新大統領就任

 プロの将棋の対局では、終局が近いことを周囲に知らせるいくつかのサインがある。崩していた足を正座に戻し、上着に袖を通して居ずまいを正す。最近では「外していたマスクを着ける」がこれに加わった▲対局中は無言だからマスクを外して指す棋士も多いが、終局後は「感想戦」の対話が始まるからだ。その前にごくっとお茶を一口。「負けました」と告げる声がかすれないように▲棋士たちの潔い所作とは比べるべくもないが、あの往生際の悪い敗者がお別れのメッセージをビデオで発表した。「米国の安全と繁栄を維持できるよう、新政権の成功を祈る」▲ここらが彼の限界か。最後まで負けたと言わず、相手の名も呼ばず。自ら扇動したも同然の議事堂への乱入は「断じて容認されない」と人ごとのように語って、トランプ氏がホワイトハウスを去った▲この新聞が配られる頃にはバイデン新大統領の就任式が終わっている。前任者の姿はない。欠席の意向を聞いたバイデン氏は言った。来なくて結構、彼は国家の恥▲こちらはこちらで、横顔の記事に〈かっとなりやすく失言癖も…〉とあったことを思い出した。トランプ氏に投票した7400万人の選択を「恥」と呼んだに等しい。和解や融和への握手も対話もないまま、米国の新しい4年が始まる。(智)


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