身体のリハビリにおいて「運動主体感」がより効果的な回復を促す - 東北大

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東北大学は1月8日、VR(バーチャルリアリティ)技術を用いて、見ている手に対して「身体所有感」はあるが「運動主体感」がない状態や、その逆の状態を人工的に創り出す手法を開発し、「運動主体感」だけが運動能力の向上に関わることを世界で初めて明らかにしたと発表した。

同成果は、東北大大学院 情報科学研究科の松宮一道教授らの研究チームによるもの。詳細は、英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。

加齢による運動機能障害や脳卒中による運動麻痺を有する患者の急増は、現代の日本社会が抱える課題となっている。特に従来のリハビリテーションでは、治療的介入により運動機能が向上しても、その向上効果が持続しないことが多く、これが運動機能障害を有する高齢者の社会復帰を阻む要因となっているという。運動機能障害を克服する有効な手段を講じることは、高齢者のQOL(Quality Of Life:生活品質)を向上させるために緊急に対応すべき重要課題とされている。

運動機能障害を有する患者は、心の中で感じている自分の手や足に異常が生じており、この「心の中の身体」の回復が運動機能障害を克服するカギを握っていると、松宮教授らは考えている。

しかし現在のリハビリテーションでは、この「心の中の身体」の回復を考慮しないため、リハビリテーションの効果が治療的介入では持続しないという。たとえ障害を患った身体部位が治療的介入で動くようになっても、「心の中の身体」が回復していないと、しばらくすると再びその身体部位は動かなくなってしまうというのだ。

また近年では、リハビリテーションの効果を向上させるために、身体所有感の人工的操作技術の適用が注目されているが、身体所有感が本当に運動能力の向上に関与するかは明らかとなっていなかった。

そうした背景のもと、松宮教授らの研究チームは今回、VR技術を用いた実験を行った。被験者自身の手は見えないようにし、その代わりにCGで描かれた手(CGハンド)を提示。CGハンドを自分の手と感じる「身体所有感」と、自分がCGハンドを動かしていると感じる「運動主体感」を、CGハンドに対して独立に制御できる実験環境を構築した。

そしてCGハンドに対し、(i)「身体所有感」はあるが「運動主体感」がない条件、(ii)「運動主体感」はあるが「身体所有感」がない条件を創出。具体的には、条件(i)では、動いているCGハンドを観察すると、CGハンドを自分の手だと感じるが、そのCGハンドを自分は動かしていないと感じる。一方、条件(ii)では、CGハンドを自分の手だと感じないが、そのCGハンドを自分が動かしていると感じるという仕組みである。

もし身体所有感が運動能力に影響を与えるならば、条件(i)で運動能力への効果が現れるはずと考えられた。また、運動主体感が運動能力に影響を与えているならば、条件(ii)で運動能力への効果が現れるはずだという。今回の研究では、これらふたつの条件において、身体所有感と運動主体感が運動能力の指標である目と手の協調運動にどのような影響を与えるかが調査された。すると、条件(ii)においてのみ運動能力が向上することが判明。これらの結果より、身体所有感ではなく、運動主体感が運動能力の改善に寄与することが明らかになった。

今回の成果は、自己身体の気づきである「身体所有感」と「運動主体感」のうち、「運動主体感」だけが運動能力の改善に寄与することを初めて明らかにしたものだ。運動機能回復のためのリハビリテーションに重要な役割を果たしている身体認知のメカニズムを理解する上で、重要な発見となったという。

今回の発見により、運動機能障害を有する患者の麻痺した身体の運動能力や、事故などにより身体の一部を失った患者が装着する義手や義足などの運動制御を改善するための効果的な方法として、運動主体感の人工的操作が有効であることを示しており、運動機能回復のリハビリテーションに新たな道を開くことが期待できるとした。

リハビリテーションの現場では、患者の麻痺した身体の動きを回復するために、患者自身が患者の麻痺肢に意識を集中しながら、その麻痺肢を動かそうと努力することで徐々に動くようになる。これまで、この麻痺肢に向ける身体意識とは何なのかが謎のままだったそうだが、今回の研究により、その身体意識の正体は、運動主体感であることが確認された。従って、麻痺肢の物理的な動きに伴って、その麻痺肢に対して運動主体感を強く感じるようにできれば、より早く麻痺肢の運動機能を回復できることが期待されるという。