東京五輪、命を守るために早く開催中止の決断を

By Kosuke Takahashi

新型コロナウイルスがまるで不眠不休のごとく、地球上で感染拡大を続けている。

世界の新型コロナ感染者数と死者数は依然、右肩上がりで、イギリスやアメリカ、ブラジル、南アフリカ、そして、日本をはじめ、多くの国々で感染拡大に歯止めがかかっていない。集中医療体制が整ったドイツでさえも、医療崩壊の危機に瀕してきた。

多くの国々は海外からの厳しい入国規制を敷いており、地球全体が今、事実上ロックダウン状態だ。こうした中、ほとんどの国が今夏の東京オリンピック・パラリンピックどころではないのが実情だろう。

●すでに20カ国で国民1000人あたり1人が死亡

国際統計サイト「Worldometer」の1月13日時点のデータによると、アメリカやイギリス、フランス、スペイン、イタリア、ハンガリー、ペルーなど20カ国ですでに国民1000人あたり1人以上が新型コロナで死亡している。

考えてみていただきたい。1000人に1人が死亡というのは、「友達の誰か」あるいは「友達の友達の誰か」が死亡といったかなり身近な大問題だろう。

日本の1000人当たりの死亡数は0.032人で、世界220カ国中136位にとどまっているが、海外では感染爆発によるコロナ死が切実で自分事になっている国々が多い。

●ワクチン問題

今夏の東京五輪開幕を控え、ワクチンの普及も内外で大きな問題になっている。

「世界で(ワクチン)接種が始まっている。日本でも2月の下旬までには予防接種したい。こうしたことをしっかり対応していくことで、国民の雰囲気も変わってくるのではないかと思っている」。

菅首相は1月7日の記者会見でこう述べ、ワクチンの効果が出ることで東京五輪開催に対する国民の理解が得られるとの認識を示した。

日本政府は五輪開幕1カ月前の6月までに国民に十分なワクチンを提供する方針を示している。しかし、はたしてこれが順調にいくのか。例えば、2020年末までに2000万人のワクチン接種を目標としていたアメリカは、年内の接種人数はわずか280万人と、目標を大幅に下回った。接種を行う医療現場のスタッフ雇用などが思うように進んでいないという。

ワクチンの提供の問題は日本だけの問題ではない。アフリカや南アメリカ、中東などの国々では新型コロナウイルスの第3波を阻止しようと必死だが、欧米主要国と違って、いつまでに十分なワクチンが供給されるのか見通しが立っていない。そんな状況の中、すべての国々の選手たちが十分に練習し、五輪予選や五輪本大会に参加できるだろうか。

●集団免疫「2021年中は無理」 

世界保健機関(WHO)の主任科学者ソミヤ・スワミナサン氏は1月11日の記者会見で、一部の国でワクチン接種が始まったものの、人口の一定数以上が免疫を持つことで流行を防ぐことができる「集団免疫」については、「2021年中には達成することはありえない。いくつかの国ではできるかもしれないが、世界全体の人が守られる水準になることはない」と述べた。

さらに、WHOによると、約40カ国でワクチン接種が始まったが、国民の平均所得が高い国に集中しているという。

先進国と途上国の間でワクチン接種に格差が生じてきている中、東京五輪を強行していいのか。スポーツのフェア精神に反し、公平公正な競技をゆがめることにならないだろうか。パンデミック禍で富と特権を有する国と選手が優位にならないのか。

●検査問題

東京五輪では、選手や大会関係者を合わせて約1万5000人が来日すると見込まれている。このほか、外国からの観客や大会ボランティア、メディア関係者らを考えれば、何万、いや何十万が都心に集まりかねない。日本はこうした人々全員にはたしてPCR検査を実施できるか。

新型コロナのお年寄りへの重症化リスクが高い中、日本は世界一の高齢化社会だ。しかし、Worldometerによると、日本の人口100万人当たりの検査件数はいまだ世界220カ国中148位にとどまっている(1月13日時点のデータ)。とても先進国とは言えない水準だ。

日本は世界一の高齢化社会で重症化リスクが高い中、検査件数はいまだ先進国とは言えない水準にとどまる。TOKYO MXテレビ「モーニングCROSS」出演時の画面を筆者がキャプチャー=2021年1月4日

水際対策で「蟻の一穴」があれば、容赦なくウイルスが入り込み、堤防を壊して感染が広まってしまう。感染対策で優等生とみられてきた香港がその最たる例だ。香港は日本と違い、すでに第4波が到来している。感染対策の優等国でさえも、ウイルス封じ込め後に、すぐに次の感染が始まるという繰り返しが起きている。

●夏季大会史上最高額の3兆円超

日本国内で感染が急激に拡大するなか、東京オリンピック・パラリンピックの延期に伴い、新たに必要な追加費用が昨年12月に決まった。「延期に伴う追加経費」として2000億円、コロナ対策費として1000億円の合わせて約3000億円が増額された。暑さ対策などもろもろの関連費用を含めると、夏季大会史上最高額の3兆円以上に達している。

東京五輪の経費は夏季大会史上最高額の3兆円超。TOKYO MXテレビ「モーニングCROSS」出演時の画面を筆者がキャプチャー=2021年1月4日

これには海外からの観客への入港時検査費用などが含まれていないので、感染の拡大次第で、今後予算がひょっとしたら3兆5000億円や4兆円に膨れ上がるかもしれない。コロナ禍でこれだけの費用を五輪開催に投じることに国民が納得するのか。

そもそも日本の政府債務残高は国内総生産(GDP)比で266%に達し、世界最悪だ。コロナ禍に国が借金してでも経済を下支えすることは否定しないが、本来ならば1円たりとも無駄な支出は許されないというのが日本の厳しい財政状況のはずだ。

●招致時の開催経費は総額7340億円

東京五輪の開催経費は招致時の計画では総額7340億円だった。

猪瀬元知事も2012年当時、ツイッターで「誤解する人がいるので言う。2020東京五輪は神宮の国立競技場を改築するがほとんど40年前の五輪施設をそのまま使うので世界一カネのかからない五輪なのです」と述べていた。

それがいつの間にかに総額3兆円超に達してしまった。原資の多くが私たちの税金だ。これだけの費用を五輪開催に投じるのであれば、ひっ迫する医療現場で必死に頑張っている人々、さらにはコロナ禍で自殺者が増える中、仕事を失うなどした生活困窮者や学費が払えない学生などへの支援に充てるべきではないか。

さらに言えば、五輪はたとえコロナ禍で中止になっても、商業主義に陥ったオリンピックを、本来のオリンピズムに戻す絶好の機会になるのではないか。

●親愛なるアスリートたちへ

晴れの大舞台である五輪。東京オリンピック・パラリンピックの開催が中止になれば、選手たちにとっては大変気の毒になるのは重々認識している。家族をはじめ、いろいろな方々の支援を受けながら、人生を懸けてこれまで日夜鍛錬を積んでこられたでしょう。

しかし、今の日本にはスポーツをしたくても、そして、どんなに運動神経が良くても、貧困でできない子どもたちがぐっと増えている。平均的な所得の半分を下回る世帯で暮らす18歳未満の子どもの割合を示す日本の「子どもの貧困率」は、1985年の10.9%から2018年の13.5%に上昇している。日本の子どもの約7人に1人が貧困状態にある。

特に、経済協力開発機構(OECD)によれば、日本の一人親家庭の貧困率は主要国の中で最悪水準にある。

筆者も小学生時代に両親が離婚し、母親が朝から晩まで働く母子家庭で妹とともに育った。毎年リレーの選手になるなど運動神経が良くても、スポーツ用品の購入や水泳などスポーツの習い事もままならない環境だった。そもそも成長期にもかかわらず、焼肉などめったに食べられる代物ではなかった。

私の幼少時に比べ、貧困にあえぐ子どもたちはぐっと増えている。

東京オリンピック・パラリンピックに出場が予定されている選手の皆様にはぜひスポーツに専念できてこられたことですごく恵まれている環境にいることを理解していただければ、と願う。そして、コロナ禍でセーフティネットも受けられずにいる人々が日本にはまだまだたくさんおり、支援の手が必要なことに思いをはせていただければ、と理解を求めたいと思う。

(Text by Takahashi Kosuke)無断転載禁止

© 高橋浩祐