「大麻取締法は国益を損なう」 ブランド米を生んだ農学博士がほえるわけ

北海道で試験栽培されるヘンプ=2015年

 芸能人の逮捕報道で取り沙汰される大麻取締法だが、法律家からは〝悪法〟との批判も上がる(前回記事参照)。実は、農業の専門家も法改正を求めているのを知っているだろうか。「衣食住のさまざまな原料として世界中で大流行し、急速に市場拡大が進む産業用大麻(ヘンプ)の波『グリーンラッシュ』に日本だけが乗れない。大きすぎる損失だ」。ほえたのは、有名ブランド米を開発したすご腕の農学博士だった。(共同通信=武田惇志)

【前回記事】「厳罰主義もうやめよう!」薬物政策転換へ署名 米国は新政権誕生で大麻の非犯罪化に拍車か
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 ▽米作りから大麻栽培へ

 北海道大大学院で作物の品種改良を学び、農場試験場長を務めた菊地治己(はるみ)さん(70)は、北海道のブランド米「ゆめぴりか」の生みの親として知られている。

スーパーの店頭に並ぶ「ゆめぴりか」=2012年、札幌市

 「かつて北海道の米は味が悪いとされて、作りすぎないようにと減反政策が進められていたんです。行政からは『おいしくないから北海道で米をつくるのはやめろ』とまで言われましてね。私は岩手県出身ですが、確かに味は良くなかった。そこで、研究員として就職した農業試験場では米の味を良くするのを課題として、1980年に品種改良のプロジェクトをスタートさせました。研究の結果、アミロースという成分が少ないかどうかが味を左右すると突き止め、品種改良の末に開発したのが『きらら』や『ゆめぴりか』です。今では北海道が新潟県に並ぶ有数の米産地であることを疑う人はいませんよね」

 そんな北海道米作の功労者たる菊地さんだが、定年退職後のセカンドライフに選んだ対象はなんと大麻。そのうち、いわゆる「ハイ」になる酩酊(めいてい)成分のTHC(テトラヒドロカンナビノール)が0・3%以下に品種改良された「ヘンプ」を振興すべく「北海道ヘンプ協会」を設立し、代表理事を務めているのだ。ヘンプとは衣料品や食品を中心に製品化される産業用の大麻だ。

 「現役時代の2003年に、地元の方から欧米で産業用大麻が大規模に栽培されている状況を教えてもらい、興味を持ちました。そこで、農業試験場でヘンプの栽培試験をやってもらったのです。畑の余分な肥料を吸収する能力を調べようというのが眼目でした。すると、1ヘクタールあたり50トンという大変な量が収穫できまして。世界記録でも70トンぐらいが相場です。ヘンプがバイオマス資源としての大きな可能性を秘めていると気づきました。ただ大麻取締法上、農家に栽培してもらうには栽培免許の取得が必要になることもあり、現役時代はそれ以上の研究は断念せざるを得ませんでした」

退職前、旭川市のイベントでゆめぴりかを宣伝する菊地さん=2010年

 大麻の解禁が進む北米を中心に、医療用・娯楽用・産業用の大麻製品が急速に流通し発展する大麻市場。19世紀に米国西海岸へ金鉱採掘者が殺到した「ゴールドラッシュ」になぞらえて「グリーンラッシュ」と呼ばれている。このうち、産業用のヘンプの用途は衣料品や食品としてだけではない。成長が早く除草剤は不要で、また病害虫に強く農薬もあまり必要としないことから、環境に優しくサステナブルなバイオマス資源としても世界的に注目されている。

 有名ファッションブランドもヘンプ需要と無縁ではない。米リーバイス社の幹部は2019年、経済ニュースサイトで「(ヘンプを)製造ラインの中核に据えることを意図している」と述べ、5年以内に100%ヘンプ製の衣料品を作りたいとまで語っている。

 ▽自由化の波を見据え

 菊地さんがヘンプにこだわるのは、バイオマスとしての有用性からだけではない。今後、北海道の農業を守っていくにはヘンプ栽培しかないと確信しているからだ。

 「ヘンプも畑で作る畑作物ですが、一つの作物を同じ畑で作り続けると、土地がやせる『連作障害』という現象が起きます。そこで『輪作』といって、一つの畑にいくつかの作物をローテーションで栽培するんです。北海道では小麦、バレイショ、大豆など豆類、それにテンサイ(甜菜)という砂糖の原料植物の五つが主流です。しかし将来的にテンサイの栽培面積は減少すると予測しています。北海道の畑輪作にとっては極めて重要なテンサイ栽培が減少すれば、道の砂糖産業と畑作体系は大きな影響を受けてしまいます」

 菊地さんが意識するのは環太平洋連携協定(TPP)をはじめとする貿易自由化の波だ。

 「自由化によって国内に安い砂糖が流入すれば、テンサイの栽培は減らさざるを得ません。TPPでは海外の砂糖が国内にどっと入ってくるとみられており、テンサイの代わりに輪作のために何を植えるのか考えなければなりません。現在、輪作作物として、すでに利用されている小麦、バレイショ、豆類などを増やせば、その販売先を新たに開拓しなければならず、他の新たな輪作用の作物がこれまでも求められてきました。ヘンプこそ適していると思うのですが、試験栽培が必要になる。将来に備えて今から試験に取り組み、国内の用途を開発していかないといけない。そう考えて、ヘンプを普及する活動を始めたのです」

 菊地さんによると、ヘンプ産業が盛んな欧州にはすでに、ヘンプの品種・栽培技術・大型農業機械(播種機、収穫機)が体系的にそろっている。欧州同様、大規模に機械化された畑作が中心の北海道農業にとって、体系としてそっくり導入が可能なヘンプは「まさに渡りに船的な作物」だという。

 用途についても、北海道の建築が多量に必要とする住宅用断熱材や、家畜の寝床に敷く敷料(しきわら)が期待できるほか、欧州で自動車の内装材として利用されているヘンプの繊維入り強化プラスチック、繊維、栄養価が高くスーパーフードとして国産化を望む声もある種子(麻の実)の食用などが想定されている。また、肥料のための作物(緑肥作物)としても農家は関心をもっており、ヘンプ製品が供給過剰になった場合でも農家経営にプラスになることが期待されているという。

 「さらに大麻取締法が改正されて、現在は使用が禁じられている花や葉から、向精神作用がなく医療用価値が大きいCBD(カンナビジオール)など有効成分の抽出、生産が認められれば、海外への輸出も期待できる高収益の作物となる可能性があります」

日本産とは外見が異なる欧州のヘンプ(菊地さん提供)

 なお、輸入品のCBD製品はすでに日本国内にも流通しているが、国内で製造が認められた例はない。

 菊地さんは2011年の退職後、北海道各地を講演して回るなどした末、ヘンプに関心を持つ人たちと知り合って14年に協会を設立した。同時に大麻取締法上の「研究者免許」を取得し、旭川市近郊の農家と3年間、試験栽培を実施。米や麦、テンサイやトウモロコシより多いバイオマス資源が得られる成功を収めた。

 ▽種子輸入の壁

 しかし壁にぶち当たった。菊地さんたちが試験栽培に用いた種子は、日本で最も大麻農家の多い栃木県で開発された、THCがほぼない品種。北海道の寒冷な気候の下、花の咲く時期が遅れ、ほとんど種が収穫できなかったのだ。

 「品種改良に取り組めば少なくとも10年ぐらいはかかり、コストも莫大(ばくだい)です。当面は海外の種子を輸入するしかありません。そこで立ちはだかったのが、大麻取締法です」

 1948年に成立した大麻取締法は、大麻草のうち「種子と茎」の利用を認めているが、発芽能力のある種子の輸入は禁止している。認められるのはあくまで加熱処理されたものだけだ。

 「問題になっているのはTHCなので、フランスからTHCゼロの品種を輸入できるようヘンプ協会が代理人となって交渉しました。すると先方から、種苗法に基づいて日本国内で特許を取り、正式に輸出したいとの回答が得られたのです。しかし種苗登録にはサンプルとなる種の輸入が必要で、当局によるとそれさえ無理だという話でした。国会議員を通じて農林水産省、経済産業省、厚生労働省の担当者を呼んでヒアリングしてもらいましたが、やはり大麻取締法上、難しいとなってストップしてしまいました」

 菊地さんらの働きかけで、北海道庁は2013年に「北海道産業用大麻可能性検討会」と名付けた有識者会議を設置。検討を重ねた結果、食用・繊維・工業製品・土壌環境改善・バイオマス資源などさまざまな用途でヘンプが有用だと結論づけられたが、現行の規制体制から「無毒化された種子の利活用を国に働きかけたい」と提案するにとどまった。菊地さんによると現在、検討会は進行がストップしている状況だという。

ヘンプの主な用途(北海道ヘンプ協会提供)

 「私たちは大麻を無秩序に全面解禁しろと言っているわけではない。医療用、娯楽用、産業用をそれぞれ区別して規制すべきだと言っているのです。中国のように薬物犯罪に重罪を科す国でさえ産業用は区別しており、雲南省や黒竜江省を中心に生産や研究に力を入れています。他の国ではできて、なぜ日本ではできないのか。国民が信用されてないのか、情けなくなりますよ。70年以上前の法律の、THCがあろうがなかろうが大麻なら一律駄目という規制は、ばかばかしいの一言です」

 ▽一律規制は時代遅れ

 実は北海道では、明治時代の開拓期から大麻が国策として栽培されてきた過去がある。開拓民にとって大麻は、げたの鼻緒など日用品の材料としてなくてはならない作物だった上に、ロープや漁網の生産にも必須だった。そのため官営工場が各地に建てられ、国外に輸出までされていた。次第に亜麻(リネン)の生産の方が盛んになったが、戦時中は軍服など軍需用品のために大麻の需要が復活し、再び生産された。

 戦後になると一転、次第に漁網や日用品への需要が減るようになり、化学繊維や綿製品にシフトして衰退。大麻取締法による栽培免許取得の難しさも拍車をかけた。農作物でもある大麻について、違法薬物としての側面しか判断していない厚労省が免許取得のハードルを高く設定しているためだ。厚労省の指導の下、各都道府県は伝統の継承や社会的な有用性、代替品の有無など複雑な審査基準を持つ。

大麻草の除去作業をする保健所職員、2016年、北海道十勝地方

 栽培されずに放置した大麻草は野生化し、地元の保健所などが定期的に伐採している。

 「先に今後の懸念として挙げた、砂糖の原料となるテンサイは、製糖のために工場での加工が必須な『工芸作物』です。ヘンプも同じで、茎から繊維を取り出すための加工工場が必要です。なので、テンサイ農家にヘンプを栽培してもらい、製糖会社が工場の敷地内にヘンプの加工工場を設置するというのが、一番現実的なヘンプ生産への切り替え方法だと考えています。あとは種と設備を輸入さえすれば、かつてのように北海道でヘンプ産業を再び起こすのは容易ではないか。現代日本にわずかに残る大麻農家は家内工業で、産業にはなっていません。農家であれば誰でも作れるような基幹的な作物にしていかないと、これから増すであろうヘンプ需要に生産が対応できないのです」

 そのためにも菊地さんは、大麻取締法の一刻も早い改正を目指し、署名や請願、国会議員へのロビイングに奔走している。具体的には、大麻を定義する取締法の第1条に、THC含有量0・3%未満の大麻草を「産業用大麻」とするとの定義を加え、都道府県知事から「産業目的」で栽培免許を得られるよう改正するよう求める。そもそもTHCの発見(1964年)以前に成立し、種子と茎以外を一律に規制する取締法のあり方は、時代遅れになっているのだ。

リモート取材に応じる菊地さん=2020年12月

 「米の品種改良に携わった際も、課題を整理して科学的なアプローチで品種を作り、農家とも協議して取り組んだ結果、今や北海道は有数の米産地になりました。ヘンプについても現在、偏見や誤解がたくさんありますが、まじめに研究して産業利用を考えていけば、近い将来きっと国内有数の産地になる。海外に追いついて日本独自のヘンプ製品を作るのも可能です。今やらないのは国益を損なう、だから一刻も早く国会で議論してほしいのです」

× × ×

 菊地治己(きくち・はるみ)1950年生まれ。北海道大農学部卒。同大学院博士課程(農学博士)中退後、77年に道立中央農業試験場に就職。北見農業試験場作物研究部長、上川農業試験場長などを歴任。現在、北海道ヘンプ協会代表理事。ヨーロッパ産業用ヘンプ協会準会員。北海道大農学博士。


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