本命でなかった中国出身会長誕生の理由 セーリング、ヨットの国際統括団体、財政立て直し急務

李全海氏(ワールドセーリングのホームページより)

 セーリングやヨットといえば、欧米の富裕層や上流階級のスポーツというイメージがあるだろう。そんなスポーツの国際統括団体、ワールドセーリング(WS)の第9代会長に中国の李全海氏が選出された。アジア地区から会長が誕生するのは初めて。「本来、当選するはずではなかった」李氏はなぜ、会長になれたのだろうか?(共同通信=山﨑恵司)

 ▽WSが抱える“南北対立

 10月末に開催されたWSの総会で、会長、副会長などの役員選挙が行われた。その結果、李全海氏が選ばれたのだが、選出までの経緯は興味深いものとなった。

 会長選には現職のキム・アンデルセン氏(デンマーク)と副会長だった李全海氏、さらにスペインとウルグアイの役員という4人が立候補した。1回目の投票では、アンデルセン氏が53票でトップ、李氏は39票で2位だった。スペインは3番目に多い21票を得て、ウルグアイは15票だった。

 ところが上位2人に絞られた決選投票では李氏が68票を集め、60票のアンデルセン氏を逆転した。李氏が29票上積みしたのに対し、アンデルセン氏が上乗せできた票はわずか7にとどまった。WSの事情に詳しい日本セーリング連盟(JASF)の望月宣武・国際委員長は次のように説明した。

 「WSには“南北対立”があった。アンデルセン会長の出身地である北欧と西欧、中欧に対して、南欧と東欧は反アンデルセン。アンデルセン会長の任期4年間で、両者の対立は深刻化していた。スペインの候補は反アンデルセン。彼が1回目の投票で落選し(た結果)、その票が李氏に流れ、本来、当選するはずではなかった李氏が勝った」

 アンデルセン氏を巡っては財政面からも問題が指摘されていた。WSのオフィスは英国南部のサウサンプトンにあったが、2016年の会長就任後に必要がないにもかかわらず、家賃が高いロンドン中心部のパディントンに移転させた。この一件に代表されるように、アンデルセン体制には放漫財政を指摘する声が常につきまとっていた。

セーリング女子RSX級で優勝した中国の殷剣=2008年8月21日、青島五輪セーリングセンター(新華社=共同)

 ▽財政の立て直し

 望月氏によると、東京五輪の延期が決まり、財政危機が起きたという。WSは収入の40~45%に当たる約20億円を五輪の放映権料でまかなっていた。五輪が予定通り開催されていれば、この秋には入っていたはずだった放映権料がなくなり、キャッシュフローがほぼ途絶えた。このピンチを乗り切るために、国際オリンピック委員会(IOC)から3億円を借金したという。

 望月氏は言う。「アンデルセン氏は在任中の4年間で金を使いまくった。WSの倫理委員会が調査しているほどだ。五輪に、過度に依存する財務体質に陥っていたため、五輪の延期で財政危機が起きた」

 そういう状況で、初めて中国から誕生した李全海会長に寄せられる期待は財政の健全化。「チャイナマネーを(WSに)注入してくれるだろう、と期待されている」と、望月氏は指摘した。

 李新会長も財政再建を目標に掲げた。選挙結果が発表された11月1日に行ったスピーチで次のように述べている。

 「立候補の過程で多くの人から『困難な時期になぜ立候補したのか』『あなたの計画は?』『当選したら、あなたの主任務は何?』と質問を受けた。第一に、私たちの重要な責務は、WSが直面する財務状況を改善することだ。財務をきちんと管理し、合理的でない支出を抑制するとともに収入を拡大する必要がある。そして、収入と支出のバランスを取らなければならない」

 「この財政危機の原因を特定し、将来にわたって安定的に運営できるように解決策を見いださなければならない。持てる力を使って、現在の状況を改善する自信を持っている。将来への基盤を築き、現在の財政状況を解決するために時間を与えてほしい」

 ▽欧州以外でも初

 アジア人として初めて、セーリングの国際統括団体のトップに立った李全海氏は1962年生まれ。競技歴に主だったものはないが、88年に国際審判員としてセーリング界で活動し始める。2014年から4年間、中国のボート協会とカヌー協会の会長を兼務するなどスポーツ行政の分野で存在感を発揮。WSの前身、国際セーリング連盟(ISAF)当時の13年から副会長を務めていたから、WSの内実は把握しているだろう。会長になる準備は万全だと言える。

 WSの源流は、1907年設立の国際ヨット競技連盟(IYRU)。当時のメンバーは英国やフランス、ドイツなど欧州のヨット団体ばかりだった。会長職を置くようになったのは1946年からだが、過去8人いた会長は全員、欧州出身だ。

 日本は35(昭和10)年、IYRUに加盟。翌36(昭和11)年のベルリン五輪に初めて参加した。一方、中国の五輪初参加は84年ロサンゼルス五輪だから、日本に比べると、セーリング新興国と言える。

男子470級で3位になり、表彰式で掲揚される日の丸を見詰める(右から)関一人、轟賢二郎の両選手=2004年8月22日、アギオスコズマス・ヨットセンター(共同)

 ▽日本も協力は不可欠

 日本セーリング連盟(JASF)の河野博文会長は「アジアからWSの会長が誕生したのは歴史的なこと。中国が重要な地位に就くのはいいことだ。(李新会長は)中国政府のスポーツ関係者なので、中国政府もバックアップするのでは」と話した。

 また、李氏については「強烈な個性ではなく、常識的な人。副会長に立候補したときに、日本は推薦した。今回、立候補するときも、会長になったら、日本と全面的に協力してやりたい、と言ってくれた」と打ち明けた。

 JASFは来年、東京五輪を控え、その直前の6月には国際大会を予定している。李会長が率いるWSとの連携、協力は不可欠だ。

 WS内部の“南北対立”と、アンデルセン前会長の放漫財政という背景が生み出した李全海会長。任期は24年までの4年間。世界第2の経済大国、中国をバックにした手腕に、注目と期待が集まる。

© 一般社団法人共同通信社