「全家腐」から見た中国的道徳心の異質性(上)|石平 中国が、共産党幹部による腐敗が酷い「腐敗大国」であることはよく知られている。だがその「腐敗」には中国ならではのある特徴がある。日本人の想像を超えた「腐敗大国」の実態。

25万人超の幹部が摘発、だがそれも氷山の一角

中国が、共産党幹部による腐敗が酷い「腐敗大国」であることはよく知られている。2013年から18年までの6年間、習近平政権の腐敗撲滅運動で25万人以上の幹部が摘発されたとの発表もあるが、それは氷山の一角にすぎない。かの国では、1000万人以上もいる共産党幹部のうち、汚職をしたことのない人間がおそらく一人もいない。

汚職がそれほど蔓延していたら、腐敗はもはや中国固有の文化となっている感があるが、中国流の腐敗文化を吟味してみると、そこには二つの特徴があることに気がつく。

腐敗の特徴①

特徴の一つは、贈収賄金が驚くべき巨額であること。たとえば、中国共産党元政治局常務委員の周永康の場合、2014年に摘発された時、差し押さえられた資産は総計で900億元(当日の為替レートでは約1兆4900億円)に上った。そのうち銀行預金が370億元(約6100億円)、内外の債券が510億元(約8400億円)。アパートなど不動産300件以上のほか、金、銀、骨董品、高級酒なども没収されたという。

日本にも当然、政治家による汚職や収賄がある。かつてロッキード事件では、田中角栄元首相が5億円収賄の容疑で逮捕され大事件となった。しかし日本国の総理大臣にしても、起訴された収賄額は5億円、周永康の収賄額の3000分の1にすぎない。最近逮捕された衆議院議員の秋元司容疑者にしても、収賄容疑額は720万円、周永康にとっては取るに足らない小銭であろう。

中国で摘発されたもう一人の共産党高官、中国人民解放軍の元制服組トップで中央軍事委員会の郭伯雄・元副主席の汚職も、金額の多さをもって「誇るべき」ものがある。その額は、息子の関与した分も含めて総額16億元(約272億円相当)。周永康には遠く及ばないが、日本の政治家の収賄の「スケールの小ささ」を嘲笑うのに十分であろう。

権力者であったとはいえ、一人の人間が一体どうやってそれほどの賄賂金を取ることができるのかと疑問に思う日本人も多いだろう。

腐敗の特徴②

そこで出てくるのが中国流腐敗文化のもう一つの特徴だ。汚職は何も権力者一人でやっているものではなく、むしろ家族ぐるみの汚職が多い、ということである。

たとえば前述の周永康の場合、本人の汚職には妻の賈暁曄と息子の周濱が深くかかわっていた。周永康の「収賄代理人」となっているのは妻の賈暁曄であり、息子の周濱は別途、父親の権力を笠に着て不正の蓄財に励んでいた。郭伯雄の場合、妻の何秀蓮はもとより、息子の郭正鋼・浙江省軍区元副政治委員、妻の呉芳芳もその共犯者である。

そして、ここに名前が挙がっている全員が現在、刑務所に収監されている。中国ネット民の皮肉な言い方からすれば、「彼らはいま、刑務所で毎日の一家団欒を楽しんでいる」。

こうした家族ぐるみの腐敗は、中国で「全家腐」と呼ばれている。夫が幹部なら、その妻と子供がグルになって一家総出で腐敗行動に走るのは中国では普通だ。時には直系家族だけでなく、幹部の親族一同、あるいは幹部の妻の親族一同が皆、幹部一人の権力に群がって甘い汁を吸うことはよくある。つまり、腐敗汚職が一家総出の「家業」となっているのだ。だからこそ、金額がとてつもなく大きくなるのである。

腐敗が一家総出の「家業」となる

中国の腐敗文化の最大の特徴が、中国人自身のいう「全家腐」であることがよく分かる。そして、政治家による家族ぐるみ腐敗、汚職の一般化は、中国独特の現象といえよう。

たとえば日本の場合、前述の田中角栄が起訴されたとおりに5億円の収賄を実際に行ったとしても、それは政治資金を作るための収賄であって、本人の家族のための収賄ではない。田中角栄の家族に関していえば、角栄に「三つ約束」をさせたことで有名な正妻のハナさんは、夫人としての慎ましさこそが賞賛されており、角栄の権力を利用して何らかの利益を得ようとする人では決してなかった。 愛嬢の眞紀子さんにしても、父親の権力を利用して「収賄」をしたというような話は一切聞かない。当時では日本一の権勢を誇った田中角栄の一家は、どう考えても中国流の「全家腐」とは無縁である。

ではなぜ、中国において、「全家腐」が突出するのか。なぜ中国人の家族は、汚職に一家揃って手を染めるのか。悪人幹部の一人ひとりではなく、その幹部の家族全員が揃いも揃って悪人となって悪事を働くようなことが、なぜ普通のこととなっているのだろうか。

実は、まさに上記のような疑問への回答にこそ、中国人の道徳観と行動原理を理解するための最大のカギがある。それについて、本欄の次回で読者の皆様に克明に解説する。(初出:月刊『Hanada』2021年1月号)

石平

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