【特集】核兵器禁止条約発効 被爆者らの訴え 推進力に 条約参加促す取り組みを

吹雪の中、核兵器廃絶を訴え座り込む参加者=長崎市、平和公園

 核兵器の開発や保有、使用を全面的に禁止する核兵器禁止条約が22日、発効する。条約が核廃絶に向けた国際社会へのプレッシャーになるとの期待感も広がる半面、核保有国や米国の「核の傘」にある日本政府などは反対の姿勢を崩していない。発効実現への大きな推進力の一つとなったのは、国内外で核兵器の非人道性を訴え続けてきた被爆者や非政府組織(NGO)など市民社会の地道な活動だった。条約参加国と核保有国などとの“分断”も懸念される中、今後、いかに実効性ある条約にしていくか。市民社会に求められる役割などを探った。

 「75年前はもっと悲惨な中で被爆者は死んでいった。雪が降っても、やりが降っても、必ず続ける。死ぬまでやめない」
 本県が記録的な大雪に見舞われた1月9日。長崎市の平和公園に、県平和運動センター被爆連の川野浩一議長(81)の力強い声が響いた。核兵器廃絶を訴え、被爆者らが毎月9日に続けている462回目の「反核9の日座り込み」。「残念ながら、(核兵器禁止条約に)核保有国や日本も参加していない」と落胆しながらも、吹雪の中、集まった約30人の参加者に呼び掛けた。「これから、(条約参加を促す活動を)どう強めるかが私たちに課せられた問題だ」

■ 課題も多く
 2017年7月7日、国連で122カ国・地域の賛成を得て採択、昨年10月24日に批准数が50に達し、発効が決まった核兵器禁止条約。一連の動きを大きく後押ししたのが被爆者やNGOなどの取り組みだった。
 全ての国・地域に条約批准などを求めた「ヒバクシャ国際署名」活動もその一つ。日本原水爆被害者団体協議会(被団協)の呼び掛けで16年4月に始まり、昨年12月末までに国内外で計1370万2345筆を集めた。署名の目録は国連本部に提出され、被団協の田中熙巳代表委員(88)は、署名運動で「核廃絶に努力する各国の代表を励ますことができた」と胸を張る。
 ただ、条約不参加国に順守義務はなく、今後の運用を巡っては課題も多い。核保有国や日本などは、米ロなど5カ国に核兵器保有を認めた核拡散防止条約(NPT)体制をないがしろにする、核廃絶へのアプローチが異なる、などとして背を向けたまま。核兵器禁止条約の批准数が50に迫った昨年、当時のトランプ米政権は複数の批准国に批准取り下げを求める書簡を送り、圧力をかけた。発効で、核保有国・「核の傘」国と、非保有国の対立が深まると懸念する声も上がる。

■ 二つの事例
 被爆県の本県でも足並みはそろっていない。発効決定以降、1月20日までに県内の2市2町の議会が日本政府に対し、核兵器禁止条約の早期署名・批准を求める意見書を可決。長崎市議会は可決したものの、「実効性を疑問視する。核保有国と非保有国の分断の固定化も懸念される」などの反対討論があり、全会一致ではなかった。県議会は賛成少数で否決。採決で反対に回った自民党県連政調会長の前田哲也県議は、五島や対馬など国境離島が多いことを例に、「日本が条約に署名すると、かえって安全保障上のリスクになる。粘り強いやり方が必要だ」と主張する。
 核兵器禁止条約を巡る意見や認識が割れる中、発効後の市民社会に求められることは何か-。参考となり得る二つの事例がある。
 日本と同じように米国の「核の傘」の下にあり、北大西洋条約機構(NATO)に加盟するオランダは17年、市民社会と地元のNGOの「国際社会と対話すべきだ」との声に押される形で、国連本部で開かれた核兵器禁止条約の交渉会議に参加した。会議では一貫して反対意見を述べたが、広島市立大広島平和研究所の水本和実教授(63)は「反対意見が条約の中身を濃くし、議論を活発化させる」と指摘する。
 また、同じNATOのベルギー新政府は昨年10月、条約を肯定する異例の政策を発表した。新政府の主な公約ではないが、水本教授は「政府を選んだのは市民だ」と世論の力を評価。条約発効は「核兵器を持つ国に“後ろめたさ”を感じさせる」とその意義を強調し、日本の市民社会に対しては「こうしたヨーロッパの政治に関心を持ち、他国に忖度(そんたく)しない考え方を参考にすべきだ」と話す。

国会議員に面会し、条約に対する考えなどを質問する中村さん(中央)=長崎市内

■ 新たな動き
 発効を契機に、核問題への関心を高めようと、若者らによる新たな動きも出ている。昨年12月には広島、長崎の若者らが「すすめ!核兵器禁止条約プロジェクト」を始動。著名人や若者、被爆者のメッセージを会員制交流サイト(SNS)に投稿している。
 この他、本県出身を含む大学生らが、国会議員に働き掛けて日本政府に条約参加を促す「Go To ヒジュン!キャンペーン」に取り組む。長崎市出身で元高校生平和大使の中村涼香さん(20)=上智大2年=は、市内の大学などで共に行動する仲間を募り、5人を集めて本県選出の議員ら3人に面会した。与党議員の見解は従来通りだったが、それでも、活動が政府や議員に「『国民にきちんと説明しないと』と思わせるプレッシャーにしたい」と前を向く。
 発効直前、オバマ氏が掲げた「核なき世界」を訴えてきたバイデン氏が米大統領に就任。新たな潮流が生まれるかが注目される。もっとも、長崎大核兵器廃絶研究センターの広瀬訓副センター長(59)は「核兵器国の条約参加は現時点では難しい」と述べ、実現には時間を要するとの見方を示す。
 だが、条約がうたう「被爆者ら核被害者の支援」を踏まえ、同大が進めてきた被爆者健康状態調査などの知見を生かし「日本はまず、核被害者支援の議論から参加できるはず」と指摘。日本が一部でも参加することで「参加を迷う国に『核被害者援助』というメリットが生まれ、参加の呼び水になる」と語る。
 その上で、市民社会には、たとえ成果を得るまでに時間がかかっても「諦めない」との忍耐が必要と強調。「新型コロナウイルスの世界的大流行でも、市民が『気を付けないと』と意志を強く持ち立ち向かっているように、核軍縮も『必ず実現する』と諦めず、身近な人同士で声を上げ続けることが求められている」と話す。


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