挫折、引きこもりを乗り越え 似顔絵で人とつながる 高齢者施設で“再出発”の男性 「描くのをやめなくてよかった」 五島市の窄中和寿さん

高齢者施設で描いた利用者の似顔絵を手にする窄中さん=五島市木場町、かけはし木場

 一度は距離を置いた絵に「再出発」を支えられた。長崎県五島市の窄中和寿(さこなかかずひさ)さん(38)はこの冬、市内の高齢者施設で働き始めた。20代でアニメーターになる夢を果たすも、過酷な労働環境に挫折。ここ数年は働けない日々が続いたが、就労支援事業を通じて社会とのつながりを取り戻した。「似顔絵を描かせてください」-。色鉛筆が、新天地で出会う人々との距離を縮めている。
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 同市出身。絵を描くのが好きな少年だった。高校卒業後、新聞奨学生として東京のアニメーション専門学校に進学。20歳で都内の制作会社に就職した。しかし給料は描いた枚数に応じた出来高払い。初任給は2万円に満たず、親の仕送りに頼るしかなかった。「これ以上迷惑をかけられない」と1年弱で辞めた。
 その後、派遣労働者として五島と都市部を行き来した。正社員の面接も受けたが採用されず、30代の数年間は「働かず、引きこもりのような状態」に。1年余り前、就労支援などを行う五島若者サポートステーション(サポステ)の存在を知り、通い始めた。
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 転機は新型コロナウイルス禍。母と妹が国の特別定額給付金10万円を与えてくれ、計30万円を元手に1人暮らしを始めた。昨年6月、市内の高齢者介護施設「かけはし木場」に就職したが、生活の変化への戸惑いなどから体調を崩し入院。退院後、サポステ職員に言われた。「君はここで、絵を描くだけでいい」
 いつしかやめていた絵を再び描き始めた。サポステ職員や他の利用者に見られるのは恥ずかしかったが、「うまいね」と褒められるのは心地よく、少しずつ自信を取り戻した。
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 秋になり、介護施設は再び受け入れてくれた。仕事に慣れるため、ボランティアとして再スタート。高齢者との接し方が分からない中、紙と鉛筆を借りて利用者の似顔絵を描いた。笑顔を引き出そうと、会話も自然と生まれた。額縁を買って飾ってくれる人も。「自分の絵でこんなに喜んでくれるなんて」。先月、パート職員として復帰した。
 新年を迎え、新たな目標ができた。依頼を受けて似顔絵を描く副業を始めることだ。他の高齢者施設や学童施設などを回り、ボランティアで描くことも考えている。「決められたものを描いている時はつらかったけれど、描くのをやめなくてよかった」と語る窄中さん。自分のため、そして誰かを喜ばせるために描こうと心に決めている。

利用者が使った食器を洗う窄中さん。少しずつ業務に慣れている

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