メイドの「たみさん」に会いたい 横浜の洋館で60年前に暮らした米国人女性が捜索

60年前にこの洋館で暮らしていたケアリー・シーさん。隣にいるのが住み込みのたみさん(山本博士さん提供)

 横浜市中区山手町の洋館「山手133番館」に約60年前に暮らしていた米国人女性が、住み込みで働いていた日本人のメイドを探している。この洋館を保全するため取得した老舗洋菓子店モンテローザを経営する三陽物産(同区)社長の山本博士さん(51)はネットでこの女性と知り合い、当時の暮らしぶりを撮影した映像を入手。再会への願いをかなえようと情報提供を呼び掛けている。

 この女性は、米コロラド州で暮らすケアリー・シーさん(63)。米化学大手企業のセールスマンだった父親の転勤に伴い1957年に家族で来日した。シーさんは当時生後6カ月。64年に帰国するまで133番館で暮らした。

 郷土史愛好家でもある山本さんは、30年に建造されたとみられ、空き家となっていた133番館の歴史的な価値を評価し、昨年8月、自らが社長を務める三陽物産が保全のために購入。洋館の由来をネットで調べていたところ、偶然、シーさんの投稿を発見した。

 シーさんは横浜インターナショナルスクール(同区)に通っていたが7歳で帰国。そのため「洋館での暮らしはよく覚えていない」と説明していたが、山本さんと交流を深めていくうちに、一緒に遊んでくれたメイドの「Tami─san(たみさん)」を思い出した。

 たみさんは当時20代で離れの部屋で住み込んでいたという。シーさんは手掛かりとして、当時撮影した8ミリフィルムの映像や写真を提供。広間で家族がくつろぐ姿や、ペットとして飼っていた猫や犬が写されており、幼いころのシーさんとたみさんが庭で一緒にいるカラー写真も見つかった。

 シーさん一家が帰国する際、たみさんは横浜港の乗船口まで見送りに来て、大泣きをして別れたという。シーさんは「たみさんが生きていたら、ぜひ会いたいし、話したい」と山本さんに願いを託す。

 山本さんは、シーさんから提供された映像を参考に、133番館を建造当時の外観に復元するという。「修繕が終えればシーさんとたみさんに訪れてもらい、当時の話を聞かせてほしい」と、再会できる日を心待ちにしている。

 たみさんや山手133番館に関する情報提供は、三陽物産総務部電話045(251)8643。

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