性的画像問題「嫌だと思いながら演技」  体操の田中理恵さん 連続インタビュー

 現役引退して7年超。2012年ロンドン五輪体操女子代表の田中理恵さん(33)は日本オリンピック委員会(JOC)が性的画像問題の対策を打ち出すことを受けて「私にも何かできることはないか」との思いを強める。東京五輪・パラリンピック組織委員会と日本体操協会で理事を務めながら、子育てに励む1児の母。現役時代に「嫌だ」と感じながら、自らの声を抑えていた経験を2020年11月、明らかにした。(共同通信=品川絵里)

オンライン取材に応じる田中理恵さん=2020年11月18日

 ▽ごまかしながら現役生活

 —JOCが対策に乗り出すと聞いた時に、どう感じましたか

 こうやって行動に移してくれたことを嬉しく思います。

 —今回は陸上選手が声を上げて、ようやく動き出しました。そういうことを感じながら、言えない経験はありましたか。

 2010年の世界体操選手権で、最も美しい演技をした選手に贈られる「ロンジン・エレガンス賞」をいただいて、日本代表にも入って「田中理恵」という選手の存在を、世間に知ってもらってからは、試合会場でも感じていました。自分が足を開いた時にカメラのシャッター音がすごく聞こえるなとか。正直、「嫌だなあ」と、気にしながら演技をしたのは覚えています。

2010年10月、体操の世界選手権女子個人総合でエレガンス賞を受賞し、声援に応える田中理恵さん=ロッテルダム

 それが週刊誌の袋とじになっていたとか。性格上、「まあいいや」と思いながら過ごしてきましたけど、内心は「すごい撮り方をするんだなあ」とか。でも傷ついていたら選手を続けられないという気持ちでいたので、ごまかしながら現役を続けていたのはありました。これが私じゃなくて、傷つく子は本当に傷つくだろうなと思いながら見ていたのは記憶にあります。

 -まわりの選手や家族の反応はどうでしたか。

 チームの子達は「これはひどい」とか「理恵ちゃん見ない方が良いよ」とか。家族は「気にするな」とか、傷つかないように上手に笑いに変えてくれていました。

 —支えてくれる存在が周りにいないと、ダメージは大きいですか。

 大きいと思いますよ。会場で撮ったカメラマンなのかと思うと、ショックが大きいことはありました。選手側としては、真剣に試合をして目標に向かって演技をしているのに、撮る側はそういうことを考えながらと思うと、選手としては気持ち良くはないですよね。私はそういう写真が出てからは、演技の前後の服装は気をつけていました。

 —本番前とか、レオタードで感触確かめたい時も、ジャージーをはいてやる場面もありましたか

 できれば、レオタードで慣らしたいという気持ちはありましたけど、当時25歳ごろで女性的に気にしていた部分はあって、スパッツやジャージーはギリギリまで履くというのは決めていました。皆さんに名前を知ってもらって、慣れていく宿命なのかと、自分に良いように切り替えて演技をしていたのは覚えています。

▽窓口あれば相談した

 —日本と海外だとシャッター音に違いはありましたか。

 日本の方が強いと思います。海外は演技中聞こえたことがない。緊張しているので聞こえていないこともあると思いますけど。海外だと試合が終わって、何位だったとか自分たちが喜んでいる時にカメラマンが近づいてくるイメージです。変なイメージは全くないですね。演技中も感じたこともないです。

 —有名になればなるほどそういう視線も増えたような気がしますか。

 正直、ありました。有名になるのは嬉しいけれど、過敏になっていた自分もいた。足を長く見せたいので、勇気を出してレオタードを着て、でも上げすぎると変な写真が撮られるのかなというのはありました。

 —「諦め」というのは、いつぐらいからですか。

 やはり、競技の写真が袋とじになって、雑誌に載せられているのを見た時には衝撃でした。ただ、しっかり結果を出して2012年のロンドン五輪に行きたいという気持ちがありましたので、そこはあまり気にしないで諦めて、自分の目標を達成する。それだけを考えてやっていました。

 —もし現役時代に相談窓口があったら、そういう話はしていましたか。

 袋とじの件は、相談していたかもしれない。やはりこういう写真を撮られるために競技をやっている訳ではないですし、そういう使い道を変えてほしいなという思いはありました。それを知ることで、私は強くなれた訳では無いですし、もっと悩んでいる選手はいるだろうなという気持ちになりました。そのために競技をやめていく選手がいたとしたら、問題になるのではないかなと思っていました。

 ▽露出している方が悪いは「100%違う」

 —JOCなど公的機関はもっと早くからこの問題に取り組むべきだったと思いますか。

 まずは、この問題について動いてくださったJOCやスポーツ庁には感謝したいです。私自身の反省点としては、引退してからでも色んな人に相談をしておくべきだったかなと思いました。

 —意見を言うと、「私は注目されています」っていうことに繋がってしまうからですか

 メディアに取り上げてもらうことは嬉しかったですけど、意見を言うと「有名になっているからだよ」と言われるのかな、と変に気にして諦めていた部分もありました。

 —調子に乗っていると思われるからですか。

 そういう風に捉えられたら嫌だなって思っていました。昔よりはちょっと減ったなあとも思っていた。正直ここ最近までは、頭にもなかったです。まだ撮られていたのかと。陸上や他の競技で、まだこういうことが続いていたんだって。体操の試合会場は、そういう撮影は厳しくなっていたので。こういうことが問題視される時代になってきたのは良かった。

 —最近だと、性的な写真に加えて、報道で出した写真を加工することもありますよね。

 たしかに、加工もすごいし、めちゃめちゃ嫌ですね。

 —そういう被害はなかったですか

 私は袋とじになって以降は、絶対に自分の写真は見ないと決めていました。今だと加工ができるから、余計酷いSNSの載せられ方しそうですよね。今の方が精神的にやられるのではないかと。

2012年8月、ロンドン五輪体操女子個人総合決勝で、床運動の演技をする田中理恵さん=ノースグリニッジ・アリーナ

 —体を綺麗に見せるためのレオタードであって、「露出している方が悪い」という意見は間違っていますよね。

 100%違う、と思います。芸術体操、美を極める競技で、立ち姿勢や見せる物は綺麗にしたい気持ちはあるので、我々選手の方が、変えるというのは嫌ですよね。

 —レオタードに憧れはありましたか

 小さい時にレオタードを見た時、すごく可愛くて、デザインに惹かれましたね。当時流行していたヒョウ柄だったり、かっこいいと思ったのがきっかけでした。あとは技をたくさん覚えたいというのもありました。

 —今は写真や動画は一度世に出ると、どんどん広がっていきます

 ネットの時代なので一回載せれば、一瞬で広がりますよね。良いことも悪いことも。

 —どうすれば、選手のためになるでしょうか。

 今回、JOCが動き、対策を考えてくださると思うので、選手にとって良い方向に向かっていくと思います。あとは、あれだけ大勢の観客が入って、ひとつひとつ警備員が見るというのも難しいですよね。完全に防ぐというのはまだ難しいのかもしれませんが、選手が安心できるように対策を考え続けなければいけないと思います。

 ▽もっと厳しい罰を

 —刑事罰になる国もあります

 そういうのが発覚した場合は、出入り禁止とか、もっと厳しい罰を与えるとか。そういう風にスポーツを見て欲しくないので、日本でも海外のように厳しく取り締まるようになってほしい。

 —スポーツ界自体の改革はどうですか。各競技団体の理事は男性が多い。そういうところが変わればいいと思いますか。

 それは思います。ただ私は少しずつ変わってきていると思います。体操競技も組織委員会に関しても女性は増えてきていますし。堂々と声を上げていかなくてはいけない時代になってきていると思います。自分の意見をしっかり言えば伝わることもあると思うので、そこは変わらなくてはいけないなと。

 ▽女性が子育てしながら働ける環境を

体操女子元日本代表の田中理恵さん(写真家の竹見脩吾さん撮影)

 —娘さんがいますね。自分の子が何かしら被害に遭うと考えると、現役と引退して思いが変わったところはありますか

 この問題とは直接関係ありませんが、親になって、女性が子育てしながら働ける環境がないと感じています。試合の審判やコーチも、何も気にせずに働ける環境を作っていきたいと思い始めています。例えば、試合会場に子ども達が預けられる場所を作ってあげたいなとか。

 審判の先生に「審判をお願いします」と言うときに、「この日子どもがいて」って子どもを預けることができないから、試合会場に行けないという方々が多い。私がやりたいと思っていることは、子どもを預ける環境作り。今組織委員会のメンバーでもあり、体操協会の理事でもあるので、だからこそ、少しでも変えていきたいなと思います。

 —女性への応援メッセージを

 私は女性だから家にいなきゃいけないとか、子育てをしなきゃいけないとは思っていなくて。男性から、女性からというよりは、男性も女性も人間なんだっていう思いが強い。自分は子どもを産んでも、普通に働ける環境にいるのはありがたいという気持ちがあって、働けているからこそ、世の中の女性、主にお母さんですけど、子どもを預けられる環境というのを、声を上げて作っていかなきゃいけないと思います。

 —女の人自身が変わるというより、変わっていくのは社会全体ということですか。

 そうですね。そしたら女性も絶対変われると思います。皆がストレスを溜めないで、もっと楽しく働ける、生活できる、生きていける環境というのを、自分がもっともっと、社会を動かして、つくっていかなきゃいけないなと感じています。

  ×  ×  ×

 田中 理恵(たなか・りえ) 美しい体操を武器に2010年世界選手権で日本女子初のロンジン・エレガンス賞を受賞。12年全日本選手権、NHK杯で初優勝し、ロンドン五輪に出場した。13年に現役引退。東京五輪・パラリンピック組織委員会で理事を務める。33歳。和歌山県出身。

【関連記事】

・性的画像問題「全力で守ってあげて」 バレーの大山加奈さん

https://this.kiji.is/719365978188627968?c=39546741839462401

・性的画像問題「競技の魅力伝えるのが本質」競泳の田中雅美さん

https://this.kiji.is/719376904706179072?c=39546741839462401

・性的画像問題 [カメラに違和感、 声上げる現役選手 ビーチバレー坂口佳穂さん ](https:// https://this.kiji.is/719384366613430272?c=39546741839462401)

https:// https://this.kiji.is/719384366613430272?c=39546741839462401

© 一般社団法人共同通信社