米社会の分断、国際協調に影 コロナ禍、間隙突く中国、田中均氏インタビュー

 米国第一主義に突き進んだトランプ米政権が終わり、国際協調への回帰を掲げるバイデン新政権が誕生する。「新冷戦」と呼ばれるほど冷え切った米中関係は、引き続き国際関係を不安定にしている。北朝鮮の核開発問題、緊迫するイラン情勢はどう動くのか。2020年12月、元外務審議官で日本総合研究所国際戦略研究所の田中均理事長に、2021年の国際展望を聞いた。(聞き手、共同通信=高木良平)

インタビューに答える日本総研国際戦略研究所理事長の田中均氏=2020年12月、東京都港区

 ―トランプ政権の4年で冷え込んだ米中関係をどう見ますか。

 米国は多国間の枠組みから抜け、リーダーシップは弱まった。一方、中国は新型コロナウイルスの世界的な流行への対応でつまずき、当初は立場が傷ついたが、1年経て共産党一党独裁の強権的な措置で、短時間でコロナを収束させ経済回復につなげている。

 世界の中で、2020年にプラス成長した国は非常に少ない。中国はそれを実現させ、今年は8%の成長になると言われている。結果的に米中の経済格差はこの1年で大きく縮まった。

 今年、中国の国内総生産(GDP)は米国の75%になるとみられ、おそらく30年までに米国と並ぶと言われている。皮肉なことではあるがコロナの世界的流行によって中国が一層台頭し、米中の経済的格差を縮めることになった。

米ジョージア州アトランタで演説するバイデン次期大統領=4日(ロイター=共同)

 ―バイデン米次期大統領の外交について、どう予想しますか。

 バイデン新政権は国際協調に戻ると言っているが、まず取り組まなくてはならないのは明らかに米国内対策だ。ジョージア州決選投票の結果、上院も民主党が事実上多数となる見通しであるのは新政権にとって追い風とはなるが、米国社会の厳しい分断は続く。

 米社会には理屈を超えてトランプ大統領を支持する「頑固な保守主義者」が5割近くいる。白人社会が小さくなっていることに危機感を持つ人たちで、彼らはこれからも存在し続ける。

 例えば、バイデン新大統領は、トランプ政権が離脱したパリ協定に戻って地球温暖化対策を強化しようとしているが、国内の石油産業をはじめとする、これまで離脱のために議会対策で動いてきた「ロビー」と闘わなければならない。国内が分断している状況ではなかなか難しいだろう。

米連邦議会議事堂む向け行進するトランプ米大統領支持者=6日、ワシントン

 ―中国に対してはどう臨むのでしょうか。

 トランプ政権の時代から基本的な路線は変わることはないだろう。米中の経済格差が縮まってきているが、米国のような超大国は中国に経済規模で追い越されるということを現実に受け入れることはできない。阻止したいという思いが働く。

 また、中国による共産党一党独裁体制や、人権問題、香港問題、台湾問題など相当強引な対外政策を取っていることへの批判は米国内で強く、それも変わらないだろう。

 ただ、アプローチは変わる。バイデン新政権はトランプ政権の一方的で単独主義的なやり方はおそらく取らない。中国と対話し、同盟諸国と協調しながら進めるだろう。対中政策では、ハイテク、人権、台湾問題の三つがホットスポットになる。

中国の習近平国家主席と米国のトランプ大統領=2020年1月(AP=共同)

 ―ハイテクを巡る米中対立の行方は。

 デジタル革命ではデータを持つ方が強い。米国は、中国の華為技術(ファーウェイ)に象徴されるような電気通信機器にデータを盗まれるという意識を強く持っている。米国はデータの窃取を防ごうとし、米中の「切り離し(デカップリング)」が進むと思う。米国はファーウェイを調達から除外するだけでなく、中国からの留学生を含むヒト、カネ、モノを制限し続けようとするだろう。

 ただ、米国とソ連の冷戦時代とは状況が異なり、米中両国は強い相互依存関係にある。対立が続けば片方だけでなく双方が傷つくので両国ともバランスを考えていかないといけなくなっている。

 ―中国は人権や台湾の問題も抱えています。

 バイデン新政権は人権を重視する民主党なので、新疆ウイグル自治区、香港の問題では緊張が高まることになる。軍事的な衝突につながりかねないのが台湾問題だ。米国は台湾により質の高い武器の輸出をしたいが、中国が反発している。

 台湾にしてみれば、香港で一国二制度が失われたのを目の当たりにし、台湾に同じ制度を適用するという中国の考え方は「まやかし」と考えている。自力で独立するわけにもいかないので、米国との距離を縮める方向に動くのは間違いない。米中の摩擦は強くなる。

 中国は台湾海峡に戦闘機を飛ばすなど、これまでしていなかったこともしている。人民解放軍は、台湾に強い態度を取るよう中国の指導部に求めている。もしも中国の国内で権力闘争が起きれば台湾の問題は大きな試金石になる可能性がある。

 ―米中関係の難しさが改めて分かりました。トランプ政権の外交全体を、どう総括しますか。

 正しいかどうか別にして、トランプ政権の外交によりつくられたものと壊されたもの、両方ある。トランプが壊したのは、同盟国との関係や多国間の協力関係であり、北大西洋条約機構(NATO)やパリ協定も傷を負った。

 一方、対北朝鮮では、今まで誰もやってこなかった首脳レベルの直接の対話を3回やった。

2018年6月、シンガポールでの初会談で握手するトランプ米大統領(右)と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(AP=共同)

 現実には非核化を進められなかったという指摘はあるが、北朝鮮の軍事挑発を取りあえず抑えたという事実はある。

 もう一つトランプ氏が変えたのが中東だ。イラン核合意から抜け、中東の米軍撤退を進め、イスラエルとサウジ、この二つの米国の同盟国をさらに支援した。

 結果的としてバーレーン、アラブ首長国連邦(UAE)、スーダンとイスラエルの国交樹立につなげた。イランを徹底的に抑え付けるのは良くないとしても、アラブとイスラエルの紛争の芽を摘んだのは事実だ。

 ―バイデン新政権の対北朝鮮外交はどうなりますか。

 北朝鮮との対話は続けるだろう。ただ、トランプ政権の時の反省としていきなり首脳レベルだとリスクがあるので、まずは実務的な協議を進め、最終的には首脳会談に至るプロセスを取ろうとするだろう。バイデン新政権は従来のやり方に戻るはずだ。

 日本はその対話の枠組みに入り、多国間の枠組みに米国を巻き込んでいく必要がある。バイデン政権がそれに乗ってくる余地はある。日本が主導すべきだ。

発言するイランのロウハニ大統領=2020年12月2日、テヘラン(イラン大統領府提供、ゲッティ=共同)

 ―バイデン新政権はイラン核合意に復帰するのでしょうか。

 核合意への復帰は無理だろう。イランは合意水準を超えるレベルのウラン濃縮を続けて濃縮ウランを蓄積しているが、さらにイランの国会は、合意の水準をはるかに超える濃縮水準や、国際原子力機関(IAEA)の査察をやめるといった強硬な行動を求めている。他方、イランの経済状況は非常に厳しい。40%のインフレで、成長率は5~6%落ちている。コロナの流行もあるので、何としても米国の制裁を止めたいと考えていよう。

 一方のバイデン新政権も単純に制裁を解除して合意に戻るということにはならない。少なくともイランのミサイル開発制限も含む合意に向けた再交渉という基本的な立場を変えないだろうし、双方が土俵の上に再び上がるまで相当困難な道のりとなる。

 バイデン新政権が本格的に稼働する5、6月までイラン情勢は相当緊張する。イスラエルやサウジアラビアは米国がイランと不十分な合意を結ぶのは阻止するという立場でもある。直ちに戦争ということにはならないだろうが、一番火を吹く蓋然性が高いのがイラン情勢だ。(つづく)

インタビューに答える日本総研国際戦略研究所理事長の田中均氏

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  たなか・ひとし 1947年京都市生まれ。外務審議官などを歴任、2010年から日本総合研究所国際戦略研究所理事長

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