バイデン政権を「身体検査」する!|島田洋一 どの色に染まるか分からない「カメレオン左翼」カマラ・ハリス副大統領を筆頭に、警戒すべきジョン・ケリーや党官僚タイプのアントニー・ブリンケンなどバイデン政権の閣僚をいち早く「身体検査」することで見えてきた新政権の実像。

世界で最も警戒すべき左翼カマラ・ハリス

「人事は政策」という言葉が英語にもある(Personnel is policy)。そして人事の要諦は、言うまでもなく、適材適所である。

選挙目当ての多様性アピールや党内融和を優先し、能力や適性と離れて、女性を何割、黒人やヒスパニックを何割、極左を何割といった感覚で人事を行うことは許されない。

2021年1月20日の就任時点で78歳と、大統領として歴代最高齢となるうえ、過去に頭部動脈瘤切除の大手術を二度受けているジョー・バイデンの場合、健康不安が常に付きまとう。不幸にして職務不能に陥ったとき、あとを襲うことになる副大統領候補に誰を据えるかは、とりわけ責任感が問われる人事であった。この重大なテストに、バイデンははっきり落第した。

初めから女性に絞ると宣言して米国民の半数を性を理由に排斥し、女性で黒人とインド系のハーフ、一見クールなルックスを備えたカマラ・ハリス(一九六四年生)を、ほぼそうした外面的理由からのみ選んだからである。民主党の大統領候補たちが壇上に並んだ第1回テレビ討論会で、不意打ち的にバイデンを人種差別主義者呼ばわりし、挙句に論理破綻に陥って自滅した野心家のハリスに、誰よりも不信感と侮蔑感を抱いているのはバイデン周辺だろう(その経緯の詳細については拙著『3年後に世界が中国を破滅させる』ビジネス社刊、参照)。

以下、いつ「自由世界のリーダー」になるか分からないという意味で、世界で最も警戒すべき左翼、ハリスに関して、まず問題点を整理してみたい。

掌を返した民主党支持の主流メディア

議会での投票記録から「最も左翼的な上院議員」に位置づけられるハリスだが、「カメレオン左翼」と揶揄されるように、状況に応じて「体色変化」させる無定見ぶりから、保守派は言うまでもなく、極左からも中道リベラルからも「信頼できる同志」とは認められていない。

2019年半ばに大統領選出馬を表明し、選対本部を立ち上げて運動を始めたが、環境問題や人種問題など左派が重視するテーマでハリスの立場が揺れ動くため、「これほど混乱した組織は見たことがない」との捨て台詞とともに選対本部長が辞任するなど、陣営は空中分解に陥った。

民主党内の支持率も急落して、3%程度と低迷し、結局、2020年1月の予備選開始を待たずして、選挙戦からの撤退を余儀なくされた。

当時は、ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストなど民主党支持の主流メディアも、「ハリスは言動に一貫性がなく統率力を欠く」と厳しい評価を下していた。

ところが、2020年夏にバイデンがハリスを副大統領候補に指名した途端、両紙とも、掌を返したようにハリス=信頼できる政治家論に転じた。「カメレオン左翼」は何もハリスの専売特許ではない。

米主流メディアは今後とも、民主党政権の副大統領にして次期大統領の有力候補、ハリスを持ち上げ続けるだろう。スキャンダルめいた情報は、バイデンと息子ハンターの「職権乱用、私腹肥やし」疑惑同様、黙って握りつぶすはずだ。したがって主流メディアに依拠する限り、ハリスの実像はつかめない。

どの色に染まるか分からないカメレオンぶり

ハリスのカメレオン的な「体色変化」の具体例を見ておこう。 極左のジャンヌ・ダルク、アレクサンドリア・オカシオコルテス下院議員(以下、略称のAOCを用いる。1989年生)を旗頭に民主党内の左派は、反炭素原理主義の立場から、シェールガス、シェールオイルの採掘に関しフラッキング(水圧破砕)を禁止するよう求めてきた。

石油、天然ガス等、化石燃料を利用すること自体に反対であるうえ、採掘過程で地下水汚染、大気汚染を引き起こし、周辺に深刻な健康被害をもたらしかねないとの理由からである。

ハリスは当初、この極左の意見に同調し、フラッキングは禁止せよとの立場を取った。しかし民主党員にも、石油、天然ガス関連の仕事で生計を立てている者は多い。特に2020年大統領選の激戦州テキサス、ペンシルベニア等においてそうである。選挙戦が進むにつれてハリスは、立場を急旋回させ、フラッキング禁止に反対と明言するに至った。ハリスほど揺れが大きくないにせよ、バイデンも同様であった。

しかし、不満をあらわにする極左をなだめるため、政権発足後には環境規制を強化して、実質的にフラッキングを難しくするといった方針も示唆し、結局、どの色に染まるか分からないカメレオンぶりは、バイデン、ハリスとも維持している。

周庭に言及ナシ、中国の人権蹂躙には無関心

ハリスにおける最大の懸念材料は、その対中姿勢である。

2020年12月2日、中国共産党(以下、中共)の影響下にある香港の裁判所が、「違法集会煽動」などの罪で、数名の民主活動家に実刑判決を下した。そのなかには、若い女性闘士の周庭も含まれている(禁錮10カ月)。当然、弱者の人権の守護神をもって任じ、女性でアジア系(母方)である旨も強調してきたカマラ・ハリスから、周庭を励まし、中共を厳しく非難するコメントが出るはずと期待したが(というとになるが)、案の定、何の批判的発信も見られなかった。見事にゼロである。

日本のメディアでは、「アメリカでは民主党のほうが人権に厳しい」とのコメントがよく載る。しかしこれもまた、米主流メディアを受け売りしたフェイク(偽)ニュースに過ぎない。 「警察の人種偏見」やLGBT差別など国内の人権問題は歪曲まじりに追及するが、中国の人権蹂躙には関心を示さないタイプが、むしろ民主党のほうに多い。ハリスはその典型と言える。 「自由の闘士」(freedom fighters)への共感と支援を常に掲げたロナルド・レーガン大統領の衣鉢を継ぎ、各種の対中制裁法案を主導してきたマルコ・ルビオ、テッド・クルーズ両上院議員などを擁する共和党のほうが、はるかに中共の人権蹂躙糾弾で一貫した姿勢を取っている。

ちなみに2020年8月、トランプ政権が香港の林鄭月娥行政長官らに制裁を科したことに対抗して、中国側が「香港問題で言語道断な振る舞いをした」6人の米議員を制裁対象にすると発表したが、上述のルビオ、クルーズはじめ全員が共和党所属だった。

台湾問題も眼中にない

副大統領は憲法上、上院議長を兼ねる。ハリスは現職の上院議員でもある。その気になれば、議長予定者の立場から、上院を舞台にさまざまな対中アクションを起こせるはずである。しかし、小指すら動かす気配がない。ハリスが選挙向けに2019年に出した著書『我々が抱く真実』(The Truths We Hold、未邦訳)を通読しても、中国の人権に関して一行の記述もない。

わずかに中国に批判的に言及したのは、「合成ヘロイン」としての乱用が問題になっている鎮痛剤フェンタニルの中国ルートでの流入を防ぐべきとした箇所と、中国が2015年以来サイバー攻撃の能力を高め、アメリカのテクノロジーを窃取していると、誰もが知る事実をなぞった7行分ほどのみである。

めてハリスには、この2分野での対抗措置を先導してほしいところだが、既往に照らして、多くは期待できないだろう。

10月7日のペンスとの副大統領候補テレビ討論会でも、ハリスは「中国との貿易戦争によってアメリカの製造業は30万人の雇用を失い、不況に陥った」と後ろ向きのトランプ批判に走っただけで、積極的な対中政策論は何も打ち出さなかった。

同じく女性リーダーとして中共と対峙する台湾の蔡英文総統にエールを送ってもよさそうだが、著書でも演説でも、管見の限り、全く触れたことがない。蔡英文はおろか台湾問題自体、視野に入っていないごとくだ。対中国で、終始先陣を切る役割を果たしたペンス副大統領とは雲泥の差と言える。

ハリスが誇る「武勇伝」

スタッフの人事についても、ハリスの判断には疑問符が付く。要のポジションの一つ、副大統領安保補佐官に選んだのは、職業外交官のナンシー・マケルダウニー(1958年生)。過去に外交官研修所長、国務次官補代理(欧州担当)、駐ブルガリア大使、駐トルコ、アゼルバイジャン公使などを務めた経歴を持つが、東アジアは専門外で、戦略的発想ができる人物という評価も伝わってこない。せいぜい、ハリスが外交常識を踏み外さないようアドバイスする程度の役割しか果たせないのではないか。期待を抱かせる人事とは言えない。

ハリスの本にもう一言だけ触れると、実績として高く掲げているのは、いかに性的マイノリティ(LGBTQ)の権利拡大に尽力したかという点である。同性婚問題に、繰り返し相当なページが割かれている。

上院議員(2016年初当選で現在一期目)としての事績で最も強調されているのは、情報委員会、司法委員会のメンバーとして、CIA長官候補や裁判官候補を承認公聴会で厳しく追及した「武勇談」である。

たとえばポンペオCIA長官(のちに国務長官)の承認に当たって、ハリスは「気候変動の科学を受け入れない姿勢が情報機関の長としてふさわしいと思うか」と質問した。そのことで、保守派の各方面から「間抜け」「愚か」 「的外れ」などと批判の集中砲火を浴びたと記している。

しかし、気候変動は貧困を悪化させ、政治的不安定を発生させる点で「脅威の増幅器」であり、国家安全保障上の脅威と捉える自分のほうが正しいというのがハリスの主張である。そうした主張は自由だが、情報機関のトップ候補に対し、それしか訊かないというのでは不見識の謗りは免れないだろう。

ところで、①気候変動こそ安全保障上の最大脅威②その課題に立ち向かうに当たり、中国は敵やライバルではなく、「パートナー」と位置付けられるべき、というのはバイデン、ハリスのみならず、民主党の政治家に広く共通する認識である。

この点、①中国共産党こそが安保上の最大脅威②気候変動に関して中共と協議すべきことはない、とするトランプ政権や共和党一般の立場とは大きく異なる。

警戒すべきジョン・ケリー

バイデンが発表した政権幹部人事のうち、中国との関係で大いに警戒を要するのが、ジョン・ケリー元国務長官(1943年生)の「気候変動問題担当大統領特使」への起用である。新設のポジションだが、閣僚待遇とされている。すなわち、国務長官その他を通さず大統領と直接やりとりができ、国家安全保障会議(NSC)の正式メンバーともなる。

ケリーはオバマ政権時代に、国務長官としてイラン核合意をまとめた名うての宥和派である。

イラン核合意の重大欠陥

対北朝鮮政策とも関連するので、トランプ政権が「最悪のディール」と批判し離脱した(2018年5月8日)イラン核合意の問題点を改めて整理しておこう。

ちなみに同合意は2015年7月、イランとアメリカに英独仏中露を加えた7カ国の間で成立した。北の核問題をめぐる6者協議(米朝中露日韓)と枠組みが似ている点に注意したい。

バイデンやケリーは、オバマ政権の最高幹部として、イラン核合意を大きな外交成果と喧伝してきた。将来的に、その「成功体験」を北にも適用しようという誘惑に駆られかねない。日本としては常にその可能性を念頭に置き、早め早めに牽制していく必要がある。

さて、イラン核合意の問題点である。箇条書きにしておこう。

①イランのウラン濃縮活動を、放棄でも凍結でもなく、単に「制限」する内容である(イランが保有する約2万本の遠心分離機のうち、旧型の約8000本については運転を認める)。しかも10年の期限付きで、10年後にはイランは自由にウラン濃縮ができる。またその間、新型遠心分離器の開発も認められる。 「イランが核兵器獲得を目指しても、獲得まで1年は掛かる状態を少なくとも10年間維持できる」とケリーらは「成果」を強調したが、オバマ大統領自身、「合意から13年ないし15年後には、核兵器獲得までの所要時間はほぼゼロになる」と認めている。すなわち、反対派が指摘するように、「イランが仮に合意を守っても、十数年後には核兵器を持ちうる内容」であった。

②検証規定に穴がある。たとえば核爆発実験の疑いがある施設の土を、イラン側が採取して国際原子力機関(IAEA)に渡すとなっている。下院議員時代のポンペオらが大いに問題にした点である。ある共和党議員は、「ドーピング検査のサンプルを選手自身が採取し郵送してよいというに等しい」と表現した。

③ミサイル開発に何の制限も課していない。

④イランにテロ放棄を約束させずに、米銀が凍結していた資金の引き出しを認め、経済制裁の多くも解除した。イランは入手した資金をもとに、ヒズボラ、ハマス、シリアのアサド政権などへの支援を強化し、中東情勢を不安定化させた。

以上が、イラン核合意の欠陥として指摘される点である。ちなみに当時、米上院では、全共和党議員に加え、チャック・シューマー院内総務を含む4人の民主党議員も反対の立場を明らかにした。 そのため、条約案(批准に上院の3分の2以上の賛成が必要)はおろか、賛成決議案(過半数で成立)の提出すら民主党側はできなかった。あくまで行政協定(大統領権限でできる)として署名されたものである。 イラン核合意からの離脱は決してトランプの「暴走」ではない。議会の多数意思でもあった。バイデン政権成立を控えたいま、オバマ、バイデン、ケリーの「前のめり」こそが、改めて批判的に検証されねばならない。

党官僚タイプのブリンケン

イラン核合意の「仕上げ段階」でケリー国務長官を副長官として支えたのが、バイデンが新政権の国務長官に指名したアントニー・ブリンケン(1962年生)である。

ブリンケンは、議員や首長など選挙の洗礼を経る公的ポジションに就いたことはない。いわば党官僚タイプで、コロンビア大学の法科大学院を修了後、数年法律事務所で働き、その後は一貫して民主党の大統領や上院議員のスタッフとして、あるいは民主党政権下の国務省において仕事をしてきた。

具体的には、クリントン・ホワイトハウスでNSCスタッフ、欧州・カナダ担当部長を務め、共和党のブッシュ長男政権の間は、バイデン上院外交委員長の首席スタッフ、続くオバマ政権期はバイデン副大統領の安保補佐官、次いで国務副長官を務めた。国務長官の候補者としては相当地味な経歴である。

たとえばオバマ政権の最初の国務長官ヒラリー・クリントンは、実力派ファースト・レディ、上院議員を務め、かつ誰もが認めるポスト・オバマの最有力候補だった。

ヒラリーから国務長官職を受け継いだジョン・ケリーは、ケネディ兄弟を出し、ハーバード大学があるリベラルの牙城マサチューセッツ州選出の上院議員を長年務め、外交委員長など要職を歴任したあと、敗れはしたが、2004年の民主党大統領候補となった人物である。

ケリーのきわめて宥和的な外交姿勢

実は私は、ケリーと、ごく短時間だが言葉を交わしたことがある。10年近く前、所用で米上院の議員会館を訪れ、ちょうど開いたエレベーターに乗ろうとしたところ、「それは議員専用」と脇から小さく注意する声が聞こえた。表示を見ると、たしかにそう書いてある。軽く会釈して身を引きかけたところ、なかにただ一人乗っていた長身の人物が、「カモン。私の同行者ということにしておこう。どうぞ」と招き入れてくれた。それがケリー上院議員だった。

思わず、「何といい人なのか」と感動しかけたが、ケリーがリベラル派を中心に豊かな人脈を誇る事情が分かったような気がした。

しかし問題は、ケリーのきわめて宥和的な外交姿勢である。

以下はある外務省幹部に聞いた話だが、イラン核合意から約一年を経た頃、米側から、外相同士の緊急電話会談を行いたい旨、要請がきた。急いで準備を整え、翌朝、岸田文雄外相に早めの出勤を促して電話を待ったところ、ケリーの口から出たのは、「形式的には制裁が解除されたものの、海外から投資が来ないとイランが不満を持っている。核合意を維持するため、日本企業の投資を促してほしい」との言葉だった。

およそ緊急の話とは思えないが、当時ケリーは日本のみならず、関係各国や米国内の大企業に同様の要請を繰り返し行っていた。「ケリーはイランのセールスマンか」という怒りと嘲笑の声が、ポール・ライアン下院議長(当時)ら共和党の有力者たちから上がった所以である。

気候変動問題こそ最大の脅威と位置付ける民主党政権のもと、閣僚待遇の気候変動特使として、ケリーは特に中国との踏み込んだ炭素削減合意を目指して交渉を急ぐだろう。

中国側は、ケリーに花を持たせるような画期的合意案をちらつかせつつ(統計数字をいくらでも操作できる体制なので、守るつもりはない)、協議に臨む条件として、台湾への武器供与停止、懲罰関税撤廃、ファーウェイ締め付け中止、人権問題棚上げなどを強く求めてくるはずである。

イラン核合意の前例に照らせば、ケリーは際限なく譲歩したうえ、相手のコミットを確保するため、「中国のセールスマンか」と言われるような行動を取りかねない。

仮に国務長官のブリンケンあたりがブレーキを掛けようとしても、ケリーのほうがはるかに政治力が上である。ほんの四年前まで、国務省で上司と部下の関係にあったブリンケンを、ケリーは自分のスタッフくらいにしか見ていないのではないか。

「小物感」漂う顔ぶれ

バイデンが大統領安保補佐官に指名したジェイク・サリバン(1976年生)も年来の腹心で、ブリンケンと経歴の似た党官僚タイプである。弁護士事務所で働いたのち、エイミー・クロバシャー上院議員(2020年の民主党大統領予備選で比較的善戦した)の首席法律顧問、ヒラリー国務長官の副補佐官、バイデン副大統領の安保補佐官などを務めた。ケリー国務長官のもとで、イランとの核交渉にも関与している。

ジョン・ボルトンのように、周りと衝突してでも自己の信念を貫こうとするタイプではなく、調整型かつ党益優先型の安保補佐官になると見られている。

交渉の場で中国の不正を追及すべき通商代表には、その分野で実務経験を有するアジア系女性のキャサリン・タイが起用された。議会スタッフから閣僚級ポストへと一足飛びの大抜擢だが、単に多様性アピールの人事でないことを望みたい。

はたして、トランプ政権で、対中宥和派のムニューシン財務長官に対抗して強固なスタンスを維持したライトハイザー通商代表と同じ位置取りを貫けるか。ブリンケン、サリバン、タイいずれも「小物感」は否めず、対中政策において、大物宥和主義者のケリーあたりが主導権を握らないか、大いに懸念される。

なお2020年の選挙期間中、バイデン選対本部の気候変動作業部会において共同委員長を務めたのが、ケリーとAOCだった。

AOCを切り込み隊長とする民主党内極左は、ケリーの補佐官はじめ「環境ポジション」に左派を分厚く配置するよう、ホワイトハウスに強くプレッシャーを掛けていくだろう。

バイデンは、議会との交渉を担うホワイトハウス上級顧問に黒人のセドリック・リッチモンド下院議員の起用を発表したが、党内極左から、同議員は化石エネルギー企業に近いとして、撤回を求める声が即座に上がった。黒人なら批判しにくいだろうといった人事感覚は、環境過激派には通用しない。

実は黒人から不人気のハリス

バイデンは、国防長官に黒人のロイド・オースティン退役陸軍大将を指名した。当初、オバマ政権で国防次官を務めた白人女性のミシェル・フロノイが有力視されたが、意外な人事となった。

フロノイは、民主、共和を問わず、国防エスタブリッシュメント(既存エリート層)の間で、安定度が買われてきた人物である。その分、反軍平和主義的かつ非介入主義的な左翼方面においては、「相も変わらずアメリカを遠方の戦争に巻き込みかねない人物」と危険視されてきた。また民主党の黒人議員団幹部から、要職を白人ばかりで固めるのは許されないとの不満の声も上がっていた。

「要職」を大統領が欠けた場合の継承順位で測ると、副大統領を1位として、以下、下院議長、上院仮議長に続いて、閣僚では国務長官、財務長官、国防長官、司法長官(以下省略)の順となる。

バイデンは国務にブリンケン(ユダヤ系白人男性)、財務にジャネット・イエレン連邦準備制度理事会(FRB)前議長(白人女性)を当てた。ならば次の国防くらいは黒人を、というわけである。 「黒人の少女」という生い立ちを強調してきたハリスを副大統領予定者としているが、検事出身のため、「貧困によって犯罪に追い込まれた黒人を容赦なく刑務所に放り込んできた」というイメージがつきまとううえ、特権富裕層を顧客に財を成した白人弁護士と熟年結婚したこともあり、黒人低所得層の間であまり人気がない。ハリスで「黒人枠」を満たしたと思うならとんでもない、という感覚である。

その点、オースティン国防長官予定者は紛れもない黒人である。ただ陸軍出身で最終ポジションが中央軍司令官(中東地域をカバー)だったため、中国を主敵に海空軍、宇宙軍、核ミサイル戦力中心の戦略を構築すべき時代の要請にそぐわない、という人事権者のバイデンに向けた批判も少なからず出ている。

問題はバイデンの野心

第2回大統領候補テレビ討論会(10月22日)の場で、バイデンは北朝鮮問題に関してトランプを厳しく批判した。 「彼は北朝鮮の政権に正統性を与えた。親友だというあの悪党(thug)にだ。結果的に状況は好転したとトランプは言うが、実際は、北朝鮮のミサイル技術は向上し、以前よりはるかに容易にアメリカ領土に届くようになった」

そして、対北交渉の条件にこう触れている。 「私が金正恩と会うとすれば、核ミサイル能力の縮小という条件付きだ。朝鮮半島は非核地帯にならねばならない。トランプは金正恩とよい関係を結んだと言うが、ヒトラーが侵略を始める前、われわれはよい関係を持っていた。オバマ政権は非核化を持ち出すし、北に正統性は与えないし、制裁もどんどん強めていくと明確にした。だから彼は我々に会おうとしなかったのだ」。

これに対しトランプは、大統領の引き継ぎに当たって、「オバマは北朝鮮が最大の問題で、このままいけば戦争になると言った。私は混乱状態(mess)を引き渡された」と副大統領だったバイデンの無為を批判した。

ここで、オバマ時代の対北政策を簡単に振り返ってみよう。2009年1月の政権発足当初、オバマは食糧支援を呼び水とした米朝交渉開始を模索した。しかし、北が同年4月5日に長距離ミサイル(テポドン2号)発射、5月25日に二度目の核実験と立て続けに挑発してきたため、以後は「戦略的忍耐」を合言葉に、米側から交渉を求めない姿勢を取った。

もっともその間、一定の圧力は掛けている。まず同年6月12日に、武器運搬疑惑がある北朝鮮船舶への貨物検査などを規定した(ただし武力による強制は含まない)国連安保理決議1874号を成立させ、早速、具体的行動を起こした。

たとえば7月初旬、ミャンマー向けの武器を積んだと見られる北の船舶を米海軍が追跡監視し、結局同船はどこにも入港できないまま帰港した、といった事例である。

こうしたオバマ政権の対応は、「圧力は対話を阻害する」と考えるコンドリーサ・ライス国務長官、クリストファー・ヒル次官補コンビの主導で制裁全般を緩め、北の不法行為を黙認したブッシュ長男政権の末期よりは遥かにましであった。

バイデン政権が、同様に制裁の抜け穴ふさぎに努めるならば、現状より対北圧力が強化されることになろう。期待したい点である。

問題は、バイデン政権が、北の「段階的」非核化を交渉によって実現しようとの野心を抱いて動き出した時である。バイデンの場合、実務協議を国務省に委ねる可能性が高い。国務省は体質的に交渉のための交渉に走りがちで、相手に「協議を打ち切る」と凄まれると反射的に譲歩を考える傾向がある。

筋金入りの宥和派

幸い、最も懸念されたスーザン・ライスの国務長官起用は当面なくなった。彼女はオバマの安保補佐官時代に、北の核ミサイル保有は絶対に認めないと繰り返しながら、退任後は一転して、北を核保有国と認めたうえで平和共存の道を探るべきと主張した、無定見を絵に描いたような人物である。

ライスは、ホワイトハウスの国内政策委員会の委員長に就く方向という。そのポジションなら国際的にさほど害はないだろう。

もう一人、気になるのが、バイデンが上院外交委員長時代に、ブリンケン主席補佐官の下で、東アジア・太平洋問題補佐官を務めたフランク・ジャヌージ(現マンスフィールド財団理事長)である。

二人の関係から見て、ブリンケンが国務長官となれば、北朝鮮との実務交渉を担う国務次官補辺りに起用される可能性も出てくる。ジャヌージは筋金入りの宥和派で、私も7、8回面談したが、「一歩一歩互いに歩み寄りながら」というスタンスを崩さない。「それは米側が繰り返し北に騙されてきたパターンだ」と反論しても、「他に手段はない」と頑なである。

核ミサイルに加え、拉致問題を重視する日本にとっては、なし崩し的に制裁解除に向かう深刻な事態となりかねず、しっかり釘を刺していく必要がある。

独善的な要注意人物

国連大使には黒人女性のリンダ・トーマスグリーンフィールドが起用されたが、国務省の官僚出身(アフリカ担当国務次官補など)で、かつてのボルトンやニッキー・ヘイリーのような、国連安保理を舞台にした強い発信力とリーダーシップは期待しがたいだろう。

イラン核合意の実務交渉を担い、対北宥和派としても知られるウェンディ・シャーマンも、対北交渉に絡む要職に就くかもしれない。彼女は独善的で、日本の意見に素直に耳を傾けるといった姿勢は、かねてよりない。要注意である。

なお、「知日派」の大御所リチャード・アーミテージ元国務副長官は、共和党員でありながら、4年前のヒラリー支持同様、今回もいち早くバイデン支持を表明した。

アーミテージは民主党の長老ジョセフ・ナイとともに、共和、民主いずれの政権となっても協力して東アジア外交に当たることを黙契としたアーミテージ・ナイ・グループを率いている。

マイケル・グリーンらを含むこのグループは、基本的考えにおいて常識的で、思惑どおりバイデン政権に影響力を確保できるなら、日本としては歓迎できるだろう。トランプでなくバイデンを明確に支持した以上、しっかり結果につなげてもらわねばならない。(初出:月刊『Hanada』2021年2月号)

島田洋一

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