クマ対策、山にドングリをまくのは大丈夫? 専門家、生態系への影響を危惧

ツキノワグマ(環境省提供)

 クマの人里への相次ぐ出没を受け、対策が模索されている。餌となるドングリを各地から集め、山にまく自然保護団体の取り組みには各地から支援が集まっているが、専門家は生態系への悪影響を危惧し自粛を求める。ふるさと納税を活用し、ドングリの苗木の植栽に乗り出す自治体も出てきた。(共同通信=永井なずな)

 ▽「クマの命を守る」

 一般社団法人日本ヴィーガン協会(兵庫県)は2020年10月、千葉市や神戸市などのカフェや雑貨店でドングリを回収し、山に届ける事業「どんぐりすてーしょん」を立ち上げた。事業に寄付を募るクラウドファンディングは開始2日目に目標額の20万円が集まり、終了時には5倍に達した。

カフェの店頭に設置された「どんぐりすてーしょん」(一般社団法人日本ヴィーガン協会提供)

 協会によると、各地から届いたドングリは800キロを超える。北陸などの山間部へ運び、地元の人や動物保護団体の協力でクマの通り道やえさ場に置いた。協会の三宅久美子(みやけ・くみこ)代表理事(58)は「保育園児たちが集めてくれた例もあった。子どもが公園で拾えるような気軽さが大きな反響につながったのかもしれない」とみる。人に近づく個体は殺処分される場合もあり、「あくまでクマの命を守るための緊急の措置。殺処分にショックを受ける人に希望を与えたい」と語る。

 ▽逆効果

 ただ、各地で集めたドングリを人為的にまく行為は、その土地の生態系を乱す危険をはらむ。森林総合研究所(茨城県)が11年に作成した「広葉樹の種苗の移動に関する遺伝的ガイドライン」によると、天然の樹木は長い時間をかけて気候変動に対応し、分布域を変えるなどしており、「人為的にかく乱すると、集団や種の衰退につながることがある」という。ガイドの作成に関わった同研究所の松本麻子(まつもと・あさこ)研究員は「樹木の成長は年月がかかり影響が見えにくいため、顕在化した時には手遅れとなっている恐れがある。予防的な措置の観点で、樹種はなるべく移動すべきでない」と指摘する。

山間部に置いたドングリ(一般社団法人日本ヴィーガン協会提供)

 動物関連の書籍やテレビ番組を多数監修する「どうぶつ科学コミュニケーター」の大渕希郷(おおぶち・まさと)さん(38)も、「人が実を運ぶと、クマが人のにおいを学んでしまう。個体数が山の本来の収容力を超える恐れもある。結果として、人里への出没が増えて逆効果になりかねない」と警鐘を鳴らす。

 ゾウムシなどがドングリに寄生していれば、虫が拡散してしまうリスクもある。大渕さんは「共生や寄生、食物連鎖といった複雑な関係性の上に多様な生物が存在している。クマを救いたい気持ちは理解できるが、生態系全体を考慮する必要がある」と強調する。

 環境省によると、20年4月~11月のクマによる人身被害は151人と過去最悪ペースだった。餌となるドングリが2年連続で不作の地域が多く、冬眠前に農作物を求めて人里へ来たとみられる。同省は、カキやクリなどの農作物や生ごみを放置しない、鈴など音の出る物を携帯しクマに人の存在を知らせるといった対策を呼び掛けている。

 ▽共存を目指して

 クマは本来なら人を避けて森の深くで暮らしている動物だが、急に遭遇した場合は驚いて攻撃してくることがある。学習能力が高く、人の食べ物の味を覚えると強く執着する習性もある。クマの生息地や目撃情報があった場所には近づかない、万一出会ってしまった場合は刺激しないようゆっくり後退するといった適切な行動が求められる。

石川・小松市内の畑で確認されたクマの足跡(小松市提供)

 「痛ましい事故を避け、クマと共存できる道を探りたい」。石川県小松市は昨年11月、えさ場の整備や森林保全の資金を募るふるさと納税のコースを新設した。寄付は好調で、12月下旬には目標額を超えた。

 同市ではクマの出没が例年の5倍を超え、住宅街で女性が頭をひっかかれる事故も発生。消防や警察が警戒に当たったり、クマよけの柵を設けたりといった措置を講じてきたが、根本的な解決には、クマが餌に困らない自然環境をつくることが重要だと考えたという。

 ふるさと納税で寄せられた資金で、クヌギなどドングリの実を付ける苗木を育て、えさ場として整備する計画だ。植栽には年月がかかり出没を防ぐ特効薬とは言えないが、「長期的な視点に立ち、クマが自力で餌にありつける豊かな森をつくりたい。専門家のアドバイスを受けながら生態系に配慮して取り組んでいく」(担当者)としている。

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