた」。ラグビー元日本代表のFB五郎丸歩(34)が、来年1月に開幕するトップリーグ(TL)のシーズン限りで現役を引退する。正確なキックを武器に活躍。2015年のワールドカップ(W杯)イングランド大会では世界を驚かせ、一躍時の人になった。日本ラグビーを象徴する存在として多くのファンを引きつけてきた五郎丸の軌跡を写真で振り返る。(47NEWS編集部)
1986年、福岡市生まれ。3歳でラグビーを始めた。1学年上の兄を追い、ラグビーの強豪・佐賀工高に進学した。
早稲田大時代に19歳で日本代表デビューを果たした。大学日本一を3度経験し、スター選手として将来を嘱望された。
その後、2008年にTLのヤマハ発動機に入団。「即戦力になれるように頑張っていきたい」と抱負を語った。
転機は12年、エディー・ジョーンズ氏(現イングランド代表監督)の日本代表ヘッドコーチ就任だった。就任直後の「世界トップ10⼊りを⽬指す」との⾔葉が、五郎丸の⼼境に変化を⽣んだ。
世界的名将が⽰した明確な⽬標。「なぜか分からないが、いけるという気持ちがあった。このチームのために全てを注ぎたいと思った」 。代表では「⼈⽣で最もきつい」猛練習に耐えた。世界でも当たり負けしない突破と防御を⾝に付けた。
こうして迎えた15年のW杯イングランド大会。初戦では強豪・南アフリカと対戦した。
ルーティンの「五郎丸ポーズ」でキックを次々と成功させ、1トライを含む24点をマーク。その名を国内外に知らしめた。
日本が南アフリカに挑んだ試合は、W杯24年ぶり勝利を挙げる歴史的快挙に。これまでの努⼒が報われ、試合後に断言した。「必然。ラグビーに奇跡はない」
続くスコットランド戦は10ー45と大敗したが、サモアとの第3戦では価値ある初の1大会2勝目を手にした。
「マン・オブ・ザ・マッチ(最優秀選手)」に選ばれた米国戦。3勝目を挙げたものの、勝ち点差によって1次リーグ敗退に。「ベスト8に行きたい気持ちが強すぎて…」と悔し涙があふれ出た。
帰国した日本代表選手を待っていたのは、一大ラグビーブームだった。キックのポーズ姿が注目された五郎丸は時の人に。自分だけが注目されることに違和感を抱きながら「ラグビーを知ってもらえるなら」と広告塔役も受け入れた。
「個人のチャレンジに走る最後の機会」と世界最高峰リーグ「スーパーラグビー」のレッズ(オーストラリア)、その後フランス1部リーグのトゥーロンを渡り歩いた。
「この貴重な経験を日本に還元したい」と17年に古巣のヤマハ発動機に復帰した。復帰シーズンでは、5季ぶり3度目の「ベストキッカー」に。18年9月にはトップリーグの通算得点記録を塗り替えた。
16日に開いた記者会見。来年3月で35歳になることを踏まえ「22歳で(ヤマハと)契約した時から35歳を迎える時に引退しようと決意していた」と説明した。
引退後については未定とした上で「残されたシーズンを、感謝の思いを胸に秘め、全力で戦いたい」と話した。