「寝ている時間以外、ずっと仕事」 アニメーター使い捨て クールジャパンは世界に誇れるか

 

毎朝、太陽が昇るころに布団に入った。出勤は昼を回るのが当たり前。寝ている時間以外ずっと、鉛筆を握っていたような気がする。

仕事漬けの生活を続けるうち、眠りたくても眠れなくなった。病院でうつと診断され、2020年9月、仕事から一時的に離れた。

フリーアニメーターの女性(29)=群馬県=は高校生の時、新海誠の「雲のむこう、約束の場所」を見てアニメ制作の世界に興味を抱いた。

大学卒業を間近に控え、制作会社のホームページで求人情報を探した。採用形態は「業務委託契約」ばかりで、正社員での就職は望むべくもなかった。

それでも、絵を描く仕事をあきらめることはできなかった。

出来高で月収10万円未満も

そんな女性が大学卒業後、足を踏み入れたのは、低賃金、長時間労働が常態化し、あこがれのアニメーターが「使い捨て」のように扱われる過酷な世界だった。

女性は、お茶の間で人気の長寿アニメを手掛ける関東地方の中堅スタジオと業務委託契約を結んだ。

報酬は動画や原画をどれだけ描いたかで増減する出来高制で、難易度の高い仕事が混じって月収が10万円に満たないことも珍しくなかった。知人のつてで同業他社から仕事を請け負い、何とか1人暮らしを続けられた。

「貯金が底をつきて、もうダメだと思うこともあった。でも、この業界には自分以外にもそういう人はいたし、疑問にも思わなかった」

自分の暮らしの異常さに気付いたのは、体を壊してからのことだった。

厳しい雇用実態が浮き彫りに

アニメ産業の市場規模が拡大を続ける一方、作り手たちの暮らし向きはなかなか改善されない。

アニメーターで作る「JAniCA(ジャニカ)」(東京都千代田区)が2018年に実施したアンケートでは、回答した382人の約7割が「フリーランス」「自営業」と回答した。年収に関する質問では、「300万円以下」が4割超、「200万円以下」も2割超を占めるなど厳しい雇用実態が浮き彫りとなった。

業界最大手の東映アニメーションで労働組合役員を務めた爲我井(ためがい)克美(55)は「日本のアニメは世界に誇れる産業だと称されるが、こんな状況で自信を持って『国の産業だ』と言えるのか」と危ぐする。

そんなアニメ業界の「常識」にあらがうように、独自の路線を歩む会社があった。フリーランスが当たり前の業界の中で、スタッフの正社員化に取り組んだ京都アニメーション(本社・京都府宇治市木幡)だ。

「京アニなら人間の暮らし」

「アニメーターの境遇は恵まれたものではない。最初は息子がアニメ業界に入るのは反対だった」

京アニ事件で犠牲になった男性=当時(31)=の父親は、亡き息子がアニメ制作の道を歩もうとした時の心境をこう振り返った。そして、こう続けた。「でも、京アニは生活保障がしっかりしていて、クリエーターを大切にする会社だと思った。ここなら、息子のことを心から応援できると思った」

 

3年前に京アニの採用試験を受けた現役アニメーターの女性(25)が思い返すのは、事件で犠牲になった池田晶子(しょうこ)=当時(44)=が、会社説明会で朗らかに語る姿だ。

「ここなら、普通の人間の暮らしができます」

定時に出退勤し、生活を続けるのに十分な給料をもらう―。池田自身、子育てをしながら、京アニの屋台骨として活躍を続けていた。女性には、自信に満ちたその表情が輝いて見えた。

京アニは、良質の作品を生みだし続けるのみならず、スタッフに対する待遇の厚さから羨望(せんぼう)のまなざしを一身に浴びてきた。京アニがアニメ業界の「理想郷」と呼ばれるゆえんだ。

そのルーツをたどると、ある言葉に行き着いた。15年前に発行された専門誌「アニメージュ」に記された、40字余りの言葉だ。(敬称略)

京アニ放火殺人事件は12月16日に容疑者が起訴され、大きな節目を迎えた。高品質の作品と優良な職場環境から同業者たちに「理想郷」と呼ばれた京アニ。連載「ユートピアの死角―京アニ事件」(計6回)では、業界が草創期から抱えるひずみを描き、未曽有の災厄が起きた背景に迫る。(岸本鉄平、本田貴信)

 

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仕事漬けだった当時の生活をモチーフに女性が描いたイラスト
事件で亡くなった池田晶子。京アニの良好な労働環境を就職希望者に説明していたという(「涼宮ハルヒの憂鬱(ゆううつ) Blu-ray Complete BOX」より)

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