【AJCC】トーセンジョーダンが好内容V 池江調教師は預託時から才能を見抜いていた

この勝利を皮切りに秋には大仕事を成し遂げたトーセンジョーダン

【松浪大樹のあの日、あの時、あのレース=2011年AJCC】

前年のアルゼンチン共和国杯で重賞初制覇を果たし、前走の有馬記念では勝ったヴィクトワールピサから0秒3差の5着。このレースでの単勝オッズ1・9倍は結果からすれば妥当なところなんでしょうけど、有馬記念はスローの逃げがハマッたような気もしてましたし、押し出された人気じゃないのかな、なんて疑う気持ちもあったんです。

でも、ファンの方々の見る目は正しかった。ラスト5ハロンが58秒3のレース展開は切れよりも持続力を問うもので、それは9か月後の天皇賞・秋制覇につながっていくようにも思うんですが、それも後出しジャンケンのような意見ですよね(苦笑)。

しかしながら、トーセンジョーダンに対する注目度が低かったわけではないんですよ。むしろ、僕は他の記者の方々よりも早い段階でその存在を知っていました。

2008年5月某日のことです。池江泰寿調教師から電話がかかってきて、「松ちゃん、POGの締め切りはもう過ぎちゃったの?」。POG攻略本のほとんどが発売され、最も後発になる我が東スポグループの「ザッツPOG」もすでに原稿は締め切り、発売も待っているようなタイミング。個人的に参加していたPOG会議の第一回ドラフト会議もすでに終了していました。

それを告げると、「そうかぁ、それは残念だな。実はウチに入ることが決まった馬がいるんだけどさ。これが本当にいい馬で、おそらくは大きいところを勝てると思うんだよ。トーセンさんの馬を預かるのも初めてだし、この世代の目玉になりそう」。その馬こそがトーセンジョーダンだったんですね。

僕は早い段階から池江厩舎のPOG取材に参加させてもらっていて、それこそピカレスクコート(ディープインパクトの帯同馬としてフランス遠征した馬です)なんて名前も記憶しているくらいだから、最古参と言ってもいいくらいなんですけど、この年の会合では名前が出なかった。当然ですよね、預託が決まっていなかったんですから。

ジャングルポケットの産駒でしたし、第2回のドラフト指名でも間に合うと思い、聞いた当時はニヤついていたんですが、すでに第一回の会議で取られていました(涙)。預託先が決まっている馬でなければ話が出てこないトレセン取材と違い、牧場周辺では早い段階から有名だったらしいんですよ。そして、僕が入っていたPOGグループは血統のみで指名することが可能──。3連勝でホープフルSを勝ったときは血の気が引きました。

そして、やっぱり餅は餅屋なのだな、と。POGで牧場回りの記者には敵わない。そう感じた出来事でした。

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