欧州のIT大手SAPがサステナビリティ実践と推進の手法を明かす

約44万社がシステムを導入し、世界の全商取引の約77%にそのシステムが利用されているという欧州最大級のソフトウェア会社、SAP。ドイツに本拠を置き、企業経営の基幹システムといったITを事業領域とする同社は、国連のSDGs推進パートナーに選ばれるなどサステナビリティに先進的に取り組んでいる。同社が11月27日に開催したウェビナー「国連 SDGs 推進パートナーの SAP が初めて明かす、サステナビリティ戦略・実務の中身」ではその軌跡と、SAPジャパンが社内外のサステナビリティ推進で行う現場の取り組みや思いが赤裸々に語られた。(サステナブル・ブランド ジャパン編集局)

実践と推進支援を両輪でパーパスの実現目指す

SAP SE Chief Sustainability Officer, SAP SEのダニエル・シュミット氏

「サステナビリティはSAPのPurpose『世界をより良くし、人々の生活を向上させること(Help the world run better and improve people’s lives)』を実現するために、重要です」――。SAP SEのChief Sustainability Officerのダニエル・シュミット氏はウェビナー冒頭、そう話した。SAPの「サステナビリティを追求する旅」が始まったのは2009年のことだ。その頃から同社は自社内での実践(Exemplar)と外部推進支援(Enabler)という2つの役割でサステナビリティを推進してきた。

SAPはサステナビリティの目的と定義を「プラネタリー・バウンダリーの中で経済・環境・社会にとってプラスの影響を与えること」と定めている。その推進のため、実践と外部推進支援はどちらも等しく重要だとシュミット氏は説明する。

具体的な重要項目の一つは、気候変動への対応だ。SAPは今年、外部推進支援として戦略的プログラム「Climate21」を開始した。自社の実践としても、エコロジカルフットプリントの大幅な削減(2025年までにゼロ)を目標にし、製品や事業活動における温室効果ガスの排出量を最小限に抑えることを目指しており、パリ協定の1.5度目標に沿ったSBT(Science Based Targets)にもコミットした。

2つ目の重要項目はサーキュラー・エコノミー(循環型経済)だ。SAPは基幹システムに実績を培ってきた企業だが、どのようにサーキュラー・エコノミーの構築に関わるのだろうか?

シュミット氏によれば、例えばサプライチェーンの透明性を担保し、予測能力やトレーサビリティを高めることで、生産者と再利用可能な材料を結び付けることができるという。確かにこれはSAPの強みが生かせる領域だ。

気候変動の問題を語るとき、エネルギー効率と再生可能エネルギーへのシフトが欠かせない。しかしエレン・マッカーサー財団の研究によると、これだけでは世界の全排出量の55%にしか対応できず、残りの45%は調達、製造、消費といった経済活動から排出されている。シュミット氏は「私たちは、資源を浪費しているのです。だからこそ、今、私たちは自分たちのやり方を変える必要があります。SAPでは、気候変動と循環型経済は密接に連携しています」と力を込めて訴えた。

コロナ禍にあって確かに地球全体の温室効果ガスの排出量は減少した。しかしそれでも、人類総消費量が地球の生産量を超える「アース・オーバー・シュートデー」は8月から9月へと、3週間先送りになっただけだった。SAPは国連のSDGs推進パートナーとして積極的に取り組み、世界中の顧客、パートナー、政府、NGOと協力して活動を進める。シュミット氏は、最後に参加者への働きかけでその発表を締めくくった。

「世界の経済、社会、そして環境に関する課題を解決するために、サステナビリティをめぐるこの旅に、ぜひ参加してほしいと思っています」

SAP ジャパン改革責任者が語るサステナビリティの軌跡

SAPジャパン常務執行役員 チーフ・トランスフォーメーション・オフィサーの大我 猛氏

大我 猛氏は、シュミット氏が語った全体象を掘り下げて詳細に解説した。同氏はSAPジャパンで企業の変革、新規事業の実践、新規事業の伴走をミッションにしている。

グローバルでSAPはMSCIのESGレーティングでAAAを獲得し続け、ダウ・ジョーンズのサステナビリティインデックスのソフトウェア部門では14年連続1位に輝くなど、そのESGへの取り組みは対外的に高い評価を得ている。もちろんその推進体制は一朝一夕で出来上がったものではない。

SAPは5つの具体的なフォーカスプログラムを定めている。「気候変動アクション」「循環型経済」「全てにおける平等」「熟練でインクルーシブな労働人材」「ソーシャル・アントレプナー」だ。どのプログラムでも「倫理面での徹底」と「統合的な運営と報告」を大事にしている。そしてもちろん、SDGsのフレームワークにも対応している。

シュミット氏が冒頭に語ったように、SAPのPurposeである「世界をより良くし、人々の生活を向上させること(Help the world run better and improve people’s lives)」を実現するために、この枠組みにEnabler(他社の推進支援)とExemplar(自社での実践)という2つの側面からアプローチしている。

まずEnablerとして、そもそもサステナビリティは企業活動の根幹と考えるべき、と訴える。今回SAPが気候変動対策として発表したプログラム「Climate21」の第一弾の製品が SAP® Product Carbon Footprint Analytics だ。 企業活動のさまざまな場面で排出されるCO2量のデータを可視化し、削減の取り組みを支援する。

全世界の企業取引の約77%にSAPのシステムが関与していると言われており、そのような社会責任のインフラを担うSAPがこのような活動に踏み切る意義は極めて大きい。

次にExemplarでは、2012年から発表している「統合報告書」がまず挙げられる。非財務指標を明確に数値化した報告書は、経産省のESG研究会の題材としても取り上げられた。非財務情報との繋がりまでを論理的につなげて開示することで、社外ステークホルダーからの透明性もさることながら、社内においても幅広い視野を備えた思考(統合思考)にもつながり、経営の意思決定に貢献しているという。

「会社への愛着心」や「社員定着率」などが1ポイント改善すればどれくらい営業利益に効果があるのかを明確に示したSAPの統合報告書。これまでのデータから回帰分析し算出している。

さらに、社内向けの情報開示にも積極的だ。全世界のSAPのサステナビリティ・ダッシュボードは全従業員に開示され、社内の誰もがデータにアクセスできるようになっている。自分が働く国単位や、グローバル共通で自身が所属する社内組織単位でもデータを確認できる。

2019年には、Value Balancing Alliance (VBA)の発起人の一社にもなった。財務指標だけを重視するのではなく、環境や社会に対するインパクトも組み込むことで新しい企業価値のモデルづくりを目指す団体である。日本からは三菱ケミカルが加入しており、共に新しい社会における価値創造を目指している。

課題大国から課題解決先進国へ

サステナビリティを実践しPurposeを実現するためには、それらを経営層から従業員にどのように落とし込むか、という課題も越えなければならない。Purposeが経営の視点でどのような意味を持つのか、大我氏は次の図で説明する。

左は従来的な世界観。Purpose-ledによって経営視点では右側の世界観に変化が起こるとSAPは考えている

さらにオペレーションへと価値観を落とし込むために、SAPでは非財務指標も重視しているという。例えば、四半期ごとにグローバル地域内で一番業績の良かった国(マーケットユニット)を選ぶ場合、利益だけなく女性の管理者比率や従業員の定着率といった非財務指標も細かく数値化され、総合点で判断する。

このように、非財務指標を埋め込んだKPIを浸透させることは「守りの変革」だと大我氏は説明する。そして従業員のハートに響きPurposeを引き出すのが「攻めの変革」で、攻守の変革を両輪で行う。

SAPはグローバル企業だが日本に特化した取り組みも行っており、具体的には2012年に、「ニッポンの『未来』を現実にする」として2032年の将来のありたい姿を定義した。

大我氏は「日本は課題大国と言われていた。『課題大国から課題解決先進国へ』。それが私たちの思いです。SAP一社ではできないことも、皆さんと取り組みを進めていきたい」と話した。

SAPジャパン ソリューション統括本部 CoE サステナビリティ推進 AI Evangelistの福岡 浩二氏

福岡 浩二氏は、SAPジャパンでサステナビリティ推進の実務を担当する。以前からAIの推進を担当していたという。福岡氏は社内外への取り組みの拡大や推進について、現場の話を赤裸々に語った。

SAPが国連のSDGs推進パートナーに選ばれてからの3カ月で、同社への相談はかなり増えたという。その経験を通じて、多くの企業は「経営の視点から見て、経営方針からSDGsに沿ってマテリアリティを設計し、業務の流れに落とし込んで担当者を決める」という形までは進めているという感覚を持っている、と福岡氏は話す。

一方で共通の課題が浮き彫りになっているという。設計まではしても、そこからなかなか人が動かないことだ。特に担当者以外は他人事化してしまうケースが珍しくない。

福岡氏はアナリティクスを専門としていた経緯もあり「データ至上主義だった」と自身を振り返る。「ヒト・モノ・カネ」を束ねるデータこそが最重要だと思っていたという。しかしサステナビリティの推進を担当し、経験を重ねる中で「形だけでは不十分で、重要なのはやはり人」だと痛感した。特にサステナビリティというテーマに関しては「徹底的に人ありき、というのが今の感覚」だと明かす。

体験の共有で仲間をつくる

今でこそPurposeという言葉がメディアでも見られるようになったが、SAPでは長年それを重視し、大我氏が触れたとおり活動に落とし込んできた。現場視点で安心出来るのは、経営層自らが社内外にPurposeを積極的に伝えようとしており、また従業員からのリーダー信頼スコアを統合報告書で透明化していることだという。そしてもう少し日常の視点では、硬直化しがちな年単位の人事考課制度を辞め、代わりに1on1で上司と話し合う頻度を高める制度(「SAP TALK」と呼称)をあげる。それによって、自身が今やりたいことを常に可視化し、必要なサポートを得ることができるというのだ。

福岡氏はまた「個人の反省」として次のように語った。一つはサステナビリティはテーマが広く、基礎知識や感度が人によってかなり違ってくるため、「知識の押し付け」になってしまい、逆効果を生むことになる。もう一つは、元々の経歴であったデータ分析を重視しすぎ、マイクロ管理に陥ってしまったことだ。そうするとギスギスしてしまい、何を評価指標に置くべきなのか、など不毛な議論を誘発してしまう。

これらの障壁をどのように改善しているか。福岡氏は会社の中で、従業員に専門の知識を身に付けさせるのではなく、やりたい人を募り、各自の体験を分かち合うコミュニティ化を重視するようになった。これが上手く機能し始めたという。

またマイクロ管理の逆で、サステナビリティはこういうものだというあるべき論を取り払い、ある程度の曖昧を許容し、発信、認知することを心掛けるようになったという。特に「評価」するのではなく「対話」をする重要性に着目した。例えば、福岡氏は社内向けに月次単位でニュースレターを発信している。当初は読まれず、関心も持たれなかった。そこでコミュニケーションの工夫をした。

福岡氏はここで最近の経験談に触れる。2020年10月に、過去ノーベル平和賞を受賞したグラミン銀行の創設者ムハマド・ユヌス氏が、SAP社内イベントに登壇した。日本では開催時間が夜間で参加は困難であったので、コミュニティのメンバーが参加し、チャット上で議論した。

講演は「貧困」という、自分事化することが難しいテーマだ。それを単に話した内容を共有しても、読む人は少ないだろう。そこで、「ユヌス氏が何を話したか」だけではなく「それを聞いて自分はどう思ったか、こうしようと思っている」という自分事の体験を重視して社内に共有した。そうするとデータ上でもわかりやすいほどに読まれるようになったという。

また、発信時には必ず匿名でもいいので対話の仕組みをつくる。大半の従業員は多忙であるため、すぐに別のことで忙殺されてしまう。そこで、イベント直後や最中に、参加者からの声や熱量を、できれば数値評価だけでなく、コメントとして受け取り「対話」することを心掛けている。ゼロから環境を開発するのは大変だが、幸い自社製品のSAP Qualtricsというコミュニケーションハブがありそれをフル活用している。

その効果は目覚ましく、能動的にかかわってくれる人が増え、そこから新たに仲間が増えるというループができはじめているという。

次に外部推進支援の立場として、Climate21によるCO2削減ソリューションについて、福岡氏は「重要なのはITツールだけでなく、進め方のプロセスではないか?」と投げかける。

多くの企業では、各部門がEXCEL等を使って人力で非効率にCO2排出データを収集し、それをCSR報告書等に報告すること自体に負荷がかかってしまうというケースが見られる。まずはその業務をITで効率化することによって、負荷を削減するだけでなく、データの信ぴょう性を高めることが先決であるという。

次の段階として、できた時間でAIも援用して問題点を発見し、CO2排出量削減に向かう判断につなげていく。そして最終的には、SAP自身が実践しているように、その他非財務・財務情報とも統合して、ステークホルダーにとって本当に価値のある活動になっているかを振り返るための素材にしていく、というわけだ。

最後に、福岡氏は次のように語った。

「サステナビリティ推進に関わり、いかに人が重要かを痛感しています。その内発的動機付けのために重要なのは2点。ひとつは多様性で、特に20代の人たちの社会課題への意欲と推進力には私自身、毎日助けられています。また、社外の異業種を混ぜることも場づくりには大事です。

そして何より、サステナビリティを推進する私たちが楽しむということを忘れないでください。でなければ活動を持続するのが難しく、楽しみながら行えば人も集まってきます。そして楽しむためにはいかにPurposeを見出せるのか、それを重視していただければ、と思います」

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