ふるさと納税「集めた寄付が評価の全て」 私が自治体職員を辞めた理由

By 助川 尭史

碧南市職員時代の坂本直敏さん

 好きな自治体に寄付をすることで税控除が受けられ、土地の特産品などが返礼品としてもらえる制度として定着したふるさと納税。今年の全体の寄付額は新型コロナウイルスの影響による巣ごもり需要の高まりも受けて好調に推移している。一方、自治体間の熾烈(しれつ)な競争は、返礼品のルールを定めて抑制を図った昨年6月の新制度開始後も、水面下で続いている。そんな中、自治体職員としてふるさと納税を担当し、疑問を感じてこの春、退職した男性がいる。三河湾沿いに位置する愛知県碧南市で返礼品の開拓に取り組み、寄付額を約3倍に押し上げた坂本直敏さん(37)だ。拡大を続ける制度の裏側で今、何が起きているのか。翻弄(ほんろう)される自治体の内情と退職に至った経緯を聞いた。(共同通信=助川尭史)

 ▽寄付を集めてなんぼ

 ―なぜ自治体職員を辞めることになったのですか。

 もともとは名古屋市のアパレル関係の会社で3年間、服の生地を売る営業をしていました。少数精鋭の出来高主義で、やりがいはありましたが、あまり気持ちの充実はありませんでした。営利目的で仕事をするのは僕に合ってないのかなと思ったときに、自治体職員に興味を持って、募集をしていた碧南市に2009年に転職しました。ふるさと納税を担当することになり、やりがいも感じていましたが次第に変わっていく町の姿に違和感を覚えるようになって、今年3月に辞めました。

 ―仕事はどんなことを。

 碧南市は人口約7万人で、ニンジンなどの農業がさかんなほか、トヨタの工場や火力発電所も抱えています。最初は税務課で、その後は町内会と市民祭りを担当するような地域に近い仕事をする部署にいました。ふるさと納税の担当になったのは17年です。当時、全国の自治体がふるさと納税に力を入れる中、碧南市でも担当課の中にふるさと納税を専属に担当する広報戦略係というのを立ち上げて、そこに配属になりました。

愛知県碧南市=2014年2月、共同通信社ヘリから

 ―ふるさと納税への理解はありましたか。

 実は異動は希望していませんでした。碧南市は当時から愛知県内でも寄付を集めていましたが(14、15年度の寄付額は県内1位)、庁内では担当課ぐらいしか意識がなくて、僕も「ふるさと納税って何?」というところから勉強しました。引き継ぎではとにかく寄付額を上げろと言われていました。市としては財政的に厳しいというより、町を有名にしたいというスタンスで、とにかく寄付を集めてなんぼという感じでした。前年に寄付額が落ちて、専属を置いたからには落とすわけにはいかない事情もあったと思います。ただ僕は正直、力を入れてやる意味が分かりませんでした。お金を稼ぐために、市民サービスの担い手の自治体職員が、なぜそこまで力を入れなきゃいけないのかって。

 ∇「うちの品も」地域が活性化

 ―なぜ力を入れて取り組むようになったのですか。

 たまたま14年に14億円を集めてふるさと納税ブームの火付け役になった長崎県平戸市など、頑張っている自治体の担当者が参加する研修に参加する機会があって、疑問をぶつけました。そこで、寄付が入れば今までできなかった行政サービスができ、地域の事業者も返礼品を出すことで潤う好循環をつくれることを知りました。変わったのはその時からです。事業者が収入を得て、その資金を元に新しい事業を立ち上げて地域を盛り上げるようにしようと、前向きに取り組むようになりました。

 ―担当として力を入れたことは。

 まずは新たな返礼品を開拓しました。担当期間で200品ぐらい増えたと思います。碧南市では今でも人気のうなぎや、他の自治体でやっていない甘栗が看板でした。以前は寄付を集めそうな品にこだわるあまり、品数増につながらなかったのですが、僕はとにかくいろんな事業者に参加してほしかったので、人気の品にこだわらず出品を呼び掛けました。その結果、地元の靴職人が作るベビーシューズや、パン屋のベーグルといった珍しい品のほか、一般に販売していないミックスナッツなども返礼品として出るようになりました。こんなものが返礼品になるんじゃないかと提案も積極的にしました。そんなに言うならお前が商品になれば良いじゃないかと、地元のお米屋さんが僕の名前と似顔絵をパッケージにしたブレンド米を返礼品として提供してくれたこともありましたよ。

坂本直敏さんと返礼品のお米

 ―結果的に18年度は7億円、19年度には20億円を集めることに成功しましたね。

 新たに追加した品自体が寄付額の大幅増に寄与したわけではないです。結局、人気の品は変わらない。ただ参加する事業者の数が増えたのは大きかったです。今までは一部の事業者と担当職員が頑張っていたんですけど、さまざまな事業者が参加するようになって、「うちの品も返礼品になるかも」と地域全体が関わるようになりました。返礼品の種類が増え、興味を持つ寄付者の幅も広がりました。寄付額もそうですが、寄付件数が3倍以上に増えたのもうれしかったですね。(16年度:約3万5千件→19年度:約11万5千件)

 ∇寄付の多くは貯金されるだけ

 ―集めた寄付は何に使われたのですか?

 基本的には市の一般財源に組み込むだけでした。今年は新型コロナの影響で経営難の病院を支援するクラウドファンディングに取り組んでいましたが、それまでは市の幹部も、寄付額の数字ばかり気にして、実際何に使うかまでは興味がありませんでした。担当としては、もっと使い道を明確にするべきだと思っていましたが、個人的な思いだけで変えるのは難しかったです。

 ―碧南市は18年9月には東京都内の税理士に謝礼を払い、寄付の仲介を依頼していたことが発覚。総務省に「不適切」と指摘され、撤回に追い込まれました。

 どの自治体も寄付を仲介するポータルサイトに手数料を払っているので、同じ意味合いでネットになじみのない人にも働き掛けるという課としての判断でした。寄付を集めたい思いが空回りした結果だと思います。ただ意外だったのは、個人的に事業者に騒動についての謝罪回りをした時に「他の自治体がアマゾンギフト券を送ったりしているんだから、それぐらいやらないと寄付は集まらない」との意見が、半数ぐらいの事業者から聞かれたことです。すでにふるさと納税の返礼品は事業者にとって大きな収入源になっていました。

 ―その頃から退職を考えるようになったのですね。

 碧南市を盛り上げようと取り組んできたのに、寄付の多くは貯金されるだけ。寄付を多く集めることで町の発展につながれば良いと取り組んできましたが、結局制度に振り回されているだけなのでは?と感じるようになり、民間への転職を考えました。ふるさと納税は、地域を良くするツールの一つとして魅力を感じたので、自治体職員ではない形で関われないかと思い始めたのです。

 ▽自治体は使い道アピールを

 ―現在の仕事は。

 今年3月に市役所を辞め、4月からは自治体に向けたふるさと納税の寄付データや返礼品の配送を管理するシステムの開発などを手がける「シフトプラス」(大阪市)に移りました。今は地元の愛知県高浜市に事務所を構えて、11月に立ち上げた各ポータルサイトの返礼品を比較するサイト「ふるさと納税バイブル」への掲載を全国の自治体に呼び掛ける営業をしています。サイトの特徴は、寄付の使い道や返礼品の提供事業者の声などをまとめた記事を前面に押し出して、還元率など競争をあおるような表記はしないことです。僕がまさに現役の時に感じていたことですが、自治体が寄付を集めた後の使い道や取り組みについてフォローし、寄付先を選ぶ基準の一つにしてもらうのが狙いです。

ふるさと納税バイブル

 ―お得さを重視したい寄付者にとっては興味がない情報ではないですか。

 おっしゃるように、ふるさと納税バイブルも他の比較サイトと同様に返礼品を紹介して、ポータルサイトからお金をもらうアフィリエイト形式のサイトです。これだけ比較サイトが増えたのも、恩恵を最大限に受けたい寄付者が多いという証しですし、寄付額を伸ばして自治体の経済を回す観点からは、無視できないと思います。昔は自治体の取り組みの紹介に力を入れるポータルサイトもありましたが、今は返礼品を強調した通販サイトのような見せ方をしなければ競争に勝てません。でもそこを導入としつつも、自治体の思いにも触れてもらえるようつなげることで、ふるさと納税の本質的な部分のファンになってもらえる仕組みを作りたいです。

 ―なぜ多くの自治体は寄付の具体的な使い道を示せていないのでしょう。

 そもそもふるさと納税の仕組み自体が今までの行政の仕事になかったのが原因です。周辺自治体が力を入れているからという理由で取り組む担当者も多いですし、急拡大する規模に自治体が対応しきれてないと感じます。さらに寄付を集める部署と使い道を決める部署が違う自治体も多々あります。縦割りの弊害ですね。寄付を集めることばかりに注力して使い道を示さないのであれば、寄付者は返礼品の内容だけで選ぶしかないですよね。

リモート取材に応じる坂本直敏さん

 ―新制度から1年半。ふるさと納税は今後どう展開していくべきですか。

 寄付をする動機はなんでも良いと思っていて、自治体を応援したいという理由がなくても、返礼品のお得感で選んでも、節税対策でもいいと思います。最後は地域の活性化につながればいい。入り口はさまざまでも出口だけはしっかりしてほしいです。自治体が集まった寄付を何かあった時のために貯金したくなる気持ちは分かりますが、うまく活用して成果を表に出せるようになれば、より良い制度になると思います。僕は「ふるさと納税バイブル」を通じて、寄付者に伝えたいのと同じぐらい自治体の担当者にも「寄付金を使ってこんなに面白い取り組みをしている町があるよ」と伝え、奮起を促したいです。ノウハウを提供してお手伝いする準備は整っています。

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