堀越高校が紡ぐ監督と選手の幸せな関係 「ボトムアップ思考型」で29年ぶりに挑む選手権

29年ぶりに全国高校サッカー選手権大会への出場を決めた東京A代表・堀越高校。東京都予選5試合で34得点をたたき出し勢いに乗る彼らは、1月2日に島根県代表・大社高校と対戦する2回戦で登場する。

堀越は2012年より選手主導でチームを強化していくボトムアップ思考型を導入し、佐藤実監督の下、さまざまな試行錯誤を繰り返してついに冬の檜舞台に返り咲いた。「自分はGMなのかもしれません」と語る佐藤監督と選手たちの関係は、もしかするとこれから先withコロナ時代における高校サッカーのスタンダードとなるのかもしれない。

(文・写真=松尾祐希)

近年は全国の舞台に縁がなかった堀越高校

今年は新型コロナウイルスの感染拡大により、当たり前の日常が失われた。大人たちだけの問題ではなく、子どもたちにとっても同様で学校に通うことすらできない。今まで打ち込んできた部活動も奪われた。春夏の甲子園を筆頭に多くの競技が中止。高校生の祭典・全国高校総合体育大会(インターハイ)も取りやめになった。最終学年を迎えた3年生の中には公式戦を戦えずに引退した者も少なくない。

そうした状況の中で冬の風物詩・全国高校サッカー選手権大会が12月31日に開幕する。一般客の入場が制限されるとはいえ、子どもたちにとっては自分たちの成果を見せる唯一無二の場。檜舞台に挑む48校において、29年ぶりに選手権に出場権を手にしたチームがある。東京A代表の堀越高校だ。

堀越高校のイメージを聞かれて多くの人が芸能コースの存在を挙げるかもしれないが、部活動も盛ん。岩隈久志や井端弘和を輩出した野球部は甲子園の出場歴を持つ。サッカー部もインターハイや選手権に出場した実績を持ち、立石智紀がJリーグの舞台で活躍した。近年は全国の舞台に縁がなく、最後に全国大会に出場したのは2004年のインターハイで、選手権に限っては1991年までさかのぼる。では、なぜ堀越高校は29年ぶりに冬の檜舞台に戻ってこられたのか。その理由の一つにボトムアップがある。監督が全権を握るトップダウン方式を採用するチームがほとんどの中で、堀越高校は2012年から選手主導でチームを強化していくボトムアップ思考型を導入した。

もちろん最初からうまくいったわけではない。選手たちに全権を任せるとはいえ、要所で監督が介入しなければ成り立たない難しさがあるからだ。佐藤実監督はいかにチームと関わっているのだろうか。

ボトムアップとの出合いと苦悩

都内から車で約50分。高尾山口へ程近い場所に堀越高校の人工芝グラウンドがある。チームを率いる佐藤実監督は2007年に母校でコーチとなり、2014年に指揮官となった。そんな佐藤監督がボトムアップと出会ったのは今から8年前だ。当時コーチを務めていた中で、チームは指導体制の見直しを模索していた。

「新興勢力が台頭してきている中で勝ち上がっていくのは難しい。堀越の色は何だろう。選手が躍動していない、楽しくやっていない。部活だからこその厳しさや苦しい思いをして目標に到達するのではなくて、何か楽しみながら自分たちで作っていくことはできないだろうか」

そこで出合ったのがボトムアップだった。佐藤監督が教えを求めたのが2006年に広島観音高校をインターハイ制覇に導いた畑喜美夫氏だった。実際に3回ほど現地で学び、2012年から新たな方策としてチームに導入。ピッチ内外における最低限のルールをスタッフで作った上で選手たちに練習メニューや選手起用などを一任し、子どもたちの主体性を引き出すことに注力した。

とはいえ、最初から物事がうまくいくわけではない。周囲から懐疑的な目を向けられることも少なくなく、最適解を探りながらの指導が続いた。

「自発的に考えられる子と指示によって動いていた子がはっきり線引きされた。選手たちのレベルを上げていく中で、こぼれていく子や自分から動けないマインドを持っている子を引き上げるのが難しかった」

「川崎の練習ってどうやっているの? やり方を教えて」

特に佐藤監督を悩ませたのが子どもたちとの距離感。試合中にテクニカルエリアで声をかければ周りから「ボトムアップじゃない」と批判され、逆に選手たちへ解決方法をうまく提示できずに胃が痛くなる時もあった。しかし、試行錯誤を繰り返しながらも真剣に子どもたちと向き合っていくと次第に要領をつかみ、自身の役割が明確になっていく。むしろ自分が助言しなくとも、選手たちが自ら考えて答えを出せるようになったという。

「ある時、ポジション起用において選手が気を使って僕の意図をくんでくれたんです。でも、自分の案がフィットしなかった。逆に『少し違うんじゃない』と思っていた形で起用した者が活躍することもあり、『選手たちが選んだほうが良かった』と思って子どもたちに謝ったこともありました。また、現代社会は情報過多になっていて、サッカーも教えてもらえるし、環境も良くなっている。そこで子どもたちに何を求めていくか。自分が今まで教わってきたことをインプットしながらアウトプットしてもらいたい。サッカーは内側にあるものを外側に出していくスポーツだと僕は思っているので、アウトプットする場を子どもたちに提供できればもっと良くなるという実感があった。例えばJリーグのアカデミー出身の子がいれば、『川崎(フロンターレ)の練習ってどうやっているの? あれだけ止める、蹴るができるんだから。やり方を教えて』と言い、その子に練習をオーガナイズしてもらう。言葉にすることで見えてくることがたくさんあるんです」

導入3年目の2014年に21年ぶりに選手権東京都予選で決勝に進出。翌年も同様の結果を残し、「老舗のたれのように次世代の人材にバトンを渡していくベースが作れた」(佐藤)。

2017年には専用のグラウンドが完成。これまで行っていなかった選手の勧誘もスタートさせ、ボトムアップを知った上で入学してくる生徒も増えた。

選手たちに委ねる上で指揮官の立ち位置とは?

迎えた今季。そうした積み重ねで悲願の選手権への出場権をつかんだ。では、ボトムアップでチームを強化する上で指揮官の立ち位置は何か。佐藤監督は言う。

「自分はGMなのかもしれません。監督よりももっと大きな意味で動かないといけない。選手のスカウト、スケジュールの管理、将来を見越した上でフィジカルトレーニングをどうするか、食事や栄養面をどうするか、俯瞰的にチームを大きく捉えていく。監督は実際に深く入っていけばいくほど全部は見切れないので、Aチームしか把握できない場合もある。だけど、GMとして全体を俯瞰して、例えばBチームで足りない部分があれば介入していく。実際にBチームからAチームに引き上げる事例も多くありました」

ビルを建てる設計図はスタッフで描く。ビルの建て方や内装は選手たちに考えさせる。その過程で問題が発生すれば、ヒントを与えるのが監督の役割。「ビルを作っていくと難しい局面も出てくるので、さりげなく色をつけてあげたり、知らない間に壁の色を変えてあげたり、道具を持ってきてあげたりする。逆にいえば、何を作りたいか描いてくれないと僕らは動けない」

選手たちにすべて任せることがボトムアップではない。適度な距離で子どもたちと関わりながら、必要な場面で監督の引き出しを開けていくことでチームの強化が進んだ。

大社との2回戦から登場する堀越高校の初陣は1月2日。「われわれの取り組みやサッカーを見てもらい、われわれの姿に対して何を感じてもらえるのか。ここで自分たちの色を出せれば、またそれが次の色につながっていく」。監督と選手が紡いできた幸せな関係が、高校サッカーだけではなく教育現場に一石を投じる事例になるかもしれない。

<了>

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