ピクサーの「三つの挑戦」とは? アカデミー賞最有力『ソウルフル・ワールド』は“魂”に触れる最高傑作!

『ソウルフル・ワールド』©2020 Disney/Pixar.

ディズニーのお城に隠された仕掛け

おやっ? と思った。オープニングの“あのお城”のバック音楽がなにやら違うのだ。本編に入って、すぐその理由が明かされてニヤッとするが、もうその瞬間からしてやられたと思った。

ピクサーの前作『2分の1の魔法』(2020年)はコロナ禍の中で、宣伝も興業も中途半端な形で終わってしまったけれど、さすがピクサー、金字塔となる作品を世に送り出した。『ソウルフル・ワールド』はジャズがテーマなので音響のいい劇場で楽しみたかったが、本当に残念。しかし、ネット視聴(ディズニープラス)でも、その完成度の高さは十分にうかがえるので大丈夫である。

『ソウルフル・ワールド』©2020 Disney/Pixar.

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魂と肉体が離れてしまったジャズ・ピアニスト

舞台はジャズの聖地ニューヨーク。ジャズ・ピアニストになる夢を追いかけるジョー・ガードナーはしがない中学の音楽非常勤講師。ある日、正規の教員になれることを告げられるが、イマイチ気乗りがしないジョーは、教え子の紹介で憧れのサックス奏者、ドロシア・ウィリアムズのオーデションを受けることに。

ドロシアの前で緊張するジョーだったが、いつしか自分の世界に没頭しながら演奏してしまう。ドロシアが見つめていたことに、ハッと気付いた瞬間、ジョーの未来が拓けた。ところが、天にも昇る気分で帰路についたジョーを待っていたのは、魂が肉体を離れてしまうという事態。予測できない未来が次々とジョーに訪れる。

ピクサーの挑戦、その1:都会(ジャズとニューヨーク)

ピクサーはどこまで進化し続けるつもりなのであろうか。特に本作は、今までにはなかった挑戦が幾つも行われている。一つ目は、都会をテーマのひとつとしたこと。ジャズとニューヨークである。ディズニーもそうだが、ピクサーには都会が舞台になる作品はあるにせよ、それ自体がテーマとなったことはない。かつてはフライシャー・スタジオ制作のジャズ・フィーチャーアニメーション『バッタ君町に行く』(1941年:「スターダスト」のホーギー・カーマイケル、「オン・ア・スローボート・トゥ・チャイナ」のフランク・ローサーらが音楽を担当)、最近ではイルミネーションの一連の作品がニューヨークを舞台としているが、ピクサーが正面から取り組んだのは大人を意識してのことだろう。キッズ/ファミリーのディズニーとの棲み分けを考えているのかも知れない。

『ソウルフル・ワールド』©2020 Disney/Pixar.

ピクサーの挑戦、その2:人種の壁

もうひとつは、アフリカ系アメリカ人を主人公としたこと。アメリカ映画界における人種の壁撤廃トレンドに即したものと思われるが、それにしても冒険であったと思う。過去、ディズニーで『プリンセスと魔法のキス』(2009年)で一度だけアフリカ系アメリカ人がヒロインとなったが、残念ながらテーマ的には従来のディズニー路線を超えるものではなく、興行的にも失敗であった。しかし、『ソウルフル・ワールド』では真正面から取り組んだ。ピクサー初のアフリカ系アメリカ人を共同監督(ケンプ・パワーズ)に起用したこともあるだろうが、ニューヨークの黒人社会描写に成功している。

ピクサーの挑戦、その3:The Great Beyond

そして、三つ目があの世(The Great Beyond)の表現への挑戦。生まれ変わり(The Great Before)の世界観も含め、これこそ本作の最大のチャレンジであった。監督のピート・ドクターは『モンスターズ・インク』(2001年)、『カールじいさんの空飛ぶ家』(2009年)を経て、2015年に『インサイド・ヘッド』で、脳とそれに由来する感情をテーマとした野心作をつくり上げた。評価も高く、興行的にも大成功を収めたが(ピクサー21作品中全世界収入6位)、しかし、今回はそれを遙かに超えた奥深いテーマとなった。過去、同様のテーマを持つ作品は実写も含めて数多くあったが、『ソウルフル・ワールド』ほど「あの世」の構造を明確に描いたものはなかった。ピクサーらしく理系でシステマチックな「あの世」であったのには笑ってしまったが、ピクサー作品の中で最も人生や運命を考えさせられる作品となっている。

『ソウルフル・ワールド』©2020 Disney/Pixar.

ピクサーマジックの本質

以前、前作『2分の1の魔法』についてのコラムを書き、その中でピクサーを「すべての作品がヒットという奇跡のスタジオ」と表現したが、『ソウルフル・ワールド』を見て、改めてその感慨を強くした。そして、そのピクサーにおけるクリエイティブ面でのトップ(CCO/チーフ・クリエイティブ・オフィサー)を務めているピート・ドクターは自分の監督作品だけではなく、『トイ・ストーリー4』(2019年)、『2分の1の魔法』、ピクサー次回作『ルカ』(監督:エンリコ・カサローザ、2021年7月2日公開予定)の製作総指揮も務めている。

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実はピクサーの大きな特徴は、才能溢れる人材が幾つもの作品に関わり合えるシステムにある。ピート・ドクターと並ぶピクサーの重鎮たち、アンドリュー・スタントン(『ファインディング・ニモ』[2003年]、『ファインディング・ドリー』[2016年]監督)、ブラッド・バード(『Mr.インクレディブル』[2004年]、『レミーのおいしいレストラン』[2007年]、『インクレディブル・ファミリー』[2018年]監督)、リー・アンクリッチ(『トイ・ストーリー3』[2010年]、『リメンバー・ミー』[2017年]監督)なども監督作品以外のピクサー作品に対し、プロデューサーや脚本家、さらにシニア・クリエイティブ・チームという形で参加しているケースが多々ある。まさに衆知を集めているわけであるが、ほぼ天才と言える人材がよってたかって作品を切磋琢磨させているのだから、いい作品が生まれないわけがない。これこそ、全ての作品をヒットさせているピクサーマジックの本質なのである。

『ソウルフル・ワールド』©2020 Disney/Pixar.

豊富すぎる人材が悩み?

そんなピクサーには、1970~1980年代生まれの才能豊かな若手監督、『モンスターズ・ユニバーシティ』(2013年)『2分の1の魔法』のダン・スキャンロン(1976年生)、『トイ・ストーリー4』のジョシュ・クーリー(1980年生)、『リメンバー・ミー』のエイドリアン・モリーナ(共同監督、1985年生)が育ちつつある。そこに、2021年のピクサー作品『ルカ』の監督を担当するのエンリコ・カサローザが加わる。1970年生まれのイタリア人だが、学生時代にアメリカに留学してそのまま業界へ入り、ピクサーには『カーズ』(2006年)から参加、主にストーリーボードを担当した後、シニア・クリエイティブ・チームの一員となったが、51歳にして初の監督デビューを果たした。

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このような人材の宝庫であるピクサーの悩みは、監督の順番がなかなか回ってこないということにある。ここ10年間で12作というペースでは、単純に作品数を監督数で割ると10年に1作というレベルになるが、これでは溢れる才能を活かしきれない。ベテラン勢はともかく、台頭する若手が監督するチャンスが少ない、といった贅沢な悩みを抱えているのが現在のピクサーなのである。

アカデミー長編アニメーション賞、最有力候補

『ソウルフル・ワールド』はピート・ドクターの最高傑作であるのはもちろん、ピクサーにとっての最高傑作になるであろう。以前、アカデミー賞のノミネート率が100%であるアイルランドのカートゥーン・サルーン制作の『ウルフウォーカー』(2020年)が、長編アニメーション賞を獲得する確率が高いのではと述べたが、それは『ソウルフル・ワールド』を見る前のことであった。

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カートゥーン・サルーンのノミネート率は100%、それに対してピクサーは68.4%だが、実際に受賞したのは前者が0回、後者は10回で、その確率はなんと52.6%となる。だからピクサーが有利とは言わないが、『ウルフウォーカー』と見比べて判断して欲しいと思う次第である。

『ソウルフル・ワールド』©2020 Disney/Pixar.

文:増田弘道

『ソウルフル・ワールド』はディズニープラスで独占配信中

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