コロナ禍で説明会参加者2倍、働き方が激変した介護現場がICT導入のコツを公開

高齢化社会で常に人手不足と言われる介護業界に今、大きな変化が訪れています。

介護業界の情報サイト『HELPMAN JAPAN(ヘルプマンジャパン)』の調査によると、介護従事者の勤務先施設におけるIT導入状況は、2018年時点で50.8%。約半数の施設が電話やFAXを中心に業務を行っている状況でした。

そうした中、新型コロナウイルスの感染拡大が介護施設の日常を激変させました。感染防止のため、厚生労働省からの通達により面会が禁止に。家族に会えず寂しさを感じている利用者のために、それまではICT化に消極的だった施設も「オンライン面会」を取り入れるようになりました。

神奈川県と東京都で高齢者施設など複合事業を展開する社会福祉法人 若竹大寿会は、日常業務だけではなく採用活動でもオンライン化を推進し、成果をあげています。人事担当の前田洋美さん、研修担当の鈴木文子さんに、ICT化プロセスにおいての工夫と効果について伺いました。


ムダを省く業務改善から「AI活用」へ

――若竹大寿会では、いつ頃からICT化の取り組みを始めたのでしょうか?

前田洋美氏(以下、前田): もともとは数年前、「業務改善」への取り組みから始まりました。

理事長の竹田は各事業所に足を運んでスタッフの声を聴く活動を大切にしているのですが、その中で「仕事は楽しいし、もっと利用者様とコミュニケーションを取りたいが、時間がない」という声が多いことがわかりました。そこで「ムダを省く」改善プロジェクトを開始したのです。

まず行ったのは、業務の見える化と標準化です。スタッフ毎の業務量を見直し、各々が長年の経験や勘で行っていた業務を効率の良い手順に統一するなど、現場のムダ、ムラ、ムリを省き、生産性向上を図りました。

その後、タブレットを使って利用者様の状態を記録し、スタッフ同士で共有する仕組みも導入しました。タブレットやスマホに慣れていないスタッフや外国人スタッフもすぐ使うことができるよう、操作もシンプルなものにしています。

「文字入力」ではなく、ボタンを押して選択するタイプの操作画面もできるだけ取り入れることにより、記録時間の短縮にも成功しました。

――最近はAIを導入されたと伺いましたが。

前田: 今まさに、その過程にあると言ったところでしょうか。作業効率化を追求する中で、「人の手で行わなくても大丈夫なものがたくさんある」と気づきました。そこをまずはICTで、ゆくゆくはAIで代替しようと考えています。

2019年度から外部企業と共同開発を始めました。まだ開発途中段階ですが、すでに実用化しているものもあります。スマートフォンにすべての情報を集約することにより、一目で利用者様の状況が把握できるようになっています。

例えば、ベッドに敷いたセンサーマットと連動しバイタルを確認したり、入浴や排泄の状況等が設定基準値を下回ったりするとアラートが出る仕組み、などです。今後は利用者様のデータを蓄積し、体調変化の「予測」精度を高めていく予定です。

採用説明会はオンライン化で参加者が2倍以上に

――コロナ禍を機に、採用活動はどのように変化しましたか?

前田: 新卒採用においては、2月以降、説明会・施設見学・面接まで、すべてオンラインで行っています。説明会をオンライン化したところ、気軽に参加してくださる学生さん、地方から参加してくれる学生さんが増え、参加者数は前年対比214%アップしました。

面接も、1次・2次はすべてオンライン、地方在住の学生さんは最終面接までオンラインで完結しています。そのためスピーディに選考が進み、8月末時点で目標の採用人数を達成できました。

例年と異なるのは、福祉関連学部以外の方の参加が増えたことです。特に、「ホスピタリティを持って人と接する仕事がしたい」とホテルや観光業界を目指していた学生さんが、コロナ禍の業績悪化によって就職が叶わず、介護業界に目を向けてくださいました。

介護は、利用者様の長い人生の歴史に向き合い、人生の終わりに寄り添う仕事です。最期に「いい人生だった」と思っていただけることを目指す、究極のサービス業だと考えています。「異業界を志望していたけれど、介護業界の魅力に気付いた」と、入社を決めてくださった学生さんもいて、とても嬉しいですね。

――「オンライン説明会」以外にも、採用活動で工夫されたことはありますか。

前田: 施設見学を「リアルタイム配信」にしました。私たちは利用者様が過ごしやすく、スタッフが働きやすい空間作りにこだわっています。これまで施設見学に訪れた学生さんは皆、「まるでホテルみたい!」と驚いてくれましたが、オンライン説明会で施設の写真や映像を流しても反応が薄く、良さが伝わっていませんでした。

何とかしてリアルな雰囲気を伝えたいと思い、スタッフがWebカメラを持って施設内を歩きながら生配信するようになりました。たまたま出会ったスタッフに質問を投げかけたり、視聴者のリクエストに応えてバックヤードの内部まで見せたりしています。

臨場感を持って伝えたことで「雰囲気がよくわかった」と好評をいただきました。

――SNSも活用されているそうですね。

前田: 就職フェアや合同説明会がなくなり、当社を知っていただく機会が減ってしまいました。それをカバーしたいと考え、ツイッターやインスタグラムによる情報発信を始めています。

時間がかかるものだと予想はしていましたが、やはり半年や1年では成果にはつながりませんね(苦笑)。SNSは長期の目線で取り組む必要があると思っています。

とはいえ、良い面もありました。内定者の皆さんがフォローしてくださっているんです。「リツイートしたら、友達から『あの写真いいね』と言われて、自慢できました」なんて声も寄せられています。

研修は動画のほうがわかりやすい

――入社後の研修についても大きく変更されたそうですね。

鈴木文子氏(以下、鈴木): 例年は全員が研修センターに集まって行うのですが、すべてオンラインにしました。参加者は所属する事業所にいながらZoom(オンライン会議ツール)で研修に参加します。

4~5月の研修は、講師が一方的にレクチャーする内容が中心でしたが、「参加者が自分の意見を言えないまま、あるいは理解が不十分なまま終わってしまってはいけない」と、途中からグループワークも取り入れました。

介護に関する様々なテーマを話し合い、最終的に皆の前で発表します。「皆の前で発言するのは苦手でしたが、オンラインだと不思議と喋れました」という人が多かったのが印象的ですね。

――介護の業務研修には「実技」も含まれるかと思います。オンラインではどのように工夫されていますか。

鈴木: 最初は理解してもらえるか不安でしたが、カメラの角度を工夫すれば動画でもリアルに見せることができるとわかりました。

例えば「ベッドから車椅子への移乗」「食事介助」など、各シーンの動きを1~2分で簡単に見られる動画をたくさん用意しています。着替えの介助にしても「右麻痺」「左麻痺」それぞれの対応法など、細かく分けてマニュアル動画を作成しています。

動画は紙のマニュアルや言葉だけの説明よりもわかりやすく、繰り返し見直すこともできます。スマートフォンでも見ることができるため、いつでも、どこからでも確認できるのが大きなメリットです。

――介護業界には変化にうまく対応できない事業者さんも多いようです。貴法人が成功しているポイントはどこにあると思われますか?

前田: 当法人では「職員一丸となって人を幸せにする。人が大切にされる世の中を創る」という理念を掲げ、その浸透に力を入れています。

理念を軸にしたとき、「やったほうがいい」となれば職員一丸となってチャレンジする。そんな文化が根付いているからこそ、変革への取り組みも進んでいるのではないかと思います。

――ありがとうございました。


スムーズなICT導入を成し遂げている法人の多くには、経営トップが率先して導入に動いているという共通点が見られます。トップが施設のありたい姿を描き、自ら推進していくことで、変革が実現するのではないでしょうか。

オンライン上でのバーチャルなコミュニケーションにおいても、よりリアルに感じてもらうための工夫をいかに考えて実践できるか、ひとつひとつの事業所の努力とチャレンジの積み重ねが、コロナ禍に実を結んでいると言えるでしょう。

© 株式会社マネーフォワード