もし、沖田浩之の声でなければ「E気持」は問題作になってなかったかもしれない 1981年 3月21日 沖田浩之のデビューシングル「E気持」がリリースされた日

竹の子族で人気の沖田浩之「3年B組金八先生」に出演

竹の子族で人気だった沖田浩之さんを私が知ったのは、1980年10月。ドラマ『3年B組金八先生』第2シリーズの “松浦悟” としてだった。1年前の同じ時期に田原俊彦さんが座っていたその位置に、鮮やかな赤いTシャツの上に学生服を着て腕を組む不機嫌な少年として、彼は映っていた。

1981年3月20日金曜日に放送された第24話「卒業式前の暴力2」。ドラマの中では中島みゆきさんの「世情」が流れ、松浦悟は立会人として同級生の加藤優と荒谷二中の放送室にたてこもり、結果として手錠をかけられて護送車に乗せられてしまう。その後金八先生をはじめとした大人たちが懸命に警察と対峙。解放された加藤優と松浦悟が金八先生にビンタされ、「加藤! 松浦! 貴様たちは俺たちの生徒だ!」と金八先生がふたりを抱擁する場面は、ドラマ史に残る名シーンとなった。

デビューシングル「E気持」、不良少年から見事なキャラチェンジ

放映翌日、1981年3月21日土曜日にレコード店の店頭に並んだのが沖田浩之さんのデビューシングル「E気持」。前夜連行された不良少年は見事にキャラチェンジして、華やかなチアガールを従えてキャンパスライフを満喫する、ラガーシャツと爽やかな笑顔が光るリア充のシティボーイ “ヒロくん” になっていた。例えるなら、松任谷由実さんのアルバム『昨晩お会いしましょう』収録の「グループ」での「あなたは陽気な学校一の遊び人」といったところか。

そういえば、松浦悟の私服も、制服のインの赤シャツ以外は上品な淡色系のニットや高級そうな白いダウンジャケットといった、慶應や青学にいそうな当時の大学生の服装だった。他の中学生役の男子生徒がいかにもお母さんに買ってもらった系の服装だったのと比較すると、演じる俳優の年齢(沖田浩之さんは1981年1月7日に18歳を迎えた)を考慮してもいささか垢抜け過ぎていた印象がある。

沖田浩之の魅力は、女心をとろけさせる声!

沖田浩之さんの魅力は、ずばり “女心をとろけさせる声” と断言したい。これを、同じ筒美京平さんの作品でデビューしたハイティーンの男性アイドルで比較してみよう。1972年の郷ひろみさん「男の子女の子」では、幼さの残るファニーでプラスティックな声が印象深い。そして、1980年12月12日にデビューした近藤真彦さん「スニーカーぶる~す」は、やんちゃで若干不器用そうな少年性が強い声だった。これに対して、沖田さんは少年性よりも男性性が勝っていた。決してやんちゃではなく、明らかに女心を知っていそうで、上手にリードしてくれそうな、鼻にかかった甘さのある声… が印象に残る。

そして「E気持」はキャッチーなメロディの軽快なロックだ。イントロでチアガールを模した女の子たちの嬌声の後ろに流れるピアノのフレーズ、歌のサビでも使われる一音ずつ上がっていくアッパーなメロディは、1970年にホワイト・プレインズが発表し、1977年にはショーン・キャシディがカヴァーした「カリフォルニアズ・カミング・ホーム」のコーラス部分のメロディがヒントと思われる。

筒美京平さんは、この親しみやすいメロディのスピードを少し上げて勢いをつけ、しっかりした低音から一音ずつ上がるメロディに「♪ 常識なんてぶっとばせ 仲間同士さ手を貸すぜ 大人は昔の自分を忘れてしまう生きものさ」と、甘美さと危なっかしさと滑らかな色気が同居する美味しい声を持つ沖田浩之さんに歌わせた。

ファーストアルバム「HIRO」に付属、買ったファンにだけ与えられる特典

1981年4月21日発売のファーストアルバム『HIRO』は、甘いバラード、テクノ的なポップス、不良少年風な歌謡曲、ドゥービーズ風の当時のアメリカンロック… と様々なタイプの作品が並ぶ、沖田浩之さんの可能性を探った顔見世的なアルバムだ。

また、ジャケットに “飛び出すヒロくん” の仕掛けがあるこのLPには「恋のテレフォン・ゲーム」というシングルが付属していた。アイドルとお喋りできる(気持ちになる)仕掛けのレコード。私は購入からほぼ40年ぶりに、裏面にサインが入った片面だけのシングルレコードに針を落としてみたが、沖田浩之さんのそれは、なかなかに想像を掻き立てる数分間だった。

電話の向こうの彼は、シャワーを浴びていたところ。「あ、シャワーのお湯止めてくるね」という台詞ひとつで、褐色に灼けた逞しい肢体の彼に抱かれる世界に、わたしは一瞬にして連れていかれた。未来のスーパースターを自称する彼は子守唄代わりに「ラヴ・ミー・テンダー」を優しく歌い、「音痴かな?」とおどけてみせる。甘い囁きでベッドで隣にいる気持ちにさせてもくれる。恋を知らない中高生の女の子には淡い憧れを、既に恋のABCを知っている女性にはその先を想像させる… LPレコードを買ったファンにだけ与えられる特典だった。

沖田浩之だからここまで売れた、大人が問題視した「E気持」

初期の作品は、ほぼ阿木曜子さんの作詞、筒美京平さんの作曲で、筒美京平さんのメロディに乗る滑らかな甘い声は若い女の子から大人のお姉様まで虜にした。「E気持」に続く「半熟期」「はみだしチャンピオン」等の曲でもやたらとアンアアアンアア … と、女性が持つ、いい男を抱きたい・抱かれたい本能をダイレクトにノックする。

2枚目のシングル「半熟期」を歌った1981年初夏の『夜のヒットスタジオ』で、白いスーツ姿で出演した沖田浩之さんは「好きなタイプは大原麗子さん」とも発言しているが、当時の大人の女性も虜にする色気を十分備えていた。

ところで、「E気持」は阿木燿子さんによる歌詞が過激だということで話題になったが、低音からしっかりと男性性を発揮する彼の声に備わる色気が、歌詞の過激さを増幅させている。そんな彼の声で「♪ ついてこいよ ついてこいよ ハ~ン E気持」と歌われたからこそ、これは危ない! と世間で当時のお母さんたちを含む大人が問題にしたのではないかと、今となっては思うのだ。彼の声でなければここまで売れず、単なる泡沫E級歌謡曲になっていたかもしれない。

彼の歌手活動は3年余りと短く、その後の俳優としての活躍はご存知の通りだ。1999年春、彼が自ら旅立つ道を選んで22年となるが、“おとなの色香” が滲み出る歌をもっと聴きたかったと思うのは私だけではないはずだ。

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カタリベ: 彩

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