【有馬記念】語り尽くされた〝ディープ・エピソード〟をもう一つ

今でも語り継がれる2005年のクリスマス有馬記念

【赤城真理子の「だから、競馬が好きなんです!!!」】

有馬記念は、競馬界の一年を締めくくる年の瀬のお祭りと言っていいでしょうか。令和2年はラッキーライラックがこのレースでの引退を表明していますが、これまでの歴史でさまざまな名馬たちのラストランとして、中山の舞台が選ばれてきました。私が記者になる以前に唯一、名前を知っていたディープインパクト。その日は中山競馬場に地鳴りが起こったんだよと、先輩方から教えてもらいました。

彼がこの世界からいなくなってしまってから一年半──その強さはファン目線でも、記者目線でも、厩舎陣営目線でも、すでに語り尽くされたものでしょう。当時は競馬をちゃんと見たことがなかった私ですら、その〝英雄〟は知っていました。彼のレースだけは、朝のニュースなどで大々的に放送していたものね。彼の驚異の末脚、それは子供だった私の目にはワープしているようにしか見えなくて、それこそアニメの主人公のように思っていました。

「ディープインパクトに乗ったことはないけれど、俺もあの馬の強さを骨身にしみて感じた人間の一人だと思う」

そう教えてくださったのは田島裕和元騎手。今は私が担当している藤沢則雄厩舎の攻め専(調教専門の助手)です。田島さんが語るディープインパクトの強さを最も実感したレース、それは2006年の宝塚記念。ナリタセンチュリーの主戦だった田島さんはライバルとして挑みました。

「正直、京都開催になった時点で勝負気配ありだと思っていた。センチュリーは少し不真面目なところがある馬で、あまり自分から進んで行かないという一面があったんだけど、それが京都コースとピッタリ合致していたんだ。あの下り坂を利用して加速をつけると、ラストで他のコースとは比べ物にならないくらい弾ける感覚があった」

それに加えて当日の天気は雨の稍重。ライバルは道悪が不得意(と思われていた)のに対し、センチュリーは大の得意。極めつけはゼッケン番号が京都記念を勝ったときと同じ7番だったことで、〝すべての流れがセンチュリーの勝利に向いて来ている〟と思ったそうです。

「ゲート裏で輪乗りをしているときも、〝ディープに勝てる、ディープに勝てる〟ってずっと頭の中で唱えてた。異次元に強い馬を負かすには今日しかないと」。当時の臨場感と田島さんの高揚感が伝わります。

実際、あのレースをリアルタイムで見ていた方はどうだったでしょうか。枠順が隣りだったため、ゲートを出てから少しの間は体を合わせるように走っていたナリタセンチュリーとディープインパクト。そこからディープはいつものように最後方にポジションを取り、センチュリーは中団で運んでいましたよね。3~4コーナー中間からもの凄い勢いで飛んできていましたから、「全然、いつも通り危なげない勝ち方だったやん」という感じでしょうか。でも、あの泥まみれのレースで勝利を唱え続けた田島さんの感覚は少し違っていました。

「天皇賞・春で初対戦して知ったんだけど、ディープが上がってくるときって後ろから一頭だけ違う足音が聞こえるんだ。周りで他の馬の足音もしているはずなのに、離れた大外を走るディープの音だけが耳に飛び込んでくる。なのに、あの日は聞こえなかった。直線で観客席からの湧き上がるような歓声が聞こえてくるまで、〝やった! 後ろでノメッてるな!〟って思ってたんだよ」

観客の歓声にハッとして気づけば斜め前方を飛んでいくディープが見えたそう。

「あんなちっこい体で全身バネみたいな走り。なんであの馬場が走れるんだよ。追っても追っても追いつく気がしない。マジで化け物だったよ」

当時の気持ちに戻るのか、田島さんは今でも悔しそうに振り返ります。それでも、あの日あの時のナリタセンチュリーは怪物を少しだけ追い詰めた──と確信しているそうです。

「ユタカがな、直線で一度もムチを持ち替えなかったんだよ。あいつ、いつもクルッてやっているだろ? あの日はそれだけ余裕が無かったんだと俺は勝手に思わせてもらってる。思うのは自由だしな」

そうなんですか! と思わず感嘆の声が漏れてしまった私でしたが、すぐに疑問が。ってことは武豊騎手がムチをクルッってやっていたレースは余裕しゃくしゃくの合図だったってことですか?

「いや、あれはユタカのカッコつけ。カメラを意識してんだよ」と田島さん。いやいやいや! どんな爆弾発言をしてくれるんですか! そんな訳はありませんよ。まあ、これは幼少期から先輩と後輩の関係だった田島さんだからこそ言える、愛情ゆえのウイットな冗談です。

有馬記念で引退する馬も、そうでない馬も、有馬記念までに積み重ねてきたドラマがある。ディープインパクトが初めて負けた一戦…が有馬記念でもあります。私にとって永遠のディープインパクトを胸に抱きつつ、出走する産駒たちの大一番を見守りたいと思います。

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