「安売り肉を買うシーン、パクられた」 京都アニメーション放火殺人事件の被告が主張 わずか2分半、ありふれた描写

 

 

「京アニにパクられたのは、ツルネの主人公たちが安売りの肉を買うシーン」。

京都アニメーション第1スタジオ(京都市伏見区)を放火したとして、12月16日に殺人や現住建造物等放火などの罪で起訴された被告の青葉真司(42)は、逮捕後に勾留された大阪拘置所のベッドに横たわり、目の前の捜査員にこう打ち明けたという。

京都アニメーションが制作したアニメ「ツルネ-風舞高校弓道部」は弓道に青春をかける男子高校生たちの物語で、2018年から19年にかけてテレビ放映された。

青葉が言及したとされる場面は、第5話に登場するわずか2分半ほどのシーン。スーパーマーケットを訪れた主人公たちが、値引きされた食材を選びながら他愛もない会話を交わすという、ごくありふれた描写だ。

青葉は事件前、京アニが主催する原作公募事業「京都アニメーション大賞」に小説を応募していた。だが、京アニ側は、青葉が応募してきた小説は形式的な1次審査で落選していたとし、中身を確認する前に除外されていて「盗用の余地はなかった」と断言する。

青葉が供述する「パクられた」とは一体、何を意味するのか。

あらゆる創作物「盗用」に

大阪アニメ・声優&eスポーツ専門学校(大阪市)講師で、フリーアニメーターの上宇都(かみうと)辰夫(56)は「シナリオを作る際に多少の工夫を凝らしても、他の作品と明確な違いを生み出すのは本当に難しい」と話す。

上宇都が例に挙げるのは、ツルネと同じ「学園もの」と呼ばれる人気のジャンル。その多くは、登下校や授業風景、放課後のクラブ活動、友人との交流など普遍的な枠組みの中で展開する。他の作品と似ている場面が登場するのは当然とも言える。

「それにもかかわらず自分の発想を『独創的』と錯覚してしまうと、あらゆる創作物が『盗用』になりかねない」

上宇都は、京アニが創業して間もない1985年から2018年まで同社に在籍した。

事件で犠牲になった仲間とともに表現活動の最前線に身を置いてきた立場だからこそ、「小説をパクられた」とする青葉の主張に違和感を抱く。

「盗作話」はエヴァでも

アニメのオリジナリティーを巡るトラブルは、京アニに限った話ではない。90年代に社会現象を巻き起こしたSF作品「新世紀エヴァンゲリオン」でも同様の問題は起きた。

同作では、少年少女が人型兵器を操り、「使徒」と呼ばれる生物と激闘を繰り広げる。

手掛けた「ガイナックス」設立メンバーの1人で、現在は別会社「GAINAX(ガイナックス)京都」(京都市左京区)を経営する武田康廣(63)は、会社に分厚い手紙が送りつけられてきた時のことをはっきりと覚えている。

「エヴァは自分のアイデア」「高校生の頃、鉛筆で教室の机の上に落書きした物語を盗まれた」

便箋には突拍子もない恨みつらみが書かれていた。武田は「当時は笑い話でしかなかった。でも、京アニ事件が起きたことで全てを切って捨てるわけにもいかなくなった」。

2019年7月の京アニ事件後、「エヴァ」シリーズの監督庵野秀明が代表を務める会社に対し、ツイッターで放火をほのめかす投稿をしたとして、威力業務妨害などの容疑で男が警視庁に逮捕された。

繰り返された中傷

共同通信の配信記事によると、男は「アニメの著作権は自分の家族が保有している」と主張し、数年前から誹謗(ひぼう)中傷を繰り返していたという。

武田がため息交じりにつぶやく。「アニメやスタジオが有名になればなるほど、この手の『盗作話』は必ず出てくる。でもね、だからと言って『放火する』とか『殺す』とか、それは明らかにおかしいでしょう」(敬称略)

京アニ放火殺人事件は12月16日に容疑者が起訴され、大きな節目を迎えた。高品質の作品と優良な職場環境から同業者たちに「理想郷」と呼ばれた京アニ。「ユートピアの死角―京アニ事件」(計6回)では、業界が草創期から抱えるひずみを描き、未曽有の災厄が起きた背景に迫る。(岸本鉄平、本田貴信)

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京アニ作品の展示会場に並んだテレビアニメ「ツルネ―風舞高校弓道部」のグッズ(徳島市の書店)=2019年7月24日撮影
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