「サッカーコラム」高校サッカー限定の飛び道具? 世界のトップシーンでは定着していないロングスロー

3日の大津戦でロングスローを投じる青森山田・沢田=等々力

 いわゆる「マラドーナの時代」にジャン=マリー・プファフという名ゴールキーパーがベルギーにいた。その「門番」がベベレン(ベルギー)から、当時の西ドイツ・ブンデスリーガに戦いの場を移したのは、1982―1983シーズンだった。移籍したバイエルン・ミュンヘンでのデビュー戦は日本でもテレビ放送された。対戦したのは、現横浜FCの奥寺康彦会長が所属していたベルダー・ブレーメンだった。

 試合の結果や内容は覚えていない。その中で、今でも鮮明に覚えている一つのプレーがある。ブレーメンの右サイドからスローイン。投げ入れたのは、おそらくウーベ・ラインダースだったと思う。ペナルティーエリア内に入れられたロングスローは、そのままゴールマウスに向かった。

 この長距離砲に慌てたのがプファフだ。片手でボールを弾き出そうとしたのだが、手に触れたボールは、そのままラインを割ってゴール内に飛び込んだ。レフェリーは当然のごとく得点を認めた。そして分かったのが、スローインから直接ゴールにボールが飛び込んでもゴールとして認められないというルールをプファフは知らなかったということだ。

 今年の正月、そのロングスローが例年になく論争を巻き起こす題材となった。全国高校選手権の上位チームには、ほとんどロングスローを投げる選手がいて、そこから得点が多く生まれたからだろう。優勝した山梨学院(山梨)の新井爽太に、青森山田(青森)の内田陽介、矢板中央(栃木)の島崎勝也とベスト4のうち3校にスペシャリストがいた。

 大会のなかでロングスローが一躍注目されたのは3回戦の青森山田と帝京大可児(岐阜)の一戦だった。試合は4―2という点の取り合いだったのだが、先制を許して追いかけた青森山田。その3点がロングスローからだったのが、議論に拍車をかけた。「アンチフットボールだ」と反対する人がいれば、「ルールにのっとっているのだから」という肯定派もいる。論争を見ていると、サッカーにロマンを求める人と、現実主義者が同じ土俵の上で相撲を取っている。最後まで相いれないのだろうという思いで会員交流サイト(SNS)を眺めていた。

 ロングスローから得点を生み出すチームを見ていると、個人的にはよくゴールを挙げる手段までスローインからのプレーを磨き上げたと感心する。同じセットプレーでもFKやCKからのゴールは称賛されるのに、スローインだけがダメというのは、正直理解できない。もし得点に結びつくまでの精度がなくても、相手GKやDFに心理的圧迫を与えられるのであれば、それだけでも効果がある。相手の心理のスキにつけ込むことは、スポーツの世界では正当に認められているのだ。

 今回、にわかに注目を浴びたロングスローだが、高校サッカーの場では昔から継続的に行われていた。旧国立競技場での試合で市立船橋(千葉)の選手が「ハンドスプリングスロー」を行ってスタンドを沸かしたのも20年も前になろうか。

 ちなみに、ハンドスプリングスローとはボールを持ったまま前転した際の反動を利用することでボールの飛距離を伸ばす投げ方だ。

 ゴール前にボールが飛んでもゴールにつながらなかったから、ロングスローの是非が話題にはならなかっただろう。

 ロングスローの弾道は足で蹴られたボールに似ている。だが、球質はまったく違うものだ。普通のクロスに対処する様にGKがキャッチやパンチにいくと、ミスが起こりやすい。今回の全国高校選手権決勝でも山梨学院のGK熊倉匠がパンチにいったものの思ったより遠くに飛ばすことができなかった。その結果、ゴール前にこぼれてゴールを許した。

 なぜ、内田のロングスローを大きく弾けなかったか。それは見た目以上にボールに勢いがないからだ。足で蹴ったクロスなら、ボールのコースに手を出せば、ボールは勝手に手に収まってくれる。しかし、ロングスローに対しては、かなり注意深く「つかみに」いかなければ、ボールをファンブルする可能性が高い。

 クラブワールドカップ(W杯)の前身となるトヨタカップ。旧国立競技場で欧州と南米のチームがクラブ世界一を決める一発勝負をやっていた。1988年の第9回大会で対戦したのはPSV(オランダ)とナシオナル(ウルグアイ)だった。この試合でPSVにロングスロワーがいた。プファフと同時代にベルギー代表のキャプテンを務めた、エリック・ゲレツだ。

 ゲレツのロングスローをネシオナルのGKホルヘ・セレが取り損ねて、ロマーリオが得点した場面があった。スローインはスピードが緩いので、GKが飛び出す時間がある。ただ、簡単に手に収まってくれないのだ。世界トップレベルの試合でもこういうミスを誘えるのだから、ロングスローも使い方によっては武器になる。

 ロングスローが効果的であるのなら、世界のトップクラスでももう少し使われてもおかしくない。ところがプファフが活躍した時代から、すでに40年弱の時間が過ぎているのに、世界のトップシーンでロングスローを見ることはほとんどない。サッカーは戦術の変化が激しい競技であるにもかかわらずだ。それを考えれば、文字通りの相手に脅威を与える飛び道具は、高校サッカー限定か。

 ただ、このところの若者が披露するロングスローはかなり危険な武器に進化している。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はロシア大会で7大会目。

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