2度目のロックダウンが意味するもの 1月18日に導入したスイス【世界から】

クリスマスにもかかわらず、閑散としたチューリヒ市内=中東生撮影

 スイスは1月13日に、食料品店や薬局に代表される「生活必需品販売店」を除く、全ての小売店を18日から2月末まで閉鎖させると発表した。事実上のロックダウン(都市封鎖)だ。昨年3月に実施されたロックダウンとの大きな違いは学校を閉める代わりに、国内にある全企業にテレワークの完全実施を求めたことである。

 収まる気配がまるで見えない感染拡大を防止するためなのでやむを得ない部分はある。だが、今回のロックダウンによって倒産に追い込まれる中小企業や小売店が増えることを心配する声が早くも上がっている。(チューリヒ在住ジャーナリスト、共同通信特約=中東生)

 ▽静まりかえったクリスマス

 そもそも、スイスの経済界は書き入れ時である年末年始の恩恵を十分に受けられないでいた。近年のスイスには主要都市を中心に「クリスマス・ショッピングデー」と呼ばれる商慣習がある。これは12月限定で普段なら定休日の日曜日にも店を営業するのだ。

 この「クリスマス・ショッピングデー」も2020年は1回実施しただけで終わった。そして、スイス政府は12月22日に2度目のレストラン営業停止に踏み切る。クリスマスにもかかわらず、街は静まり返っていた。

 スイスは高度な自治権を持つ「州」が集まる連邦制国家という特徴を生かし、新規感染者が急増していた州では早い時点からレストランや劇場などを閉鎖していた。連邦政府がこれらの州に追従する形で対策を強化したのは、それなりの新規感染者数抑制効果が期待できるからだろう。

 一方、経済への打撃は甚大だ。

 最初のロックダウンに伴うレストラン閉鎖が始まったのは、昨年3月17日だった。ロックダウンが実施されている間にレストラン経営者は補償金を受け取り、5月の営業再開時には間引きしたテーブルに、隣と仕切るためのアクリル板を立て、メニューのQRコード化などの対策を講じた。

 待ちに待った再開だったが、思ったほど客足は戻らなかった。そのため「閉めても苦しい。でも、開けても苦しい」という声が聞かれた。それでもテークアウトを充実させるほか、夏には道路を始めとするオープンエリアに飲食ができるテーブルを設置するなど、店側も生き延びるための努力をしていた。

閉店した「ホテルアンバサダー」内のレストラン。貼られているポスターは次に入る店のものだ=中東生撮影

 ▽順調に見える店であっても

 そのころ、スイス最大の都市・チューリヒにある「チューリヒ歌劇場」近くの有名ホテル「ホテルアンバサダー」内のレストランが閉店した。ホテルの周囲は高級な店が立ち並ぶ。だからこそ、およそそぐわないレストランが後に入ることを知ったときには驚きを隠せなかった。

 このホテルは多くの世界的オペラ歌手が定宿にしており、彼らにとって閉店したレストランはインタビュー場所として指定されることの多い「なじみの隠れ家」だった。ロックダウンに伴い、歌劇場も一時閉鎖されたことで出演者や常連客が宿泊したり、食事に来ることが少なくなった。そのため、経営を続けるのはさすがに難しかったのだろう。

 このことについて報じた記事によると、閉店した事情は次の通り。3代続いたオーナー一族に後継者が見つからなかったため、以前よりレストランの売却を模索していた。そして、昨年4月に名乗りを上げた経営者へ売られたのだという。現在はレストランのみならず館内全てを改装しているため、ホテルそのものが休業中だ。新装オープンは今年春以降を予定している。

 だが、決定の背景には新型コロナウイルスの影響が見え隠れしているように思える。

 オーナー一族はホテルアンバサダーの通り向かいにある高級ホテル「ホテルオペラ」も所有していたが、これもほぼ同時期に売却したのだ。

 「ホテルオペラ」には食通が集まる人気イタリア料理店の「コンティ」が入っている。いつも客でにぎわっているだけに、経営は順調なように見えた。しかし、「コンティ」を経営する会社も多額の赤字を抱えていると報じられている。

 「コンティ」を経営する会社はワイン販売業から事業を拡大してきた。ロックダウンでレストランが一時休業したため、大量のワインをレストランに卸せなくなったことも経営をさらに悪化させた一因なのだろう。

 新型コロナウイルスの感染拡大がいかに経営を圧迫しているかがよく分かる。

 コロナ禍にもかかわらず、業績を伸ばしている業者もいる。19年10月にチューリヒ州に隣接するザンクトガレン州に開店したラーメン店「ニンジャ ヌードル」だ。ラーメンだけでなく、すしも持ち帰りできることに加えて、日本食材も売っていることが評判となり、今まで訪れなかった客層も開拓できた。今ではすっかり地元に根付いている。

 とはいえ、これはあくまでも一部の店に限ったこと。飲食店の大半はこれからも生き残りを懸ける戦いが待ち受けている。

 ▽観光業もゆらぐ

 いつもの年末年始なら、スキー場で遊ぶのがスイス人の常だ。しかし、今年はほとんどの人が家で年を越した。新型コロナウイルス感染再拡大の影響はもちろんある。加えて、昨年3月というまだ十分にスキーが楽しめる時期にロックダウンとなったため、スキー場のシーズンチケットを使い切れなかった人が今年も警戒してチケット購入を自制したことも影響したと見られている。

 このような国内の動きに、スイスの観光業界も反応。感染拡大を防ぐさまざまな試みを行っている。例えば、雪があってもゲレンデの営業を見送ったり、主要観光地などの住民を対象に任意ではあるがPCR検査などを実施したりしている。

 休暇で訪れる外国人観光客の誘致にも力を入れた。フランスやドイツなど近隣の国が年末年始の休暇期間にスキー場を閉鎖するなか、スイスは一律禁止とはせず、各州が個別のスキー場ごとに営業の是非を判断することにしていた。そのため、スキー場が営業しているスイスには国外からスキーヤーが詰め掛けた。

 ところが、このことが大きな問題を引き起こすことになる。

 スイス政府から10日間の自主隔離を義務づけられていた約200人の英国から訪れた観光客が逃げ出して、自国などに戻る事態が起きたのだ。

スイスが誇る高級リゾート地であるベルビエ

 ▽国際問題へ発展?

 スイスには富裕層向けの高級リゾートが各地にある。中でも同国南部のヴァレー州ベルビエは同国最大のスキーコースなどを有する山岳リゾートとして人気を集めている。英国王室のメンバーもたびたび訪れるほどだ。また、毎年夏には世界中から著名アーティストが集う「ベルビエ音楽祭」が開かれるが、これは高級リゾートで長期間滞在する富裕層のために創設された。

 地元自治体によると、今冬は自国の厳しい感染防止策から逃れた英国人が既に例年の2倍近く訪れており、数カ月滞在する予定の人も珍しくないそうだ。

 スイス連邦政府が昨年12月20日、変異種の新型コロナウイルス感染が広まる英国と南アフリカとの空路を封鎖し、翌21日から入国禁止措置を取ったことで、事態は一変する。14日以降に英国から入国した者に対し、10日間の自主隔離を義務付けると発表したのだ。

 英国からの客が多いベルビエでは約420人が対象となった。このうち約200人が逃げ出したのだ。地元当局者によると、隔離対象者の部屋の前に置かれた朝食に手が付けられていないことで発覚した。宿泊先に知らせることなく夜中にひそかに立ち去った例が多いという。

 スイス国内ではこの行為を厳しく批判する声が起きた。同時に、唐突な入国禁止措置を導入したスイス政府の対応を疑問視する意見も出た。

 毎年のようにスイスを訪問する英国人は多数いる。それだけに両国間にしこりが生まれることを危ぶむ指摘もなされている。

 ▽難問の解探しは今年も

 今回のロックダウンはスイス全体の経済を再び止めるばかりか、多数の失業者を出しかねない。しかし、経済活動に重きを置けば新型コロナウイルスを収束させる日はさらに遠のく。さらに、ベルビエのようにトラブルが再び起きて、主要産業の一つである観光業が打撃を受ける恐れもある。

 感染拡大防止を十分にしながら、経済への打撃をどうすれば少なくできるのか。スイスだけでなく多くの国が今年もこの難問の解を探し続けなければならないようだ。

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