元外務審議官の田中均氏は外交官時代、北朝鮮の非核化に向けた日本、米国、中国、韓国、北朝鮮、ロシアの6カ国協議に尽力した。民主主義体制と一党独裁体制が交錯する東アジアの安定を模索する中で得たグローバルな視点から、コロナ禍の中での世界各国の統治体制の在り方にも話は広がった。(聞き手、共同通信=高木良平)
―新型コロナウイルスの世界的大流行の影響をどう見ますか。
コロナは米国を含む自由民主主義社会を強く揺さぶった。現実問題としてコロナに打ち勝ってきているのは中国やベトナムのような社会主義国や、台湾、ニュージーランドなど感染を制御しやすい島々だ。
米国ではコロナ対策が、より自由を求める共和党と、より規制をすべきだという民主党との間の政治的争点になってしまっている。人の命に関わり、経済への悪影響を減らすという超党派の問題であるのに、トランプ政権によって政治問題化されてしまった。
世界でポピュリズムがまん延し、民主主義の基盤が緩んでいる。欧州連合から英国が離脱する「ブレグジット」があり、東欧には、冷戦下の一党独裁の共産主義政権に先祖返りする強権的な政権ができている。
日本のコロナ対策では、統治体制の弱さを露呈した。時々の世論に引っ張られ、政治家が決断力を持って何かを成し遂げることがなくなってしまっている。民主主義社会の在り方が問われている。
立ち直りが早かった中国は、米国や日本、欧州の遅れを尻目に、マスク・ワクチン外交を展開して自国の影響力を伸ばすという戦略的な行動に出ている。背に腹は代えられない途上国に対して、非常に効果がある。国際的な影響力が増していくのは間違いない。
―自由主義社会の今後についてどう見ますか。
先進7カ国(G7)はGDPでは世界の半分を占めてきた。シェアは下がってきているが、コロナを克服して統治体制をより正しいものに戻せるかどうかが今、問われている。
EUは1兆8千億ユーロという膨大なコロナ対策の基金を設立し、7年間の財政計画の中で、法の支配の重要性を強調し、統治体制を良くしようと取り組んでいる。
米国のバイデン新政権も統治体制を改善しようとしている。今指名している閣僚の半分以上が非白人だ。黒人、アジア人、中南米出身者、先住民も含まれ、多くは女性だ。米国の人口の分布に応じた新しい統治だ。
日本政府はそういう考え方を取らず、統治体制がどんどん劣化していくように見える。本来、中長期的な日本の政策論争をすべきなのに、それをやらずに旧態依然とした派閥の数の論理に戻ってしまった。先進民主主義が中国などの社会主義体制より良い統治体制で、自由で、好ましいと行動で示さないといけないのに非常に残念だ。
―中国のような強権政治が幅を利かせていくのでしょうか。
そうさせないために、米国や日本の外交が機能しなければいけない。中国も決して一直線に経済が拡大し、国内が安定するわけではない。明らかに社会に矛盾を抱えている。
今年はさらに経済回復するかもしれないが、豊かになればなるほど、経済成長率は下がる。香港のように締め付ければ、国民による共産党一党独裁への批判や抵抗が起き、自由を求める動きも長い目で見れば出てくる。
日本、米国、欧州が協調して、中国に対して正しい政策を取るよう働き掛けることが非常に重要だ。トランプ政権のように中国と対決姿勢を取り、一方的に締め付けていくのは間違いだ。中国を国際社会のルールに巻き込んでいくことを同時並行的にやらなくてはならない。
外交はトータルな絵を描かなくてはならない。けん制だけを続けるのではなく安全保障、経済、文化、社会など広い分野で包括的かつ重層的にアプローチし、中国との信頼醸成も図るべきだ。
米中の経済切り離しについても本当に良いのかどうか十分協議しなくてはならない。中国は「地域的な包括的経済連携(RCEP)」に参加し、環太平洋連携協定(CPTPP)の参加も検討している。これにどう対応するか日本は真剣に検討する必要がある。
CPTPPはRCEPより環境面、労働面などで基準が高く、今の中国では順応できないような規律を含んでいる。規律に合わせて本当に参加したいというのであれば、頭からノーという話ではない。
―沖縄県・尖閣諸島周辺では中国公船が領海侵入を繰り返しています。
尖閣諸島は日本が実効支配しており、日米安全保障条約の対象だ。中国の公船を止めるための外交努力はしなくてはいけないが、中国が本気で領土権を侵すような事態となれば軍事的衝突につながる。日中は冷静に対処すべきだ。
―米中対立を解消する鍵は何でしょう。
米中、もしくは日米中に戦略的な共通項があれば、関係は良くなる。台湾や新疆ウイグル自治区を巡る問題では無理だが、環境問題と北朝鮮の非核化なら共通項はある。この二つは明らかに同じ方向を向くことになり、協力しようとすればできる分野だ。
地球温暖化対策は中国がその気にならないと動かない。バイデン新政権の最優先事項は地球温暖化対策だ。日本も単に環境問題ではなく米中の関係を緩和するための、一つの重要な事項として対処すべきだ。
北朝鮮が核兵器を保有するというのは、中国にとっても戦略的なマイナスだ。それは避けたいという力が働き、国連安全保障理事会の対北朝鮮制裁にも参加した。北朝鮮の非核化のために米中が協力する余地は大きい。日本もこの分野で役割を果たすことが求められている。
―日本はどのような役割を果たせますか。
北朝鮮による日本人の拉致問題を抱えている日本としては「2プラス3プラス6」のアプローチを考えていくべきだ。つまり米国、日本、韓国が北朝鮮と2国間の関係を持ち、それを日米韓、日中韓の3カ国の枠組みで連携し、最終的に日本、米国、中国、韓国、北朝鮮、ロシアの6カ国協議に持ち込む進め方だ。
6カ国協議で最初から物事を決めるのは無理があるが、2国間で決められた事項を監視して、信頼醸成をしていくことは可能性だ。日本の外交の在り方は、非常に状況対応型になってしまっている。政治主導と官僚のプロフェッショナリズムがなければ、東アジアの環境は良くならない。
―なぜ、これまでうまく機能しないこともあった6カ国協議に持ち込む必要があるのでしょうか。
非核化するためには北朝鮮の安全を担保する必要がある。2005年9月の6カ国協議共同発表の通り、戦争終結宣言や平和条約、米朝・日米国交正常化、経済協力など6カ国が関わって全体として合意を作らなければ動かない。
仮に合意することができた場合には、合意履行を監視していくためにも6カ国協議が必要となる。また、6カ国協議にならなければ、朝鮮半島の当事国である米国と北朝鮮、韓国と中国の4カ国による協議となり、日本は間違いなく蚊帳の外となり全く好ましくない。
日本人の拉致問題も国交正常化に向けた大きな枠組みの中で解決しようとしなければ動かない。それを進めるには非核化のため「2プラス3プラス6」のアプローチが必要だ。
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たなか・ひとし 1947年京都市生まれ。外務審議官などを歴任、2010年から日本総合研究所国際戦略研究所理事長