東京・日比谷のカリスマ書店員がストリッパーになった日 素質見抜いた〝かあちゃん〟のサプライズ

 本屋のレジに立っていたと思ったら、次の日は劇場のステージでドレスを肩から滑らせる―。型破りな手法で本を売り「カリスマ」と呼ばれる書店員が、新人ストリッパーとして活躍している。踊り子への道を開いたのは、素質を見抜いた〝かあちゃん〟のサプライズだった。(文と写真 共同通信=武隈周防)

ステージに立つ新井見枝香さん=9月、神奈川県大和市

 ▽無邪気さとずぶとさ

 東京・日比谷の書店に勤める新井見枝香さん(40)は2014年、独自に「新井賞」を創設した。お薦めの本の注目度を上げるためのアイデアで、芥川、直木両賞と同日に発表しており、今では他店でも宣伝に使われる。勤務先の店長曰く、強みは「無邪気さとずぶとさ」。店には「新井さんから本を買いたい」と客が訪れる。「カリスマ書店員」と呼ばれるようになり、テレビやラジオへの出演依頼が後を絶たない。

東京・日比谷の書店に立つ新井見枝香さん=9月

 ▽服着てると分かんない

 ストリップと出会ったのは18年6月。旧知の作家、桜木紫乃さんに誘われ、東京・上野の繁華街にある30人も入ればいっぱいの「シアター上野」を訪れた。ステージから2列目の席で、衣装がなびくことで起きる風を頰に感じながら、音楽に合わせて、少しずつ肌を露わにする踊り子たちに見入った。「美しいな」

 とりわけ心を奪われたのは、ベテランの相田樹音さん。拳を振り上げて客を盛り上げたかと思うと、情念たっぷりに舞う。「ああ、こりゃ特別だ」と直感した。劇場を出た後、新井さんはとうとうと感想を語った。普段の口数の少なさを知る桜木さんは、驚きつつも喜んでいたという。

 それ以来、樹音さんが出演するステージを中心に、各地のストリップ劇場を巡るようになった。肌、肉付き、しわ、傷跡…。銭湯でも極力目をそらしていた他人の裸。じっくり見るようになって気付いた。「人の体って、生きてきた蓄積がとてつもなく詰まっている。服を着ていると分かんないんですよ」。価値がとても低いと考えていた自分の体も「思っていたよりも特別なもの」と感じるようになった。

 ▽あうんの呼吸

 「楽屋に来て」。1年余りたったころ、いつしか親しみを込めて〝かあちゃん〟と呼ぶようになっていた樹音さんから、秘密の作戦を持ち掛けられた。

 来場する桜木さんを驚かそう―。

 客席を抜け出し、初めて足を踏み入れた舞台裏。手渡されたスパンコールがびっしり付いたショートパンツに脚を通し、真っ赤な口紅を引くと、樹音さんと一緒にステージに飛び出した。客席にいた桜木さんらは驚くやら喜ぶやらの大騒ぎ。

 9月、神奈川県大和市

 樹音さんには、ある確信があった。「見枝香ちゃんは、劇場に来る度、じーっと真剣に舞台を見てる。この子がステージに上がれば、違う景色を見て、もっと喜ぶはず」。打ち合わせは「3秒だけ」。樹音さんが振り返る。それでも息はぴったり。「あうんの呼吸で合わせてくれるの。ずっと見ていてくれていたから、私の癖とかタイミングが分かるんでしょうね」。

 9月、神奈川県大和市

 約20分のショーの終盤、賞賛を示すリボンが客席から滝のように投げ込まれた。「ふと見枝香ちゃんを見たら、幸せな顔して泣いてんの。にこにこ笑いながら涙流して喜んでね。私の今までの舞台で、一番バラ色の時間だった。この子は幸せのかたまり。これからたくさんの人を幸せにするだろうと思った」。舞台袖で新井さんに声を掛けた。

 「踊り子にならない?」

 新井さんは書店員を続けながら踊り子になる道を選んだ。「何かを捨てるという選択肢はなかった。面白そうだからやろう、と」。周囲の反応は「かっこいいじゃん」。思ったよりも好意的だった。デビューは20年2月。福井県あわら市の温泉街にある「あわらミュージック」で、緊張もせず、のびのびと楽しんだ。劇場の長廻圭社長(44)は、「ダンスやヌードの仕事をしていた踊り子はいるが、全く違う業種で活躍している人がデビューするのはあまり聞いたことがない」と語る。

福井県あわら市の温泉街にある「あわらミュージック」

 ▽出会わなければ

 東京や神奈川、埼玉、大阪などの劇場に出演している新井さん。10月。あわらミュージックでの終演後、踊り子総出で仕込んだ、大きな鍋いっぱいのカレーを何度もお代わりしていた。温かい眼差しを送る樹音さんは、3月にけがをして舞台を離れ、しばらくリハビリに励んだ。なじみのお客さんたちから次々と送られてくる新井さんのステージでの様子を知らせるメールや、新井さんから届くお薦めの本が大きな支えになった。「見枝香ちゃんが頑張ってる姿をそばで見たいから、またステージに戻ろうと思いました。踊り子になってくれてありがとうって気持ちでいっぱいです」

楽屋で〝かあちゃん〟こと相田樹音さん(右から2人目)と食卓を囲む新井さん(左)=10月、福井県あわら市

 エッセイストでもある新井さんは、幕あいの楽屋でいくつもの連載を執筆する。ショーが空回りしても、原稿の締め切りが迫って四苦八苦しても「そんな状況にいる自分が面白い」。女性向けのストリップ劇場入門コミックにはこう寄稿した。

 ―ストリップに出会わなければ、私はずっと、自分の身体を粗末に扱い続けただろう―

 10月、福井県あわら市

 新井さんは樹音さんとともに、1月1日から10日まで「大和ミュージック」(神奈川県大和市)に出演予定。〝親子〟でステージを盛り上げる。

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