トランプ氏にかかわる複数の訴訟や捜査 大統領でなくなったらどうなる

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現職大統領は訴追しないという米政府の不文律のもと、ドナルド・トランプ大統領は刑事・民事を問わず、訴訟や捜査から事実上は守られてきた。大統領選に敗れたトランプ氏が来年1月20日に民間人に戻ると、事態は変わるのだろうか。

すでに複数の側近に恩赦を与えたり刑を免除したりしてきたトランプ氏は、家族や側近、ひいては自分への恩赦を検討していると報道されている。

しかし、大統領の恩赦が適用されるのは連邦法に関する事件のみ。民事事件や州法に絡む事件に大統領の恩赦は及ばない。また、大統領が自分自身を恩赦することは、合法性を疑問視する意見があり、前例もない。

「退任を機に、空気が変わる」と、連邦とニューヨーク州の検事を歴任したダニエル・R・アロンソ氏はBBCに話した。「もはや大統領権限をもって捜査を免れることはできなくなる」。

特に深刻なのは、トランプ氏と一族の会社「トランプ・オーガナイゼーション」に対してニューヨーク州で継続している事件捜査だ。加えて、家族による詐欺の疑いや、トランプ氏自身による性暴力の疑いについても、訴訟が進展している。

トランプ氏にかかわるいくつかの訴訟や捜査を検討してみる。

不倫の口止め料疑惑

米男性誌プレイボーイのモデルと、ポルノ女優がそれぞれ、トランプ氏と性的関係をもち、2016年大統領選の前に口止め料の支払いを受けたとして、2018年に名乗り出た。

これを発端に2件の捜査が始まった。一つ目は、連邦法の選挙資金法違反に関するもので、トランプ氏の長年の顧問弁護士だったマイケル・コーエン元弁護士が口止め料の支払いを認めた。コーエン元弁護士は2018年、選挙資金法違反や偽証などの罪で有罪となり、禁錮3年の実刑判決を受けた(現在は自宅軟禁中)。

コーエン元弁護士は、口止め料の支払いはトランプ氏の指示によるものだったと証言した。しかし、トランプ氏は訴追されなかった。これはなぜなのか。

第一に、トランプ氏を起訴するには、検察はトランプ氏が確かに口止め料の支払いをコーエン弁護士(当時)に指示したと立証する必要があった。第二に、たとえ検察が十分な証拠を得ていたとしても、現職大統領を連邦法違反では訴追しないというのが、司法省の不文律になっているからだという。

ただし、事件はこれでおしまいではない。

この口止め料の支払いについては、まだニューヨーク州で捜査が続いている。

同州マンハッタン地検のサイラス・ヴァンス検事は、この支払いに関する決算書類をトランプ・オーガナイゼーションが粉飾した可能性を調べている。

ただし、ヴァンス検事が起訴できるだけの証拠を手にしているかは、まだ不明だ。

事業に関する記録の改ざんはニューヨーク州法では、最長1年の禁錮刑の対象になり得る軽罪だ。

ただし、ニューヨーク州では軽罪の公訴時効は2年。つまり、「口止め料の支払いは2年以上前のことなので、ここでは(起訴は)無理だろう」とアロンソ氏は言う。

ただし、ニューヨーク州では、脱税など他の犯罪の隠蔽を目的とした事業資料の改ざんは、重罪に当たる。重罪の時効はもっと長く、量刑も重い。

しかし、これが訴追に至るかどうかはあいまいだ。コーエン元弁護士が有罪になった連邦法の選挙資金法違反について、ニューヨーク州が州法でトランプ氏を起訴できるのか、はっきりしない。

そこで、ヴァンス検事のその他の捜査が関係してくる。

税金と銀行口座について捜査

ヴァンス検事は、トランプ氏の8年分の納税記録など財務資料の提出を求め続けている。

トランプ・オーガナイゼーションの顧問弁護士は2019年8月、検事が送った召喚状について、「政治的な攻撃」だと強く反発。それ以降、トランプ氏はこの召喚状に抵抗を続け、差し止め請求の訴えを起こして、政治的いやがらせだと主張してきた。

これについて昨年10月にはニューヨーク連邦地裁が、納税記録の提出を命令。今年7月には連邦最高裁が大統領の免責主張を退けて下級審に差し、さらに10月にはニューヨーク連邦高裁が、改めてトランプ氏側に提出を命じた。

トランプ氏が提出を拒み続ける納税記録の重要性を、ヴァンス検事は繰り返し強調。今年8月には、「トランプ・オーガナイゼーションで幅広く、かつ長期間にわたり続いた可能性のある犯罪行為の疑い」が広く報道されていることに触れ、そこには保険金詐欺や預金詐欺が含まれる可能性もあると述べた。さらに9月には、証拠が得られれば税金詐欺も起訴対象になり得ると、検事は指摘した。

ニューヨーク州では、脱税など税金詐欺は場合によっては重罪として起訴されることがあり、有罪になれば長期刑もあり得る。ただし現時点では、ヴァンス検事が指摘する「犯罪の疑いの報道」は立件されたわけではなく、捜査のきっかけに過ぎない。

トランプ氏は今後、連邦高裁の開示命令を再び最高裁へ上告するものとみられる。その際の最高裁判断はトランプ氏にとってきわめて重要なものとなる。

ジョージ・ワシントン大学のジョナサン・ターリー教授は、トランプ氏にとって最も深刻な捜査は、納税と預金記録に関するものだとBBCに話した。「ただし、そこで刑事事件として立件されるかは、まだ不明だ」。

ヴァンス検事が事件を立件し、起訴できるかどうかは、納税記録が提出されるか、そしてそこに何が書かれているか次第だ。

不動産詐欺疑惑

ニューヨーク州ではレティシア・ジェイムズ州司法長官も2019年3月以降、トランプ氏に対する捜査を指揮している。

トランプ・オーガナイゼーションが不動産詐欺を行った疑いに対するもので、この疑惑もまた、コーエン元弁護士がきっかけとなっている。元弁護士は2019年2月に連邦議会に対して、トランプ氏はローンの担保にするため自分の不動産資産の評価額を実態よりかさ上げする一方で、固定資産税を引き下げるために資産評価額をできるだけ低く申告したと証言したのだ。

コーエン元弁護士の証言をもとに、ジェイムズ州司法長官はトランプ氏の不動産業に対する捜査に着手した。そしてヴァンス検事と同様、ジェイムズ長官も情報開示をめぐりトランプ氏側と争うことになった。

トランプ氏の次男で、トランプ・オーガナイゼーションの副社長、エリック・トランプ氏は、ジェイムズ長官が「政治的報復」を仕掛けているのだと反発した。それでもエリック氏は今年10月初め、ついにジェイムズ長官の事務所で宣誓証言の聴取に応じた。

ジェイムズ州司法長官が捜査を先へ進めるには、今以上の証言と情報を必要としている。

大統領在任中のトランプ氏は、大統領としての職務が忙しすぎて、訴訟になどかまっている暇はないという態度だった。しかし今後は、その言い訳は使えなくなる。

ジェイムズ長官は大統領ではなくなったトランプ氏に対して、息子のエリック氏にしたのと同様、宣誓下の証言を求めるかもしれない。

「大統領が被告の場合、ほとんどの裁判所は裁判日程などについて、大統領の都合に大幅に合わせるだろう。だが一般人となったらそうはならない」と、アロンソ氏は言う。

憲法の報酬規定

合衆国憲法は、公職に就いている者がその立場を利用して利益を得てはならないと規定している。これは「emolument(報酬)」規定と呼ばれる。

トランプ大統領はこの報酬規定違反を繰り返してきたと、しばしば批判されている。

合衆国憲法は、大統領を含むすべての連邦政府職員は、内容を問わず外国から報酬を受ける際には必ず事前に連邦議会の承認を求めなくてはならないと定めている。

これに関連して、トランプ氏はこの手続きに従わなかったという訴訟が複数、提起されている。そのうちのひとつは、首都ワシントンにあるトランプ・インターナショナル・ホテルに宿泊することも、トランプ氏が大統領の地位を通じて金銭的利益を外国政府から得ていることに相当すると主張している。

トランプ氏はこうした批判について、「でたらめな報酬規定」を嘲笑し、現職大統領が金銭的利益を得たことは過去にもあると反論している。

法曹関係者の多くは、報酬規定を根拠にした訴えの多くは、裁判所が棄却したり原告が訴えを取り下げたりする展開になるだろうと話す。民主党議員団が起こした訴えのひとつはすでに、連邦最高裁に退けられている。

一方で、コロンビア特別区(首都ワシントン)のカール・ラシーン司法長官は、2017年大統領就任式を取りまとめた大統領就任委員会が、非営利目的で集めた献金を使い、過剰に水増しされた価格でトランプ・インターナショナル・ホテルに利用料を支払ったとして捜査を進めており、12月初めにトランプ氏の長女、イヴァンカ・トランプ氏を任意で聴取している。

イヴァンカ氏は自分への聴取を「政治的な動機」によるものとして反発し、就任式関連の祝賀会開催などに同ホテルが請求した額は当時の「公平な相場」に見合うものだったとツイッターで主張した。

対するラシーン司法長官は「非営利団体は資金を、私人や民間企業の利益のために使ってはならず、あらかじめ報告している公益の活動のために使わなくてはならないと、特別区法で決まっている」と主張し、就任式の前後にトランプ・インターナショナル・ホテルに支払われた100万ドル以上を回収しようとしている。

大統領就任委員会は次期大統領が立ち上げて担当者などを決める。集めた寄付金はすべて、連邦選挙委員会(FEC)に報告しなくてはならない。FECによると、トランプ氏の就任委員会は過去最高の1億700万ドルを献金で集めた。

性的な問題行動

トランプ氏については、これまでに複数の女性が性的な問題行動の被害を受けたと主張してきた。問題行動があったとされる時期は過去数十年にわたる。トランプ氏はすべての女性の主張を否定し、「フェイクニュース」や陰謀だなどと反発してきた。

被害を受けたと主張する女性の多くは、2016年にトランプ氏が当選する前に名乗り出た。トランプ氏は全員について名誉毀損などで訴えると公言してきたものの、今のところ提訴していない。

逆に複数の女性がトランプ氏を相手に提訴している。そのうち2人は、トランプ氏にうそつきと呼ばれたことを理由に、トランプ氏を名誉毀損で訴えている。

米誌エルの著名コラムニストだったE・ジーン・キャロル氏もそのひとりだ。キャロル氏は1990年代にマンハッタンの高級デパートの更衣室で、トランプ氏に強姦されたと主張している。トランプ氏はこれを否定し、キャロル氏が起こした名誉毀損の訴えでも争っている。

トランプ氏は自分がキャロル氏を強姦したなどあり得ない、なぜなら「彼女は自分の好みじゃないから」だと発言。キャロル氏はこれをもってトランプ氏を名誉毀損で訴え、損害賠償や発言の撤回などを求めている。

キャロル氏は2019年11月にニューヨーク州裁判所に提訴したものの、今年になって連邦政府の司法省が介入し、連邦政府がトランプ氏の代理人となり、連邦地裁で争おうとした。しかしこれについてマンハッタンの連邦地裁は10月、司法省の介入を認めない判断を下した。

この判断を受けて、州地裁の審理は継続することになった。キャロル氏の担当弁護士は、必要な証拠集めを続けられるようになった。たとえば、キャロル氏が事件当時、着ていた服にトランプ氏のDNAが残っているか弁護側が調べようとした場合、トランプ氏にDNAサンプルを請求することができる。

トランプ氏がかつて司会していたリアリティ番組「アプレンティス」に出演していたサマー・ザーヴォス氏も、似た内容の訴えを別に提起しており、これも同様に進展する可能性がある。

ザーヴォス氏は2007年に被害に遭ったと主張している。それによると、カリフォルニア州ベヴァリー・ヒルズのホテルで、仕事の話をするためにトランプ氏と面会したところ、性的に暴行されたという。

2016年にこうして名乗り出たザーヴォス氏について、トランプ氏は「でたらめ」だと反発。脚光を浴びたいから、話をでっちあげていると反論した。これを受けてザーヴォス氏は2017年にトランプ氏を名誉毀損で訴え、損害賠償を請求している。

トランプ氏は自分の在任中に、裁判所がこの訴訟を却下するよう働きかけようとした。弁護団は、州レベルの法廷での訴訟から大統領は免除されるべきだと主張した。

「その主張は1月20日に完全に雲散霧消する」と、ミシガン州のバーバラ・L・マケイド教授(法学)はBBCに話した。「そうすれば、この訴訟について事実関係を探る段階に移行することになり、そこで何か動きがあるかもしれない」。

メアリー・トランプ氏の訴訟

トランプ大統領の兄の娘、メアリー・トランプ氏は今年夏に発表した回顧録の冒頭で、「詐欺はうちの家業というだけでなく、生き方そのものだった」と書いている。

心理学の学位をもつ大統領のめいは大統領選前に、自分の叔父について、すべてのアメリカ国民の命を脅かす「ナルシスト」だと、厳しい調子で書いた。

そしてメアリー・トランプ氏は9月、大統領のほか叔父と叔母も詐欺で提訴。マンハッタンの州裁判所に対して、自分の父の弟妹たちが自分の相続権を侵害したと主張した。

大統領の兄フレッド・トランプ・ジュニア氏が1981年に42歳で死亡した後、当時16歳だったメアリー・トランプ氏はトランプ一族の事業の一部について権利を相続している。

メアリー氏は訴訟で、自分の叔父や叔母たちが「(メアリー氏の)相続財産を守るのではなく、むしろ資産価値を目減りさせるため複雑なからくりを編み出し、実行し、自分たちの詐欺を隠し、相続分の本当の価値について(メアリー氏を)だました」と主張。最低50万ドルの損害賠償を請求している。

ホワイトハウスはメアリー・トランプ氏の回顧録について「うそだらけ」だとしているが、訴訟についてはことさらに反応していない。

もしも訴訟が証拠集めの段階へと進んだ場合、トランプ氏は大統領の職務をたてに、資料提出や証言を拒否することができなくなる。

アメリカでは、たとえ大統領でも、絶対的に法の上に立つ者はいないというわけだ。

(英語記事 Trump's legal battles: How six cases may play out / Ivanka Trump questioned over inauguration funds 'misuse'