バイデン大統領で日本は最悪事態も|島田洋一 「ジョーは過去40年間、ほとんどあらゆる主要な外交安保政策について判断を誤ってきた」オバマ政権で同僚だったロバート・ゲイツ元国防長官は回顧録にこう記している。バイデンの発言のあとに、そのとおりの行動が続くと考えてはならない。土壇場で梯子を外された場合を想定して、その収拾策も用意しておく必要がある。

レーガン米大統領「バイデンは純粋なデマゴーグだ」

以下では、2021年1月20日以降、民主党バイデン政権が誕生した場合に、その対外政策はどのように展開されるか、またそのなかで日本はいかなる政策を取るべきかをテーマに、問題点を整理したい。

まず、ジョー・バイデンとはいかなる人物か。 かつてソ連崩壊を主導したロナルド・レーガン米大統領は、バイデン上院議員(当時)について、日記に次のように記している(1987年6月15日)。

「(副大統領らと)いま、大統領選に出馬しているバイデン上院議員について若干話した。昨晩、ハーバード大学のジョン・F・ケネディ・スクールで彼が話している様子をCNNで見た。弁舌さわやかだが純粋なデマゴーグだ。レーガン・ドクトリンからアメリカを救うため立ち上がったそうだ」

はたして、その後バイデンが、「弁舌さわやかだが純粋なデマゴーグ」を脱して、発想から行動に至るまで、飛躍的な転換を遂げたと言えるか。残念ながら、楽観できる材料は見当たらない。

バイデンの基本的な対中政策観

国際政治が、アメリカを中心とする自由主義陣営と中国共産党政権(以下中共)が本格的に対立する「新冷戦」時代に入ったと見るべき時、バイデンの基本的な対中政策観は、彼のかつての対ソ政策観と大差ないのではないか。

バイデンの発想では、ソ連崩壊といった「不可能な夢」を描いて締め付けを強めるレーガン的行き方は、危険きわまりない冒険主義である。そうではなく、安定を旨として、二国間交流を深め、半永久的な平和共存の枠組作りを追求する、いわゆるデタント(緊張緩和)政策の立場こそが現実的で、かつ正しい。

時計の針を巻き戻すだけの男

しかし、デタントの欠陥は、「パートナー」たるソ連が侵略主義を捨てない点にあった。ソ連側は、勢力圏を認めあって安定的共存を図るという「暗黙の合意」に忠実を装いつつ、実際には、米ソ正面の安定を奇貨として、中南米、中東、アフリカなどの周縁部で、親ソ政権の樹立を目指した工作活動を続けた。米ソ関係の安定と周縁部の掘り崩しは、ソ連戦略においてはどこまでもセットであった。

ちなみに、オバマ政権時代に習近平が米側に持ち掛けた「新型大国関係」も、同様の狙いを秘めたものだったと言える。 この時、中共側の意図に気付かず、二つ返事で受け入れようとしたのがスーザン・ライス大統領安保補佐官(当時)だった。ライスは何らかの形でバイデン政権入りすると見られている。日本として、最も警戒すべき人事の一つである。

こうしたデタント的な偽りの安定を脱し、「悪の帝国」ソ連共産党の弱体化を本格的に進めようとしたのがレーガン大統領であった。

一方、レーガンの政策を危険で愚かと非難し、ことごとく阻止を図ったバイデンの立場は、旧来のデタント政策への展望なき回帰に過ぎなかった。

バイデンは中共との戦いにおいても、レーガン的なトランプ路線を放棄し、ただ漫然と時計の針を巻き戻すだけの男となりかねない。

発言と行動のギャップ

次期大統領がトランプ、バイデンどちらであろうが米国の厳しい対中姿勢は変わらない、という声をよく聞く。しかし、そう楽観(中共や宥和派から見れば悲観)はできない。

たしかに、中共の人権蹂躙や知的財産窃取を批判する発言のレベルでは大差ないかもしれないが、問題は行動である。バイデンは、とりわけ発言と行動のギャップが大きいと評されてきた政治家である。

バイデン自身、2007年に出した回顧録に、自分は次のような批判に晒されてきたと記している。

・しゃべり過ぎる。
・論理でなく感情に動かされる。
・汗をかいて結果を出す姿勢に乏しい。

あるベテラン記者は、以上を「ジュージューと焼き音はするがステーキが出てこない」と端的に総括している。

すなわち、立派な演説はするが、結果につなげる政策構想力、決断力に乏しい。「いまはもう克服した」とバイデン本人は言いたいのだろうが、実績に照らせば大いに心もとない。

あらゆる外交政策に失敗

決断力の欠如については、アルカイダの首領オサマ・ビンラディン除去作戦(2011年5月2日)の際の逡巡が典型例である。

副大統領候補テレビ討論会でマイク・ペンス副大統領も指摘していたが、バイデンはテレビカメラを直視し、指をさす得意のポーズで「ビンラディン、お前に安息の地はない、地の果てまでも追いかけ、必ず正義の鉄槌を下す」との趣旨をたびたび語っていた。

ところがいざビンラディンの隠れ家が特定され、海軍特殊部隊による襲撃作戦を実行する段になって腰が引けた。 「失敗すると厄介な政局になりかねない」と最後まで慎重論を唱えたのである。失敗とは、特殊部隊や女性、子供に死者が出る一方、ビンラディンは取り逃がす、といった場合を指す。繰り返し大見得を切りながら、実行段階に至るや、うまくいかないケースを懸念して先送りを図るあたりがバイデンらしい。「焼き音はするがステーキが出てこない」と評される所以である。

オバマ政権で同僚だったロバート・ゲイツ元国防長官は回顧録に、「ジョーは過去40年間、ほとんどあらゆる主要な外交安保政策について判断を誤ってきた」と記している。今回の大統領選の終盤、メディアからこの評価を変えるつもりはあるかと訊かれたゲイツは「そのつもりはない」と答えている。

オバマ政権における「テロとの戦争」の最大の成果は、バイデンの反対をオバマがはねのけたがゆえに得られたものであった。

日本政府は決して、バイデンの目力のこもった断固たる発言のあとに、そのとおりの行動が続くと考えてはならない。とりわけ重要課題に関しては、本人および周辺に最後まで念を押し、釘を刺し続けねばならない。土壇場で梯子を外された場合を想定して、その収拾策も用意しておく必要がある。

オバマ時代に戻りかねない対中政策

対中政策においては、バイデンはトランプ流の積極攻勢路線を捨て、オバマ時代の平和共存、微調整路線に戻ろうとするだろう。 バイデンはトランプと違って、自分は同盟国との協調や多国間の枠組を重視すると強調してきた。一見、日本にとって好都合な話に聞こえる。 しかし、中国の体制転換といった歴史的課題に取り組むに当たっては、同盟国の政府や企業であれ、足を引っ張る行為に対して制裁で臨む冷徹さも必要である。 典型例が、「中共の情報機関、保衛機関の傘下企業」(オブライエン安保補佐官)と言われる情報通信機器最大手ファーウェイへの対応である。 米議会の強硬保守派とトランプ政権がタッグを組んで進めたファーウェイ排除に、同盟国の多くは消極的だった。バイデンが言うように、コンセンサスを重視し、とりわけ消極的なドイツの説得に時間を費やしていたなら、今頃、5G(第5世代移動通信システム)市場はファーウェイに席巻されていただろう。情報通信の世界は展開が早い。同盟国間の合意形成に過度にこだわるならば、それ自体が中共を利する行為となる。

イギリス、次いでフランスが当初の消極姿勢を変え、ファーウェイ排除に動いたのは、トランプ政権が同社と取引のある企業をアメリカ市場から締め出す方針を明確にしたためである。取引の存在を隠して米国で商売を続けた場合は、巨額の罰金に加えて経営幹部の逮捕や収監もあり得る。

個々の企業は中共の報復やいやがらせに弱い。制裁を振りかざすアメリカの圧力に逆らえない、と言い訳できる状況は一種の救いでもある。その意味で、米政府が中共に厳しいと同時に同盟国に対しても容赦ない存在でなければ、現実問題として、同盟国の結束は得られないだろう。

5Gネットワークからのファーウェイ排除を、安倍政権はアメリカの同盟国中、最も早く決めた。トランプが安倍に信頼を寄せたのは、こうした行動があってのことである。

バイデン政権が、対中共でどの程度同盟国に厳しく結束を迫れるかは、通商代表や商務長官、国務長官、あるいはホワイトハウスの安保補佐官、貿易担当補佐官に誰を起用するかにも拠る。

政権内に親中左派が続々と

トランプには企業経営者として、中国相手に時に煮え湯をのまされた経験があった。副大統領のペンスもインディアナ州知事として、ある程度貿易交渉に携わっていた。

その点、長年ワシントンの水にのみどっぷり浸かってきたバイデンにも、検事出身で上院議員一期目のハリスにも、中国に関する「現場感覚」は期待できない。

バイデンは現状維持・微修正志向であり、ハリスは「期待できない未知数」である。トランプより強硬な路線を取るとは到底思えない。

加えて、上院ではバーニー・サンダース、下院ではアレクサンドリア・オカシオコルテスを旗頭とする民主党内極左グループが強く論功行賞人事を求めてくるだろう。政権内に親中左派がかなり入り込むかもしれない。

日本は今後、着実に日本企業の脱中国化を進めていかねばならない。アメリカからの圧力が緩むから何となく中国に居続ける、いわんや進出を拡大するとなると、人間と資産の両面で「人質」を増やし、身動きが取れなくなる。

バイデンに決断力がないと言っても、1979年のソ連アフガニスタン侵攻のような事態を中共が引き起こすなら、議会の圧力も受け、制裁発動のやむなきに至るだろう。弱腰と言われ続けたジミー・カーター大統領も、対ソ強硬派に豹変した。

その時、多数の人質企業を中国に抱えていると、日本は破滅的な損害を被ることになろう。 アメリカがどこまで本気で対中締め付けに取り組んでいるかは、大統領や国務長官をはじめとする政権幹部の演説や法律文を見るだけでは分からない。

制裁法や役所のガイドラインがあっても、違反する企業や国は必ず出てくる。意図的に違反せずとも、あらゆる制裁には微妙なグレーゾーンが存在する。中国相手の取引を続けたい、あるいは新規に始めたい企業は、自らに都合のよい解釈、すなわち「おそらく引っ掛からないだろう」といった姿勢を取りがちである。

したがって制裁を実効あらしめるには、積極的な摘発によってグレーゾーンを極力狭めていく努力が欠かせない。すなわち「厳格な法執行」である。

巨額の罰金を科せられたり、経営幹部が逮捕起訴されたりといったニュースを目にして、初めて関係企業は、君子危うきに近寄らずとの判断に傾いていく。

トランプの的確な指示

この点、トランプ政権は、対中国で加速度的に法執行を厳格化させてきた。2020年6月末以降、ポンペオ国務長官はじめ政権幹部四人による対中圧力強化を主題とした連続演説が行われたが、そのなかに違法行為を捜査する責任者であるクリストファー・レイ連邦捜査局(FBI)長官、訴追と公判維持の責任者であるウィリアム・バー司法長官という法執行部門のトップが2人入っている(詳細は本誌2020年10月号の拙稿「ポンペオ国務長官+三演説の破壊力」参照)。

この人選の意図は明らかである。レイは捜査機関を代表して、次のように述べている。

「現在、FBIは10時間に1件の割合で中国絡みの防諜事案の捜査を始める状態にある。全米で捜査中の5000件の事案のうち、ほぼ半数が中国に関連している」

そのうえで、捜査中の中国関連事案のうち、1000件以上がテクノロジーの窃盗に関連していると強調した。

続く演説でバー司法長官が起訴件数に言及し、「連邦における経済スパイ起訴事案のうち、約80%が中国国家を利するだろう行為に関連している」と指摘した。

要するに、捜査と起訴の二段階において異例の「中国シフト」を敷いたという宣言である。

盗聴や本人の許可なしの所持品検査などは法律上、FBIにしか認められない。しかしスタッフ数や予算はじめ、FBIの捜査資源には限りがある。常時あらゆる方面から捜査依頼のある膨大な事案を、一定の優先順位に基づいてふるいに掛けていかねばならない。

選別は一義的にはFBI長官が行うが、国家安全保障にかかわる重大事案については上部組織である司法省も関与し、司法長官は大統領の意思を最重要の選別基準とする。すなわち、FBIと司法省が揃って「中国シフト」を敷く状況は、トランプ大統領の明示的な指示なしにはあり得ない。

実際、2020年9月に米ABCテレビが、「内部情報によれば、トランプ大統領がFBIに対し、防諜絡みの捜査はロシアでなく中国を最優先せよと指示していた」とあたかもスキャンダルの如く報じたが、メディアと野党が空想的次元まで膨らませた「ロシア疑惑」などではなく、本命である中国情報機関のほうに捜査の力点を移すようトランプが的確な指示を発した、と素直に評価すべきだ。 これを怪しい行為の如く報じるあたりに、主流メディアの度し難い「トランプ錯乱症候群」が見て取れる。

捜査においては職業スパイや違反企業に留まらず、大学など研究機関も要注意ターゲットとなる。 2020年1月28日、FBIが、ハーバード大学の化学・生物部門のトップ、チャールズ・リーバー教授を、中共との協力を申告せず米政府から補助金を受け取った虚偽陳述の容疑で逮捕した。 間髪を容れず、司法省が同教授を起訴している。超名門ハーバードの指導的教授の逮捕、立件となれば、当然大ニュースとして世界を駆け巡る。一罰百戒のアナウンスメント効果を狙い、かねてFBIと司法省が連携して的を絞っていたわけだろう。

レーガン政権もかつて、テクノロジー封鎖を対ソ締め付けの焦点と位置づけ、輸出規制違反の起訴件数を、前任のカーター政権時代の約600倍にまで増やした。日米関係を揺るがした東芝機械事件もそうした文脈で起こっている。

その間、他の案件の捜査や起訴は相当程度棚上げになるわけで、このレベルの「シフト」は大統領の指示なしにはあり得ない。

疎かになる中共関連捜査

では、バイデン政権が誕生した場合、トランプ政権同様の「中国シフト」を維持できるだろうか。まず、いま見たハーバード大学の看板教授逮捕のような件は、バイデン政権ならまず起こり得ない。 本稿冒頭にレーガンの日記を引いたが、そのなかにバイデンの演説場所としてハーバード大学ケネディ・スクールの文字があった。当時、大統領選に初挑戦していたバイデンにとって、ここでの講演は権威付けのため非常に重要であった。

ハーバードは民主党エリートの養成校と言うべく、教授陣もリベラル派で固めた、まさにリベラルの聖地である。オバマ大統領も、ハーバード大学法科大学院の出身だった。

したがって、オバマやバイデンが率いる政権が、自陣営の聖地たるハーバードの権威を落とすような捜査を優先事案とするようFBIに命じることはあり得ない。一方、トランプの場合は全く逆に、「ハーバードか。徹底的にやれ!」ということになるだろう。

バイデン政権で懸念されるのは、トランプ時代に軌道に乗ったFBI捜査の「中国シフト」を解除し、捜査資源を、人種偏見に侵された(と民主党が主張する)警察組織や反同性愛的な宗教団体、「環境破壊に邁進する」石油関連企業などに傾斜注入しかねないことだ。当然、中共関連の捜査は疎かになる。

他国の捜査方針の話だけに、日本政府にできることは少ないが、FBIや司法省が「中国シフト」を維持するよう様々な機会に米側に意見具申すべきだろう。もっともそのためには、日本自身がしっかり「中国シフト」を敷く必要がある。

警戒すべき温暖化問題

バイデン、ハリスを筆頭に、米民主党においては、地球温暖化こそが人類にとっての最大脅威と主張する者が多い。その文脈で、二酸化炭素(CO2)の排出削減などの取り組みに当たって、中共は緊密に協議し、合意を形成すべき「パートナー」だと位置付けられる。これも日本として警戒を要する部分である。

中共側は、温暖化問題での協力というバイデン政権の提案に応じるに当たり、様々な条件を付けてくるだろう。

たとえば、米側が台湾にミサイル、戦闘機などの武器売却を進めるようでは協議の席に着けない。懲罰関税を撤廃しないようでは協議の席に着けない。ウイグル、チベット、香港の人権問題に関して制裁を強めるようでは協議の席に着けない、等々である。

トランプ政権は、「アメリカはテクノロジー開発によってエネルギーの効率利用を進め、CO2排出量を減らしている。それ以上の無理な削減を米企業に強いるべきではなく、他国と協議すべき事項もない」との立場を取ってきた。

それゆえ、協議の場を作るため、相手の意向に配慮した「環境づくり」が必要といった発想もなかった。だから、台湾への武器売却も遠慮なく進めたし、対中懲罰関税も立て続けに発動した。

一方、バイデン政権は「協議の場」設定ありきで様々な対中譲歩をしかねない。またバイデンの場合、外交を基本的に国務省の官僚機構に委ねる可能性が強い。国務省は組織の体質として、交渉のための交渉に走りがちで(そのことで予算も付くし、注目度も高まる)、相手から「協議を打ち切る」と言われると反射的に譲歩を考える傾向がある。

北朝鮮問題に関する懸念材料

この点は、北朝鮮問題に関しても懸念材料である。トランプは金正恩と、一見、無理念な「仲良しパフォーマンス」を繰り広げたが、その間、制裁は一切緩和しなかった。

第1回首脳会談の直前に、北が揺さぶりのためペンス副大統領への暴言を吐くと、トランプは即座に会談キャンセルを発表した。慌てた北が態度を軟化させ、結局会談は開かれたが、ペースは終始米側が握って離さなかったと言える。

協議継続に執着せず、相手の態度次第でいつでも打ち切り、圧力強化に転換するとの姿勢をトランプが示したためである。

北にとって議題にしたくない日本人拉致問題も、トランプが三度にわたって取り上げたため、当初は話をそらそうと努めた金正恩も、最終的に応答せざるを得なくなった。

憤然と席を立つパフォーマンスに出れば、トランプに「どうぞ出て行け。われわれも帰る」と応じられ、自らを苦しい立場に追い込むと金正恩が危惧したためだろう。

「カメレオン左翼」カマラ・ハリス

もう一つ重要なのは、トランプ政権とバイデン政権における副大統領の能力差である。

ペンスは理念が明確で、政治経験も豊かな安定した保守派である。米朝首脳会談に至る道程でも、無視できない露払い的役割を果たした。2018年2月に開かれた韓国・平昌オリンピックに米政府を代表して参列し、金正恩が派遣した妹の金与正と裏面で外交戦を繰り広げたが、米側から手を差し伸ばすような動きは一切見せず、五輪会場でも、近くにいる与正を終始無視した。無言のうちに、米側の強い意志を伝えたわけである。

カマラ・ハリスに同様の芸当ができるだろうか。むしろ満面の笑みで抱きつきに行くなど、相手のペースにはまりかねない。 「バイデンは生きていても死んでも問題」という言葉がある。もともと理念や決断力、集中力を欠き(だから失言が多い)、高齢で認知症も懸念されるバイデンが大統領の座に留まっても不安だし、死亡ないし職務遂行不能に陥って、「カメレオン左翼」(極左とリベラル派の間を揺れ動くためこう呼ばれる)ハリスがあとを継いでも、同等以上に不安という意味である。

バイデン政権にはチェイニーがいない

バイデンは基本的に外交を国務省に委ねるだろうと先に書いたが、上院議員時代に北朝鮮問題などの補佐官として重用した名うての宥和派フランク・ジャヌージ(現マンスフィールド財団理事長)が仕切り役を任されるかもしれない。

ジャヌージとは、私はこれまで話す機会が何度もあったが、人権問題でそれなりに厳しい発言はするものの、具体的政策となると「一歩一歩互いに譲り合いながら」というスタンスを取る。「それは米側が繰り返し騙されてきたパターンだ」と指摘しても、「それしかない」と言い張るのみである。彼のアドバイスをバイデンが容れることになれば、北の見せかけの核「凍結」措置等に援助や制裁緩和で応じてしまいかねない。

また、国務長官や大統領安保補佐官の候補に名前が上がり、外交分野で一定の役割を果たすと見られるスーザン・ライスは、オバマ政権の安保補佐官時代、北による核ミサイル保有は絶対に認められないと繰り返しながら、退任後、一転して北を核保有国と認めたうえで平和共存の道を探るべきと主張した、無定見を絵に描いたような人物である。

ライスは、クリントン政権で国務長官を務めたマデリーン・オルブライトの弟子で、同じく国際政治の捉え方が甘い。 ライスの母とオルブライトが旧友ということもあって、30代の若さで国務次官補(アフリカ地域担当)に抜擢され、以後、黒人女性を要職に就けて多様性をアピールしたい政権や民主党系のシンクタンクで重用されてきたが、率直に言って実力が伴わない。

同じく黒人女性のコンドリーザ・ライス(ブッシュ長男政権で安保補佐官、国務長官)も明らかに見識不足で、政権末期にクリストファー・ヒル国務次官補と組んで、金融制裁解除など急坂を転げ落ちるような宥和政策を展開し、北の体制を生き延びさせるとともに、核ミサイル開発を加速させる歴史的な失敗を犯した。

実力ある黒人女性なら、もちろん大いに起用すべきである。しかし、単に当人の肌の色や性別を政権のイメージ戦略上有利と見て行うような人事をすべきではない。カマラ・ハリスの副大統領候補起用もそうした悪例の一つである。

ブッシュ政権の場合、保守強硬派のディック・チェイニーが副大統領として陣取り、相当程度ブレーキ役を果たした。 その際、チェイニーにおける抵抗の最後の拠り所が「対北制裁を解除すると、拉致問題を重視する日本との信頼関係が壊れる」だった。

ところが福田康夫政権が、北の拉致被害者「調査委員会」設置と引き換えに制裁の相当部分を解除するという愚行に出たため、チェイニーは梯子を外され、以後、米政権の宥和政策に歯止めが掛からなくなった。

バイデン政権にはチェイニーがいない。菅政権が部分的にでも福田政権の轍を踏むようなことがあれば、日本にとっては拉致問題の解決が遠のき、北の核ミサイル配備も進む最悪の事態となりかねない。

安易な譲歩をしないよう繰り返しバイデンに釘を刺すと同時に、議会強硬派と連携を強めるなど、多角的な対米アプローチを展開していく必要があろう。

バイデン政権は、対イラン政策も、トランプの圧力強化路線からオバマ時代末期の制裁解除、経済交流拡大路線に回帰させるだろう。イラン政府の手元に巨額の核ミサイル開発資金が流れ込み、その一部が長年の「提携先」北朝鮮に回る可能性がある。

以上、あらゆる面で、相当な危機感をもってバイデン政権に対していかねばならない。(初出:月刊『Hanada』2021年1月号)

島田洋一

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