一曲入魂!「松崎しげる vs しばたはつみ」1977年紅白歌合戦圧巻の名対決 1977年 12月31日 第28回「NHK紅白歌合戦」が放送された日

紅白歌合戦を盛り上げた実力派歌手同士の対戦

年越しは、NHKの『ゆく年くる年』派である。各地の除夜の鐘を粛々と中継で映し、注意して見ていないと年を越した瞬間すらよく分からない、あの感じが好きだ。民放の派手派手しいカウントダウンよりも落ち着くのだ。

そういえば、70年代から80年代にかけての『紅白歌合戦』には、こういった大晦日特有の “厳かな感じ” があった。華美で演出過多な最近の紅白に比べると、歌合戦としての純度、緊張感が高かったと思う。トリが近づくにつれて大仰になっていくオーケストラの曲の締めからの、23時45分を境に訪れる、水を打ったように静かな『ゆく年くる年』、これが大晦日の原風景だった。

そんな大晦日の厳かなムードをグっと盛り上げていたのが、“実力派” と呼ばれる歌手同士の対戦。紅白では時々、“初出場だが実力派” の対戦が組まれることがあった。記憶に新しいところだと、2006年の徳永英明vs今井美樹などが思い出される。だが、このカテゴリにおける紅白史上に残るベストバウトとして僕が推したいのは、なんといっても、1977年の松崎しげるvsしばたはつみの対戦である。

松崎しげる「愛のメモリー」情熱的な歌詞のルーツは万葉集

1977年「愛のメモリー」がオリコン最高2位のヒットとなった松崎しげるは、デビューから苦節8年での紅白初出場。出番では下積み時代からの盟友、西田敏行も応援に駆け付けた。ほとばしる情熱の中に荘厳さも纏った「愛のメモリー」は、万葉集の、藤原鎌足の和歌が下地となって誕生したことでも知られている。

 われはもや 安見児得たり 皆人の
 得難にすといふ 安見児得たり

このように、歓喜のフレーズが2回出てくる和歌というのはなかなか珍しいと思われるが、この平安時代の和歌の世界観を、昭和の歌謡曲にトレースしたら、サビの有名な歌詞「美しい人生」「限りない喜び」ということになるのかもしれない。

当時の歌謡界でこうしたスケールの大きなラブソングが似合いそうなのは、松崎しげると西城秀樹くらいではなかっただろうか。ところで、この初出場の紅白で、白組司会の山川静夫アナは、「顎を外さないように力一杯歌ってください!」と珍妙な曲紹介で彼を送り出している(さすがに秀樹にはこのコメントは付けられないだろう)。これは一見ふざけた曲紹介だが、今思えば、松崎しげるの圧倒的歌唱力とユーモラスな魅力をコンパクトに表した、非常に考え抜かれた曲紹介だったのかもしれない。

圧巻の歌声で聴衆を魅了、しばたはつみ「マイ・ラグジュアリー・ナイト」

同じ1977年「マイ・ラグジュアリー・ナイト」がオリコン最高17位のヒットとなり紅白に選出されたしばたはつみも、松崎しげるに負けず劣らずの苦労人。1968年に、“はつみかんな” の名前でデビューする傍ら、「OH!モーレツ」のCMソングで注目されるも、やはりヒットに恵まれず、ブレイクするまでにかなり時間を要した。

そんなしばたはつみを送り出す、紅組司会の相良直美による曲紹介は、山川アナのそれとは対照的に、彼女の苦労と実力を知る同じ歌手としての、最大限の愛情に溢れた素晴らしいものだった。名口上と言って良いだろう。以下、その全文だ。

歌は仕事、歌は趣味。そしてこの人に歌は?と聞いたら “私自身” と答えるでしょう。16年の苦労が素敵な曲とめぐり逢い、ここに実りました。「マイ・ラグジュアリー・ナイト」、初出場しばたはつみさん、ピアノは世良譲さん。息の合ったコンビです

ライブに定評のある彼女、スローで静かな歌い出しから後半へ盛り上がる展開は、「愛のメモリー」にも通じる面がある。しかし、こちらはより都会的でエレガント。そして、サビの一番いい所で、今風に言うと “エモい” フレーズが出てくる。

 恋はゲームじゃなく
 生きることね

この句を昔の和歌で例えたらどうなるだろうか。これは、昭和の歌謡曲の中でも一、ニを争う程、僕が好きな歌詞のひとつだ。

時代と共に変化する紅白歌合戦、“歌合戦” の在り方

ここまで、1977年の紅白歌合戦の、記憶に残るこの名勝負を紹介させていただいたが、実はこの年の紅白のステージ上では、歌唱中も常時、白組歌手と紅組歌手の現在の対戦カードが方向幕形式で大きく掲示されており、より一層 “歌合戦” であることをフィーチャーするような演出が為されていた(歌唱中も、バックに「しばたはつみvs松崎しげる」が大きく表示されているイメージ)。

ところが、21世紀に入った頃からだろうか、この、歌合戦というフォーマットは古いのではないか… とか、紅・白に分かれて勝敗を競う形式は時代に合わないのではないか… という声が盛んに聞かれるようになってきた。また、2019年の紅白歌合戦では、メドレーを披露した歌手が10組(全体の約4分の1)にものぼるなど、昔と比べると歌合戦の在り方も随分と変わってきた。

もう一度観たい、一曲の恋愛歌に込めた魂の応酬

紅白歌合戦のルーツを平安時代に左右両陣に分かれ、和歌の優劣を競った “歌合” に求めるのは大袈裟かもしれないが、1977年の大晦日を彩った松崎としばたの2曲は「これぞ歌合戦!」と言うべき素晴らしいものだった。メドレーでもファッションショーでもない、一曲の恋愛歌に込めた魂と魂の応酬。もしかすると、松尾芭蕉が言いたかった「風雅の誠」とは、こういうことなのかもしれない。

あの日、素晴らしい歌を聴かせてくれた、しばたはつみは、2010年、残念ながら57才の若さでこの世を去ってしまった。けれども、松崎しげるは70才を超えた現在も元気いっぱいだ。僕は毎年この時期が来ると、あの「愛のメモリー」をもう一度、大晦日にNHKホールで荘厳に熱唱する雄姿を、どうしても観たくなる。そして今年も、白組の出場者の名前に “松崎しげる” が載ってないか、無意識に探してしまうのだ。

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カタリベ: 古木秀典

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