京アニ大賞が導いた栄光と災厄 「クリエイター第一」貫いた先に 「死傷者60人超」業界激震

 

「理念だけは大事にしたいと思っていまして、それは『クリエイターを第一に』ということです」

京都アニメーション(本社・京都府宇治市木幡)社長の八田英明(70)は、2005年に発行されたアニメ専門誌「アニメージュ」の対談企画でこんな言葉を残している。

わずか42字の言葉だが、ここに京アニのすべてが集約されている。

1981年創業の京アニは、八田の妻陽子が、手塚治虫の虫プロダクションで以前働いていた縁で、近所の主婦仲間とセル画に色を付ける「仕上げ」を手掛けたことに始まる。

2000年代初頭、元請け企業として制作全般を取り仕切るようになった。そんな京アニの名を国内外に知らしめた作品がある。

06年に放映が始まった「涼宮ハルヒの憂鬱(ゆううつ)」。

角川スニーカー文庫のライトノベル(著者・谷川 流、イラスト・いとう のいぢ)を原作とするアニメで、京アニを代表するヒット作だ。

涼宮ハルヒは、深夜の放送にもかかわらず、若者たちを中心に絶大な人気を誇った。

ブームの恩恵、届かず

有名スタジオの仲間入りを果たした京アニだったが、社内には割り切れない空気も漂った。

当時、京アニで作画部門を担当していた上宇都(かみうと)辰夫(56)は「会社の知名度は上がっても、会社に入ってくる制作費が増えるわけではない。自分たちの給料も変わらなかった。たとえブームを巻き起こすことができても、制作現場がその恩恵を受けることは極めて難しいということを実感した」と振り返る。

人気作品を生み出しても、制作現場は報われない―。業界の構造的問題から抜け出すため、京アニは大きな一手を放つ。「京都アニメーション大賞」の創設だ。

「みんなが報われるように」

京アニは2009年に京アニ大賞の募集をスタートさせると、文庫レーベル「KAエスマ文庫」を創設した。アニメ制作を原作から手掛けることで、グッズ販売をはじめとする2次利用ビジネスを手広く展開するようになった。

上宇都は「フィギュアやTシャツ、キーホルダーなどの販売収入が自社に入るようになった。グッズを売るために用意した店舗の面積はどんどん拡大し、平日にもかかわらず多くのファンが足を運んでくれた」と振り返る。

調査会社によると、事件前の京アニでは売り上げの2割をグッズ販売が占めるようになっていたという。

現役社員の1人も「『涼宮ハルヒの憂鬱』なんかは他社が権利を持つコンテンツだから、一生懸命に絵を描いても、我々のもうけは微々たるもの。だからこそ、自社で企画して自社で利益を生み出し、現場のスタッフみんなが報われる環境をつくってきたというわけ」と打ち明ける。

経営が安定しないことには、スタッフの正社員化や固定給化はままならない。アニメーターにとっての「理想郷」は、作品の2次利用という武器を抜きには実現できなかった可能性が高い。

その武器を手にするのに重要な役割を果たした京アニ大賞が、結果として、未曽有の災厄を招いてしまった。

午前10時半過ぎの放火事件

「日本一だと思っていた」

制作会社「亜細亜堂」(さいたま市)の労働組合委員長で、人気アニメ「ちびまる子ちゃん」のキャラクターデザインを担当する船越英之(57)は、京アニの経営手法を高く評価してきた1人だ。

船越が目の当たりにしてきたのも、非正規、低賃金、長時間労働が当たり前の過酷な世界。徹夜が多く、昼を過ぎてから会社に出勤するのが自分たちにとっての「常識」だった。

しかし、京アニ事件が起きたのは午前10時半過ぎ。ニュースで死傷者が60人以上に及ぶと聞いて、思わず耳を疑った。

「こんな時間に、どうしてこれだけ多くの人が働いていたの?」(敬称略)=おわり

京アニ放火殺人事件は12月16日に容疑者が起訴され、大きな節目を迎えた。高品質の作品と優良な職場環境から同業者たちに「理想郷」と呼ばれた京アニ。連載「ユートピアの死角―京アニ事件」(計6回)では、業界が草創期から抱えるひずみを描き、未曽有の災厄が起きた背景を追った。(岸本鉄平、本田貴信)

 

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事件現場となった第1スタジオで、ラジオ体操をする京アニの社員たち(「聲の形 特典DISC」より。一部を加工処理しています)

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