ニューロマンティックだけじゃない!ABCがアシッドハウスに変貌した! 1989年 10月16日 ABCのアルバム「アップ」が英国でリリースされた日

「ルック・オブ・ラブ」から7年、世に放たれたアルバム「アップ」

ABCと言えば、デビューアルバム「ルック・オブ・ラブ(The lexicon of love)」からシングルカットされた「ルック・オブ・ラブ!!」があまりにも有名でありますが、その後さまざまな紆余曲折を経て、当初のバンド編成からリーダーであるマーティン・フライとマーク・ホワイトの2人組とサポートメンバーによる組み合わせに。そうしたなか1989年、世に放たれたアルバムが『アップ』であります。本日はこのアルバムについてお話をしたいと思います。

デビュー当時は折しもニューロマンディックと言われるムーブメントがありました。プロデューサーであるトレヴァー・ホーンの手になる煌びやかで外連味たっぷりなエレクトリック・ロックを基調としたスタイルは、大いに世に受け入れられたわけですが、このアルバム『アップ』では、当時まだまだポップミュージックとしては受け入れられていたとは言い難い “アシッドハウス” というスタイルが取り入れられています。

とは言え、そこはマーティン様のソウルフルなヴォーカルがグイグイ引っ張るスタイルは変りなく、R&B風のコーラスなども相まってマーティン・フライが愛するブラックミュージックへの憧憬が顕著に反映されているとも思えるのです。

実はこのアルバム、セールス的には成功したとは言えず(全英最高位56位)ポップミュージックとしては失敗ということになるのでしょうか。しかしながら、ハウスビートが普及した現在改めて聴いてみるとダンスミュージックとして大変完成度が高く、今にして思えば先に進みすぎて大衆を置いてきぼりにしてしまった感があるのかもしれません。いわゆるハウスミュージックが勃興したのはこのアルバムが発売された頃と前後する80年代後半だったことを踏まえれば、このテイストが一般的だったとは言い難かったように思います。

ボーカルはマーティン・フライ、社会的な内容の歌詞にも注目!

先程も申し上げた通り、やはりABCはマーティン・フライ様のボーカルが命! ということは、やはり歌詞にも注目です。デビュー当時は様々な内容のラブソングが中心でしたが、こちらでは社会的な内容の歌詞が多くなっています。このアルバムの3曲目に(収録された)「ワン・ベター・ワールド」という曲でマーティンはこのように歌います。

 人を判断するときに肌の色で考えない
 同性愛かどうかなどは
 気にするようなことではない
 より良い世の中をみんなで分かち合おう

現代でも “Black lives matter” などの人種差別反対運動が続く中で、1989年の英国でこのように歌われているということは大変に興味深いです。同性愛に言及したのは1980年代を席巻したAIDSの流行の影響もあるのでしょう。

デビッド・ボウイやロキシーミュージックに比べて大衆的?

このように、ABCのサウンドはアシッドハウスに、歌の内容は社会的に変貌したこの『アップ』というアルバムは、ちょっと早くやってきた大人のためのポップアルバムとして、懐かしさをあまり感じることなく楽しめる1枚であると言えるでしょう。

そしてこのような変貌を求めたマーティン・フライはバンドリーダーとしてはワガママでグイグイ引っ張るタイプなんだろうな、と思いますが、ひとつ所に留まることなくひたすら “その時にカッコイイと思ったことを追求する人” なんだと思います。そして時折引き合いに出されるデビッド・ボウイやロキシーミュージックに比べての彼のこだわりは、彼らより大衆的でありたいのだろうと思います。そこが大好きなんですね。マーティン様、貴方はいつでもカッコイイ!

最後に余談ですが、このアルバムのドラム・パーカッションにして、初期メンバーであるデビッド・パーマーは、1枚目のアルバムのツアーで来日した際に日本を気に入ってしまったのと、高橋幸宏さんの『YUKIHIRO TOUR 1983』とYMOの『散開ライブ』のドラマーとして声がかかってしまったため、日本にステイアウトしてABCを脱退してしまいました。そんな過去があるために、両方のファンである身として若干負い目を感じるのですが、こういうところでお名前を拝見するとほっとするものですね。彼は今でもマーティン・フライとは仲が良く、最近はロッド・スチュワートのツアーメンバーなどをやっているようです。

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カタリベ: KZM-X

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