卓球で「子供が大人に勝てる」のはなぜ? “3つの理由”を専門家が解説

近年、小中学生の若い卓球選手の活躍がメディアで報じられるようになった。特に1月の全日本選手権シーズンには、天才キッズたちが毎年のように一回り以上大きい大人たちをなぎ倒す。

「愛ちゃん」の愛称で親しまれ、ロンドン、リオと2度の五輪でメダルを獲得した福原愛さんも、高校2年生以下が出場する全日本選手権ジュニアの部を中学1年生で制覇した。

男子では張本智和が中学2年生にして大人も出場する一般男子シングルスで優勝しており、2人の最年少記録は現在も破られていない。

今年の全日本選手権でも、一般の部では中学生が大学生を倒したり、ジュニアの部では9歳の選手が高校生に混じって出場するなど話題を呼んだ。

体格に劣るはずの子供が卓球で大人に勝てるのはなぜか?

気になる“3つの理由”を、プロ卓球コーチの織部隆宏氏(ITS三鷹)が解説する。

天才相撲少年は横綱に勝てる?? 卓球の場合は…

写真:2021年1月の全日本選手権ジュニアの部。大会最年少9歳の大野颯真(ABBEY)が身長差のある相手に立ち向かった/撮影:ラリーズ編集部

卓球ではなぜ体格や体力の差がある大人に対し、子供が勝てるのか?そこには“3つの競技特性”が大きく影響している。

それぞれ詳しく見ていこう。

【理由1】プレーに最低限必要な身体能力レベルは低くてもOK

写真:13歳の松島輝空(JOCエリートアカデミー)/撮影:ラリーズ編集部

まず卓球はプレーするのに身体的なハードルが低い。

相手とのボディコンタクトは無く、打つのは3グラム足らずの軽いピンポン玉だ。自分のコートの端からボールを約1.4メートル先にあるネットを超えさせるだけの力があれば相手コートに返球が出来る。トップアスリートでもラケットの重さは200g程度と軽いため、子供がラケットを振り回し、大人が取れない速いスマッシュを連続で打つこともできる。

また選手が動く必要のある範囲も比較的狭い。卓球台の自陣の面積は約2平米でテニスコートの65分の1だ。この畳1畳より少し大きいぐらいのコートの周りを動き回れれば全てのボールを返せる。そのため子供でもボールに手が届くのだ。もちろん高身長で手足が長い方が、ボールに手が届きやすいし、筋力がある方が速いスマッシュが打てるのが、勝つための必須条件ではない。

他のスポーツと比較するとわかりやすいが、体と体が直接ぶつかり合うスポーツでは、体格差が結果と直結しやすい。わんぱく相撲のチャンピオンは横綱を土俵から押し出すのは難しいだろうし、ラグビーで小学生がプロ選手にタックルをしても梨の礫(なしのつぶて)だろう。

一方で卓球の場合は、対戦相手と体が接触することはない。敵は常に卓球台をはさんだ向こう側にいるからだ。

また、ウェイトリフティングや砲丸投げのように重い器具を使用する競技であれば「競技を始めることさえ出来ない」体格・体力の壁が存在するが、卓球にはほとんどない。未熟な体での練習が命の危険を伴うことは無く、早い段階からトッププレーヤーと同じ訓練を行うことができる。

【理由2】「用具」と「戦術」で身体能力をカバーできる

写真:伊藤美誠(左)、平野美宇は14歳にしてワールドツアーで世界の頂点を争っていた/提供:ITTFworld

卓球では速くダイナミックに動ける身体能力の良さや、ボールに手が届きやすい体の大きさは、もちろん有利に働くシーンが多い。

それでも身体能力や体格に劣る選手が、他の要素でカバーできるのが卓球競技の特徴だ。

その要素の一つは、卓球選手が使用するラケットやラバーだ。最近では木のラケットにカーボンなどの特殊素材を入れたものが主流で、筋力の無い子供でもスマッシュをはじめ得点に十分な速さのボールが打てる。

またラケットの表面に貼るラバーは現在、国際卓球連盟で公認されている商品が1600種類以上もある。現代卓球の主流であるシェークハンドではラバーをフォアとバックの2枚使用するため、その組み合わせは約256万通りあることになる。

体格に劣る子供でも各ラバーの特性を活かし、プレーの習熟度を上げることで、大人が取れない豪速球や魔球を生み出し、実力差をひっくり返すことも可能なのだ。

また、戦術面での選択肢が多いのも卓球の特徴だ。サーブ一つを取っても、回転のかけ方やコース、構える位置などの組合せる要素が多く、初めて対戦する相手のサーブを完全に読み切るのはトップ選手でも難しい。ラリー中でも予想と違うコースに来たボールを正確に返球するのは至難の業だ。

このように「用具の性能を活かした強烈なスピン」「相手の予想を外したコース取り」といった勝敗を決するのに必要な要素が沢山あるため、卓球では必ずしも体が大きい方が有利とは言えないのだ。

元世界王者の荻村伊智朗は「卓球は100m走をしながらチェスをするような競技」という言葉を残した。100mは体力の、チェスは知力の喩えだが、卓球では「100m走なら負けないがチェスで大敗する」というケースが良く起こるのだ。

【理由3】小柄な方が有利な側面も

写真:卓球台の相手コートはかなり狭く見える/提供:織部隆宏(ITS三鷹)

実は卓球は小柄であることが一部有利な側面も持つ。それは全力で打った際の「ボールの飛距離」が関係する。

上述の通り、卓球台の相手コートの面積は約2平米しかない。しかも間にネットを挟んでいるため、ボールが飛び交う高さに目線を合わせると相手コートは随分小さく感じるものだ。

卓球の選手たちはあれだけ速いラリーの中で、2平米足らずの的(まと)を上から角度をつけ、正確に、そして連続して狙わなければならない。つまり飛距離よりもコントロールが重要だ。

遠くにボールを飛ばす競技ならば体格や身体能力に恵まれるに越したことはないが、卓球の場合、体格に恵まれた選手は、ボールが飛びすぎて制御が難しくなることがある。逆に小柄な選手はボールが飛びすぎず、台に収まりやすいため比較的スイングの自由度が高いとも言える。これは小柄な伊藤美誠のスマッシュが決まる理由の1つでもある。日頃私が大人から子供まで幅広く指導をさせて貰う中でその傾向は顕著だ。

また、現代卓球の主流となったテンポの速いラリーにおいても、小柄な選手はフルスイングしても自然とコンパクトな打ち方となる一方で、手足が長い選手はスイングが相対的に大きくなりやすく、次のボールが返球されるまでの戻りが遅くなってしまうことがある。

今年の全日本選手権でも男子シングルス決勝はともに身長約160cmと小柄な及川瑞基と森薗政崇の両選手がテンポの速いラリーを展開した。

「小柄であることにもメリットになり得る」という競技特性は、若きスターが誕生しやすい理由として大きいだろう。

子供も勝てるが大ベテランも勝てるのが卓球

写真:57歳の倪夏蓮(ルクセンブルク)はヨーロッパ選手権でも銅メダルを獲得し、東京五輪の代表権を得ている/提供:ittfworld

ここまで卓球の3つの競技特性に基づいて「若年層が活躍できる理由」について解説してきた。実はこの3つの競技特性は「歳を重ねてもプレーできる理由」ともつながる。

オリンピックでは、何度も40歳前後の選手がメダル決定戦に名を連ね、また、50代で東京五輪の代表権を得ている選手もいる。身近な地域のオープン大会でも、50代、60代のベテランプレーヤーが、高校生や大学生を翻弄する場面も多く見られる。

体格差も年齢も関係ない競技だからこそ、卓球は子供も大人も関係なく楽しめるのだ。

執筆者プロフィール

写真:織部隆宏(ITS三鷹)/提供:本人

1990年生まれ。東京都出身。早稲田大学卓球部OB。野村證券を経て、現在は卓球界のレジェンド故・荻村伊智朗氏がプロデュースした会員制卓球クラブ「ITS三鷹」でプロ卓球コーチとして活動。若き理論派指導者として知られる。

文:織部隆宏(ITS三鷹)

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