ニューノーマル時代の提案の中心となったデジタルヘルス ーCES2021レポート7

フルオンラインで開催された、CES2021。レポートの第七段は、デジタルヘルスに関してだ。多額の旅費をかけずに日本から最新の発表にアクセスできる敷居の低さの反面、歩けば大量の情報がやってくるリアルな展示会と異なり、選択的に情報にアクセスしないと全体像が把握しづらいデメリットがあったと感じる。その中でも、キーノートや各主要プレーヤーの展示内容から筆者が感じた潮流が二つある。それは、「ホームエクスペリエンス」と「デジタルヘルス」の二点だ。コロナ禍の世界情勢を鑑みて今年中心的な訴求になった事は必然的と言える。とは言え、「ホームエクスペリエンス」はIoT、5G、AR/VRが商用レベルになってきた頃から提案が続けられてきたし、「デジタルヘルス」も新型コロナ以前に人生100年時代が叫ばれて以降、業界を問わず関心の的であった。両方とも消費者の根源的な需要に沿っているため一過性のトレンドではなく、今後暫くあらゆる業界で中心的な訴求対象になるだろうと思う。今回は今年のCESで提案のあったデジタルヘルス提案についていくつか取り上げる。

針を使わずに血液の情報を可視化するテクノロジー

各種スマートウォッチや、カメラだけで心拍数を測る技術をはじめ、バイタルデータを読み取るテクノロジーの発展は近年目覚ましい。大がかりな医療機器ではなくコンシューマーユースのデバイスに落ちてきている所が重要なポイントだ。その中でも、これまでは注射針を刺したり採血をしないとわからなかった血液内の数値も皮膚に針を刺さずに可視化できるテクノロジーが興味深い。

血糖値を可視化するウェアラブルデバイスこれまでも皮膚に少しだけ針を刺して血糖値をリアルタイムに測るデバイスは市場に存在してきたが、クォンタム・オペレーション社が開発したウェアラブルデバイスでは、それを針を使わず皮膚の上からのセンシングで可能にするという。日本のスタートアップだ。まだ開発段階で、精度も針を刺すタイプの血糖値測定機器と比べて差があるようだが、血糖値のチェックは医療的な目的以外にもダイエットや眠気の管理など用途のすそ野は広いと思われ、今後の製品化が期待される。

貧血を可視化するホームデバイス BOSCH「hb VARIANT」

貧血を可視化するホームデバイス BOSCH「hb VARIANT」産業機械や電動工具のイメージが強いボッシュからも、デジタルヘルス機器の製品の発表があった。「hb VARIANT」「hb+ VARIANT」と名付けられた手の平大のデバイスで、血中のヘモグロビンを指先のスキャンのみで測定するという。これにより貧血症を可視化する事が可能となる。貧血はWHOの推定によると世界で約16億人が潜在的に悩まされているポピュラーな症状であると同時に、妊産婦死亡の原因の44%を占める重大な症状でもあるという。このような貧血症を手軽にモニターする事ができるこのデバイスは、特に医療の整備が十分でない地域で役に立つことが期待される。医療が整備されていない地域では、注射針の使用も衛生面からリスクが高まるが、針を使わないのであればその心配もいらない。同社はこの製品でCESイノベーションアワードを受賞している。

デバイスに指を入れて指先をスキャン。30秒程度で完了するという。

血圧と体重を医師が遠隔でモニタリングするOMRON VitalSight

オムロン VitalSightは、プラグ&プレイ、電源を入れるだけで始められるオムロンが発表したのは血圧計と体重計をコネクテッドさせ、医療クラウドに繋ぐ事で高血圧患者の自宅での遠隔医療を可能にするシステムだ。コネクテッドされているため、ユーザーは毎日いつも通り血圧や体重を測るだけで数値が自動的に記録される。記録されたデータは医師と直接つながっているため、異常値や観察を必要とする数値になった時には医師からアラートが出せる。コンセプト自体はIoTデバイスとしては順目であり、もちろんこれまでも同様の提案が各社からあった。テクノロジーとしても目新しい技術が組み込まれている訳ではない。重要なのは、非常に実用の現実味が高いという点だ。要するに使うハードルが低いのだ。

VitalSightに見る、日々のルーティーンを変えずにコネクトすることの重要性

IoTの普及においてこの点は非常に重要である。いかにベネフィットがあっても、日々の習慣を大きく変えたり、新しい習慣を取り入れたりする事は多くの人にとって大きなハードルとなる。端的に言えば面倒くささが勝ってしまう。使い慣れないテクノロジーめいた機器なら尚更だ。体重を測ったり、特に血圧に不安を抱える人にとって血圧を測ることは、日々のルーティーンに十分組み込んでいける行為だろう。特別な事をせずに、日々のルーティーンがそのままコネクテッド化される事は、日常生活のDXの在り方として望ましい。

ルーティーン化するためのチェックシートも提案されていたIoT普及のもう一つのハードルが接続設定だ。特に家のWi-Fiに繋いだり、スマホのBluetoothを介して接続設定を行うのはなかなか厄介だ。全く不得手なユーザーも多いし、そのためのサポートを考えると提供側のオペレーションコストも悩みの種だ。VitalSightには事前設定が済んだデータ送信ハブも予めセットされており、ユーザーは電源を入れるだけで、コネクテッドされたサービスを受ける事ができる。革新的なテクノロジー以上に、こうしたUXの満足度の高さが普及には欠かせない。また、VitalSightは医師が処方する事を前提にしており、北米では医療保険の対象となるようだ。UXのシンプルさもさることながら、ユーザーの手に渡るまでのストーリーもしっかりデザインされていると感じる。毎年CESではヘルスケア関連の展示はメイン会場とは異なる会場(LVCCをメインとするならば)に並ぶことが通例だったが、おそらくこうしたデジタルヘルス関連の訴求はこれから中心的な存在感を出していくように思う。新型コロナへの傾向と対策が徐々に見えてきた昨今、各社のデジタルヘルスとの向き合い方に注目していきたい。

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